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27 もう一つの真実

「……ちょっと待ってくれ」


 まだぽろぽろと溢れる涙を拭っていた私は、震えるようなアルテュールの声に首を傾げつつも顔をあげた所でぎょっと目を見開く。


 どうした事か顔を真っ赤に染めた彼は、口元を手で覆ったまま固まってしまっていた。ただ、その黄金の瞳だけは熱を帯びているみたいに、じっと私へと注がれている。


「アルテュール、どうしたの?」

「………………るのか?」

「え?」


 ぼそりと呟かれた声はよく聞こえず、私は困惑しながらもこてんと小首を傾げる。彼は血が出そうなくらいぐっと力強く唇を噛み締めると、そっと私の手をとった。


 急にどうしたのだろうかと驚いているうちに、彼のごつごつとした指は私の指と絡み合う。そうしている間も、蕩けて蜂蜜色に変わった彼の瞳が私から逸らされる事は一度も無かった。


 その熱に当てられてしまったのか、くらりと軽い目眩を覚える中で、私の心臓は否応無しにどくどくと鼓動を速める。


 どうして急にこんな雰囲気になってしまったのか訳も分からないまま混乱していれば、掴まれた手首にちゅっと音を立てて口付けが落とされるものだから、私は思わず悲鳴をあげてしまう。


「ひゃあ!?い、いきなり何をするのよ!?」

「……ポーラ、君は俺に媚薬を盛った事があるのか?」

「な、んで……それ……」


 彼の言葉に、赤くなっていた私の顔は一気に青褪める。どうしてそれをアルテュールが知っているのかと、先程までとは違った意味で心臓はばくばくと煩く音を立てた。


「『媚薬なんて最初から必要無かった』君は今そう言っただろう?ならばそれを俺に盛ったという事ではないのか?」

「っ……!?」


 また一つ口付けが手首に落とされ、私の肩はびくりと震える。


「それともこれから盛るつもりだったのか?どちらにせよ、俺ばかりが君を焦がれる程に求めていた訳ではなかったんだな」

「んぅ……違っ、私は……」


 今日は何をした訳でもないというのに、まるで媚薬を盛ったあの日の馬車の中みたいな、この濃密さは一体どうした事だろう。


 見上げる彼の熱を孕んだ瞳は、蕩けるように私だけを見詰めている。頬は赤く染まり、吐息の熱さと、触れる手の熱さでのぼせてしまいそうなくらいだ。


 彼に触れられるのは嫌ではないけれど、これ以上は私の許容量を完全に超えてしまっている。


「っ……待って!お願いだから待ってちょうだい!」


 更に距離を詰められそうな彼の腕を、私は必死の思いで押し退けると、どうにか声を張り上げた。彼は私の言葉に動きを止めはしたけれど、その表情からは焦燥感のようなものを感じる。


 手を離してはもらえなかったものの、私は少しだけ後退ると、深呼吸を繰り返して息を整えた。


「うっかり口を滑らせてしまったみたいだから、もう観念して白状するけれど、確かに私があなたに媚薬を盛ったのは事実よ」

「俺はそれがいつなのか見当もつかないんだが……」

「う……その……シモンの成人祝いのパーティーよ」


 ばつが悪そうにそう言えば、彼の表情はハッとしたものへと変わる。


「っ!君が差し出してくれたあのカクテルか……!」

「その通りよ……あれには私が作った媚薬を一滴垂らしてあったの。そのせいであなたは正気を失って、私に公開プロポーズをしてしまったのよ……!」


 ずっと抱えていた秘密を口にしてしまえば気持ちは楽になるのかと思っていたけれど、実際はあの日の罪悪感が蘇ってくるばかりだ。


 私はどうしようもない申し訳なさから、顔をあげられずに俯いてしまう。そんな私に対して、彼の声音は驚く程に優しかった。


「……どうしてポーラは、あの日俺に媚薬を盛ったんだ?」

「あの日の少し前に、お父様から縁談が決まったと聞かされたの。まさかその縁談の相手があなただったなんて思いもしなくて……あの時、私はあなたがセレスト王女殿下と婚約間近だという噂を鵜呑みにしていたから」


 それが私の一方的な勘違いだった事は、コルシックの街での彼の告白から、今は痛い程に理解している。そうは思っても、アルテュールがセレスト王女殿下をエスコートしていた光景は、私の中に痛みとして記憶されているのだ。


「だから、あなた以外の誰かと結婚しなくてはいけないのなら、最後に思い出を作ろうと思ったのよ。あの頃のあなたはいつも眉間に皺を寄せた怖い顔をしていたし、媚薬があれば私にも笑顔を見せてくれるんじゃないかと――」

「……待ってくれ。ポーラ、一つ聞きたいんだが、君は媚薬というものがどういうものだと思っているんだ?」


 何故か真顔になっているアルテュールに、私はきょとんとした顔を向けてしまう。


「アルテュールってば、シモンと同じ事を聞くのね。媚薬を飲んだら気持ちが開放的になって、心がゆるゆるに緩むのでしょう?」

「成程、それでシモンは害はないと判断した訳だな……」


 はぁぁと大きな溜息を漏らしたアルテュールは、暫く俯いていたものの、髪をくしゃくしゃと掻き上げながら顔をあげる。その妙に落胆した様子に、私は首を傾げるばかりだ。


「シモンだけじゃなくてアルテュールもだなんて……もしかして、私の媚薬の認識って間違っているの?」

「あぁ、いや。大丈夫だ。気持ちが開放的になるというのは間違っていない。現に俺は想いのままに君にプロポーズが出来たんだからな」

「うっ……その事は本当に申し訳なく思っているのよ……公開プロポーズだなんて、あなたは考えていなかったのでしょう?」


 そう、あの縁談の相手がアルテュールだったのなら、シモンの成人祝いのパーティーでは既に両家の婚約は成立していたという事なのだ。


 だからこそ、あの日彼は私の元に挨拶に来てくれたのだろうし、本当ならあの後にある筈だった顔合わせの時にでも正式なプロポーズを考えていた可能性はある。


 それを全て台無しにしたのが私の考えなしの行動なのだから、本当に我が事ながら穴に埋まってしまいたいくらいだ。


 けれど彼は照れ臭そうにぽりぽりと頬を掻くと、少しだけ口角をあげて微笑んだ。


「確かにプロポーズはいろいろと考えてはいたが……今はあれで良かったと思っている。君を好いているシモンや他の男への牽制にもなったし、何より君が俺の未来の妃なのだと世の中全ての人に言ってまわりたかったのは事実なんだ」


 そう言うと、彼は私の頭を愛おしそうに撫でる。それはとても優しくて、心地良くて、泣いてしまいそうなくらいだった。


「媚薬がなければ、俺はあの場で君にプロポーズする勇気はなかっただろう。だから全ては君のお陰だ。君が申し訳なく思う事があるとすれば、俺の傍から逃げ出した事くらいだな」

「うぅっ……それは本当の本当に申し訳なく思っているのだから許してちょうだい……」


 痛い所を突かれた私は、呻き声をあげるしかないのだけれど、そんな私を見てアルテュールは可笑しそうに口元を覆いながら肩を震わせている。


 心底楽しそうな彼の姿に、私の心に蟠っていた思いがほどけていくのを感じる。それはきっと、お互いに隠していた秘密を明かしあったからなのだろう。


 そうして心が随分と軽くなり、頭がすっきりとしたからだろうか。私の脳裏に一つ引っかかっている物の存在が浮かび上がり、思わず頭を抱えてしまった。


「あぁぁ!そうだわ!アルテュールが縁談の相手だったのなら、あの夜空色のドレス!あれはあなたが贈ってくれた物だったって事よね!?」

「勿論だ。ポーラの瞳の色と俺の瞳の色を使ってオーダーしたドレスだからな。あの日以来着てくれていないが、君の趣味ではなかっただろうか……?」


 少ししゅんとした物言いに、私は慌ててわたわたと手を上げ下げする。気に入らなかっただなんてとんでもない事だ。あんなに趣味の良いドレスは初めてだったし、本当なら毎日でも着たいくらいだったのだから。


「そんな筈ないわ!本当に素敵なドレスで一目で気に入ったのだけれど、謎の縁談相手からの物だったから、あなたと婚約する事になってしまったのがお相手に申し訳なくて着られなかっただけなのよ。あなたからの物だと解れば、これからはたくさん着るようにするわね!」

「あぁ、そうしてくれると嬉しい。あのドレスを着た君は、本当に星空を纏った女神にしか見えなかったからな」


 嬉しそうに微笑む彼に釣られて私も笑みを浮かべた所で、急に外が騒がしくなった気配がする。もしかしてお兄様が帰っていらしたのだとしたら、この場所で見つかるのは少し気まずいものがある。


「アルテュール、そろそろお母様の所に戻りましょう。お兄様かお父様が帰っていらしたのかもしれないわ」

「確かにまだ結婚前だというのに、二人きりでいる所をオランジュ公爵に見つかるのは良くないな。……ポーラ、手を」


 そっと差し出された手に、私は迷う事なく自分の手を重ねる。


 繋いだ手の温もりは変わらないけれど、今は前よりもずっと傍にいるような、そんな感覚がしていた。






読んでくださってありがとうございます!


作者のやる気に繋がりますので、面白かったと思って頂けたら下にある☆を押して評価やブクマを宜しくお願いします!


次回はアルテュール視点のお話です。

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