29 大切な幼馴染のために
「皆様、本日はようこそお越しくださいました。ブラーヴ王国の素晴らしいお料理と共に、わたくしの母国であるカランの郷土料理の数々もご用意致しました。両国間の末永い友好を願って、どちらもお楽しみ頂けますと幸いですわ」
本日のパーティーの主催であるカラン王国の第一王女、セレスト・エクラ・カラン王女殿下は、そう言うとうっとりとするような笑みを浮かべられた。
美しいハニーブロンドに真珠の如く滑らかな肌、澄んだ氷にも似た瞳は変わらずに美しくて眩しいくらいだ。彼女の横には、にこやかな笑顔の仮面を被ったシモンが、参加した貴族達へとそつない対応をしていた。
王城の庭園で開かれるガーデンパーティーという事で、日除けのパラソルが設置されたテーブル席にはあらかじめいくつかの料理が並べられているのだけれど、会場の両端にも数々の料理が用意されており、そちらは各自で好きな物を取っていく形式のようだ。
ドリンク類もガーデンパーティーというだけあって、冷たくて爽やかなカクテルとノンアルコールカクテルが豊富に用意されていた。
アルコールが苦手な私とアルテュールは、クランベリーとグレープフルーツの果汁をシェイクして作られたノンアルコールカクテルを手に、シモンとセレスト王女の方へと意識を向ける。
「シモンってば、いつも通り王太子らしく笑っているけれど、やっぱり元気がないみたいだわ……」
シモンの姿を見るのは、コルシックの街で別れて以来だ。暫く放っておいてほしいというシモンの気持ちを思って、今もお守りとして身につけている指輪を使っての連絡もしていないのだけれど、私としてはこれまで通り仲良くしたいという思いが強かった。
シモンは大切な幼馴染で、悪戯仲間で、一番長く時間を共にした親友だったから。
私を友達としてじゃなく、一人の女の子として好きだと言ってくれたシモンとは違う好きではあったけれど、今も私の中で彼の存在が大きい事に変わりはないのだ。
グラスの縁に飾られているカットされたグレープフルーツを口に含めば、酸味の強い味わいがじゅわりと広がる。なんだか今の心境みたいだわと、少しだけ落ち込んでしまった。
「兄上によれば、シモンは王太子としての仕事は変わりなくこなしているそうだ。ただ、元気はないと兄上も義姉上も心配されていた」
「そうなのね……」
彼の元気がない原因である私は、だからといってアルテュールを置いて彼の元に行く事はできない。
それでもシモンには幸せになってもらいたいし、今まで通りとはいかなくても、友達として話ができたらと思う。元気がなければ心配になるし、意地悪なくせに優しいシモンの笑顔が好きだから。
ただ、そんな彼の様子よりも物凄く気になる視線があって、私は隣の席に座っているアルテュールにだけ聞こえるようにそっと声を潜める。
「それにしても、セレスト王女殿下……なんだか物凄くこちらを見られているみたいなんだけれど、やっぱり彼女、あなたの事が気になるんじゃないかしら?」
このパーティーの主催である彼女は、挨拶を済ませた後は、エスコート役のシモンと一緒に各テーブルを回られている所だ。
けれどその間に何度も私達の方へと突き刺さる程の視線がくるものだから、あれでは誰だって気付くというものだ。私達はそれに気付いていない振りをしているのだけれど、あそこまであからさまだと普段通りにするのも一苦労ではある。
「あんまり見ないようにしているから表情を見られていないのだけれど、私を睨まれている気がしてならないのよ。それって単にあなたの事が好きだから、私に嫉妬されていらっしゃるんじゃないの?」
「嫉妬、か。俺にそこまでの感情を向けているとは思えないんだがな」
真顔で気のない返事をする彼に対して、私は思わずがたりと音を立てて立ち上がってしまう。
「何言ってるのよ!アルテュール、いい?あなたはとんでもなく格好良いのよ?精悍で整った顔に、その鍛えられた素晴らしい筋肉!がっしりとして長身!完璧なその肉体美はまさに全知全能のオレオル神が創り賜うた芸術と言っても過言ではないのよ!?そんなあなたを好きにならない訳がないじゃないの!」
一息で言い切った所で、辺りがしんと静まり返っている事に気付きハッとする。
見れば周囲の人達は皆、頬を染めてひそひそと何事か話しながら私達の方を見ているし、当のアルテュールは顔を真っ赤に染めて目を見開いたまま固まってしまっている。
これではまるで、今度は私が彼に公開告白しているみたいな事になっているのではないかしら。
その事実に気付いた途端、私の顔はぶわりと赤く染まり、尋常ではない汗が噴き出てくる。あまりの恥ずかしさにこの場から逃げ出したくなっていれば、不意に私の視界を遮るように頭から何かが被せられた。
「……ポーラ、本当に君は何やってるの。いつもフォローする僕の身にもなってよね」
被せられた物越しに小さく聞こえたのは、大切な親友の声だった。
どうやら被せられたのは、シモンが左肩にかけていたペリースだったらしい。きっと耳まで真っ赤になっているだろうから、顔を隠せた事にホッと息をついていれば、そのままペリース越しにぐっと肩が引き寄せられた。
「叔父上、僕の親友をあまり揶揄わないでやってください。……ポーラ、君は落ち着くまで少し休憩室で休んでくるといいよ」
「シモン……!いや、そうだな……ポーラ、君の言葉が嬉しすぎて舞い上がってしまった俺が悪い。落ち着いたら戻ってきてくれ」
ペリースに覆われた視界では、私の手をぎゅっと握り締めるアルテュールの大きな手しか見えない。
いきなり大声でアルテュールの素晴らしい所を言い募り、勝手に恥ずかしがっているのは私なのだから、彼は何も悪くないというのにこんな事を言わせてしまって本当に申し訳なくなる。
ただ、汗でお化粧が崩れてしまっているだろうから、それだけでも直してきたい所だ。きっとその頃には顔色も落ち着いているだろう。
それに、こんな私を真っ先に助けに来てくれたシモンの優しさが嬉しくて、なんだか泣いてしまいそうだったから。
「アルテュールにシモン、二人ともありがとう。少しだけ失礼して、お化粧を直してくるわね」
私はそれだけ言うと、パーティーの給仕をしていた王城の侍女に付き添われてその場を後にする。庭園を抜けて、王城の中にある休憩室に入った所で、私はようやく息を吐き出した。
「ポーラ様、お水をお持ちしました。どうぞゆっくりお飲みになってください」
「ありがとう、助かるわ」
付き添ってくれた侍女は、私にかけられたシモンのペリースを綺麗に畳んでくれた上に、よく冷えたお水まで差し出してくれるのだから本当にありがたい。
お水にはレモン汁が垂らしてあるようで、微かなレモンの香りと爽やかさにホッと息をついた。
「落ち着かれましたらお化粧も直させていただきますので、いつでもお声がけくださいませ」
「何から何までお世話になってしまうわね」
「シモン王太子殿下から、よく申しつかっておりますので、どうぞごゆっくりなさってください」
それだけ言うと、彼女はそっと休憩室の外へと退室する。部屋の中には私だけが残された所で、ソファへと腰掛ければどっと疲れが押し寄せたように感じる。
「はぁ……シモンは本当に私の事はなんでもお見通しなのね……」
お水よりもレモン水の方が落ち着く事も、手際良く私をここに避難させてくれた事も、あの短時間で侍女に指示していた事も、全てに驚くばかりだ。
今までもきっと、シモンはこうしてさりげなく私を助けてくれていた事が多いのだろう。私は果たして、その全てに気付けていたのだろうか。
「助けてもらってばかりじゃ駄目だわ……!私だってアルテュールとシモンの役に立ちたくてここに来たのに、これじゃあただのお荷物じゃないの」
私はふるふると首を横に振ると、気合を入れようと両頬をおもいきり叩く。少し痛むけれど、この痛さが返って気持ちを奮い立たせてくれるみたいだ。
頂いたレモン水を飲み干し、お化粧を直してもらおうと立ち上がった所で、休憩室の扉がコンコンとノックされた。
先程の侍女だろうかと返事をすれば、返ってきたのは予想もしていなかった声だ。
「ポーラ嬢、少しお話しさせて頂いてもよろしくて?」
「え……」
扉越しに聞こえたそれは、紛れもなく庭園にいらっしゃる筈のセレスト王女殿下の声だったのだ。
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