26 明かされる真実
「おかえりなさい、ポーラ!まぁまぁ!本当に元気そうで安心したわ!」
久しぶりに帰省した王都にあるオランジュ公爵家の邸で、馬車から降りるなり私を抱き締めてくれたのはお母様のエステルだ。その瞳の端には少しだけ涙が滲んでいた。
「ただいま戻りました、お母様!それとこちらが――」
「お久しぶりです、オランジュ公爵夫人」
「アルテュール大公殿下!まさかこうして我が家にお越し頂ける日が来るだなんて、迷子のこの子を助けて頂いた日には思いもしませんでしたわ」
あの日を懐かしむような表情をされたお母様は、アルテュールの事もそっと抱き締められる。
王都での滞在先は、王族であるアルテュールがいるのだから通常なら王城に滞在すべきなのだけれど、それでは私の気が休まらないだろうという彼の計らいで、オランジュ公爵家の邸に滞在する事になったのだ。
夕刻には少し早い事もあって、お父様とお兄様は王城からまだ戻られていないらしく、出迎えてくれたのはお母様と使用人達だけだった。一緒に戻ってきたアンナは、私達とは少し離れた所で馴染みの使用人達と何やら楽しそうに話している。
「二人共夕食には戻ってくるでしょうから、それまで貴女はアルテュール殿下に邸を案内して差し上げたらどうかしら?アルテュール殿下も、応接間までしかご存知ないですものね」
「はい。他には一切立ち入らせてもらえませんでしたから」
「その節は夫が大変失礼致しました。アルテュール殿下にだけあのような態度だった訳ではないのですよ?全ての方に敵愾心剥き出しなのだから、本当に困った人だわ」
ふぅと溜息を漏らすお母様に対して、私は目を丸くするばかりだ。
「え?アルテュールはここに来た事があったのですか?」
応接間には来た事があるだなんて、私は全く知らない話だ。それもどうやらお父様に用事があったみたいだけれど、話の内容からすると、お父様とは良好な雰囲気ではなかったらしい。
お母様が大好きなお父様は、お兄様や私にもいつも優しくて、怒っている所なんて見た事もないくらい穏やかな人だ。そんなお父様が敵愾心剥き出しだなんて想像もつかないのだけれど、一体何の話をしていたというのだろうか。
こてんと小首を傾げる私に対して、お母様もきょとんとした様子で小首を傾げられる。
「ポーラってば、おかしな子ね。貴女に求婚する為に、アルテュール殿下は何度もいらしているじゃないの」
「え……?」
「こ、公爵夫人!その話なのですが……」
私が疑問の声をあげるのと、アルテュールが妙に慌てた様子で声をあげたのはほぼ同時だった。彼は明らかに動揺している様子で汗が噴き出ている中、私はお母様の言葉の意味が解らずにぽかんとしてしまう。
きゅうこん……?
植物の球根でもなくて、まさか結婚を申し込むあの求婚の事を言っているのだろうか。
「あぁ!もしかして、あの公開プロポーズの後にですか?でもあの時――」
私がアルテュールに媚薬を盛ったせいで、公開プロポーズに発展してしまったシモンの成人祝いのパーティー。あの場でお父様は泣かれてはいたけれど、怒ってはいらっしゃらなかった筈だ。
寧ろアルテュールが私に公開プロポーズした事に、感動している勢いだったと記憶している。それなのにその後、公爵家を訪れたアルテュールに怒るだなんて、そんな事があるのだろうか。
そもそも、あの日の私はそのままアスター領に連れ去られたようなものだったし、それから数日間、媚薬の影響からかアルテュールは私にべったりだった。あの時は一人の時間の方が少ないくらいだったし、この邸まで来てお父様と会う時間はなかった筈だ。
それなら一体いつ――
「っ……!ポーラ、俺なんだ……」
思考の海に沈んでいた私の手を、不意にアルテュールがぎゅっと握り締める。驚いて見上げれば、彼は緊張からなのか、眉間に皺を寄せた真剣な面持ちで私をじっと見据えていた。
「……アルテュール?」
「オランジュ公爵が許可した君の縁談相手は、俺なんだ」
「……………………え」
思ってもみなかった言葉に、私は間抜けな声を漏らしてしまう。
私が絶望したあの縁談。まさかそれこそが、私が好きなアルテュールとのものだなんて俄には信じ難いというよりも、その事実を受け入れ難いと言った方がいいだろうか。
本当にそうなら、勝手に絶望して、意味もなく媚薬を盛った私が何だか物凄く馬鹿みたいだし、滑稽だ。あの時、お兄様もアンナも釣書を見たらどうかと聞いてくれていたというのに、それを見なかったのは全て私のそそっかしさのせいなのだから。
もし、そこでちゃんと確認していれば、アルテュールに媚薬を盛る事もなく、彼に柄でも無い公開プロポーズをさせてしまう事も防げた事を思うと、本当に申し訳なくて堪らない。
「う、嘘……そんな、まさか……」
それ以上言葉にならない私に対して、アルテュールは少しだけ眉尻を下げる。
「信じられないのなら、君が見なかったという釣書を見てくれ。俺からの求婚状がある筈だ」
その言葉に、私は更に目を見開いてしまう。彼は私が釣書を見ていない事を知っているだなんて、一体いつからそれを知っていたのだろう。知っていたのなら、どうして私にその事を言ってくれなかったのだろう。
様々な考えが浮かんでは消え、なんだかもう気持ちはぐちゃぐちゃだ。
明らかにすぐれない私の顔色に、アルテュールも辛そうな表情に変わっていく。そんな私達の微妙な空気に気付いているのかいないのか、お母様はいつも通りのおっとりとした口調で口を開いた。
「釣書ならジュールの部屋にあるわよ。あの子ったら、それに入っていたアルテュール殿下の姿絵を後生大事に飾っているのよ。祭壇だとか何とか言っているのを聞いたのだけれど、わたくしはあの子の言う事がよく解らないわ……」
小首を傾げるお母様をその場に残し、私達は顔を見合わせて頷くとお兄様の部屋へと急ぐ。
幼い頃は入った事があるけれど、いつからかお兄様はご自分の部屋に私を入れてくれなくなったものだから、勝手に入るのは少し躊躇われるけれど事が事だ。
心の中でお兄様には謝りつつも、そっとお兄様の部屋の扉を開ける。一見すると綺麗に整っているように見えるけれど、この部屋のどこにお母様の言う祭壇とやらがあるのだろうか。
見える所にはそれらしきものがなかった為、私の部屋では衣装部屋になっている場所の扉を開けた瞬間、全く想像していなかった光景に私は小さく悲鳴をあげてしまう。
「ひっ!?な、なんなのこれ!?」
「これは……俺の姿絵がこれ程集まっているとは、王城にもここまではないぞ」
それは確かに祭壇と言われれば納得してしまうようなものだった。壁の両脇にはお兄様のコレクションの剣が綺麗に飾られているのだけれど、問題はその正面だ。
正面の壁には数多くのアルテュールの姿絵が飾られており、下に設置されている飾り棚にはアルテュールの姿絵が描かれたマグカップなどの様々な品が飾られていたのだ。
「お兄様がアルテュールを尊敬しているのは知っていたけれど、ここまでくると宗教だわ」
「ポーラ……そうなると俺は、君の信者という事になるな」
「え……それはどういう……」
「あ!これだ!これが俺がオランジュ公爵に手渡した最新の釣書だな」
私の言葉が言い終わらないうちに、棚を確認していたアルテュールが声をあげる。どうやら釣書に入っていた姿絵の後ろに釣書そのものもあったみたいだ。
彼は私にそれを差し出すのだけれど、その手は少しだけ震えていた。
「ポーラ、これを確認してくれ。ここに俺の君への愛と誠意が詰まっているんだ」
「解ったわ。確認させてもらうわね」
少しだけ緊張しながらも中身を確認する。そこには確かにアルテュールが私との結婚を求めている事、どれだけ私を愛しているのか、私が成人するのを心待ちにしていた事など本当に切々とした彼の想いが詰まっていた。
「っ!?ポーラ、どうした!?」
「え……?」
「頼む、泣かないでくれ。君に泣かれると、俺はどうしたらいいのか解らなくなる……」
どうやら知らないうちに涙が溢れていたみたいだ。けれど、泣いているのは私の方だというのに、アルテュールの方が泣いているみたいな顔をしているものだから、なんだかそれが堪らなく愛おしく感じる。
私は涙を手で拭うと、彼に精一杯の笑顔を浮かべた。
「これは嬉し涙よ。あなたってば、本当に最初から私を好きでいてくれたのね。媚薬なんて、最初から必要無かったんだわ」
「……………………うん?」
うんうんと一人頷いていた私は、この時口を滑らせてしまった事に、愚かにも気付いていなかったのだ。
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