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閑話 もどかしい二人

「アンナさん、こちらです」


 薄暗い廊下の先、灯りを片手に持ったレーニエさんの姿を認めて、私は足音を立てないように小走りでそちらへと向かう。


 私が合流した所で、彼は灯りを消すと、私を背にしてそっと身を潜めた。


「申し訳ありません、遅れました」

「まだ動きはありませんから大丈夫ですよ。それよりも、ポーラ妃殿下は本当に仮病なんですよね?」


 私がお仕えするお嬢様――ポーラ様は、仮病の常習犯だ。


 オランジュ公爵家で過ごされていた時も、仮病を使ってはお邸を抜け出される事数知れず。楽天的でありながら、よく確認もされずに勘違いされて思い込まれるというそそっかしい所も多く、精神的に打たれ弱い所がおありだ。そういう時にも仮病を使って閉じ籠られるという事を、過去に何度もされていたりする。


 そもそもお嬢様は御自分でお薬を作られるのだから、基本的に病も怪我も御自分で治してしまわれるというのに、仮病がバレない筈はないのだ。


 だというのに御本人は今までの仮病の全てが専属侍女である私以外にはバレていないと思われているのは、ひとえにオランジュ公爵家におられる御家族の愛情ゆえだろう。


 お嬢様は男子がお生まれになる事が多いオランジュ公爵家において、久しぶりにお生まれになられた文字通りのお姫様だ。お生まれになられた瞬間から、旦那様も奥様もお坊ちゃまも、公爵家で働く全ての者がお嬢様の愛らしさに心を撃ち抜かれたと言っても過言ではない。


 オランジュ公爵家の直系に多い煌めくようなシルバーブロンドは美しく、夜空をそのまま写し取ったかのような瞳には、公爵家の誰もがそこに我が身を映したいと思ったものだ。


 かく言う私も、初めて幼いお嬢様にお会いした日の感動は、つい昨日の事のように思い出せる。


 オランジュ公爵家の侍女長をしている母の娘として、お嬢様と年があまり変わらない私は、いずれはお嬢様の侍女となる為に幼い頃から母に鍛えられていた。


 母は普段は優しい人なのだけれど、仕事に関してはとても厳しい人だった。幼い私は、そんな母の厳しい教えが嫌で嫌で堪らなかったし、勝手に私の将来を侍女と決めてしまっている事も嫌だった。


 侍女の仕事は掃除に洗濯、食事の配膳など多岐にわたり、その分覚える事も多いし、とても大変な仕事だ。特にやりたい事があった訳ではないけれど、最初から選択肢がないというのは納得がいかないものなのだ。


 けれどそんなつまらない私の反抗心は、幼いお嬢様にお会いした瞬間、瑣末なものへと成り果ててしまう。


 まだ3歳を迎えたばかりのお嬢様は、本当に天の御使か、はたまた妖精なのかと見紛うばかりの愛くるしさだったのだ。


 それはもう、一瞬で虜になってしまうのは必然としか言えず、しかもお嬢様はぽてぽてと可愛らしい足取りでこちらへと近寄って来られると、ぷっくらとした手で私の指をきゅっと掴まれたのだ。あまりの愛らしさに言葉を失う私に対して、お嬢様はトドメとばかりににっこりと微笑まれる。


『あなたがわたしのじじょなのね!おなまえはなんていうの?』


 もうこれだけで、私はお嬢様の侍女というものを受け入れていたのだ。いや、寧ろこんなに愛らしいお嬢様に是非お仕えしたいと自ら思う程、この方の傍にいられる幸福を噛み締めていた。


 仮病を使ったり、お邸を抜け出されたりといった困った所はおありだけれど、基本的にお嬢様は誰にでもお優しく、困っている人を見捨てられない性格をされている。


 公爵令嬢という王国の女性の中では、王族の次に尊い御身分でありながら、平民を見下されるという事は全くなく、それどころか進んでその中に飛び込んでいかれるような方なのだ。


 そんなお嬢様を愛さずにいる事の方が難しいし、仮病を使うくらいで目鯨を立てるよりも、お嬢様の心に寄り添いたいとつい思ってしまうのだ。


 現に今日だって、大公殿下絡みでまた何か取り乱される事があったらしいお嬢様は、いつもの仮病を使われていたけれど、ついお嬢様のお好きなレーズンパイを持ってきてしまったのだから。


 あれを召し上がられれば、大抵は気持ちを持ち直されていらっしゃる筈だから。


「アンナさん……?大丈夫ですか?」


 つい思考に浸っていた私を心配されたレーニエさんが、私の顔を覗き込んでいる事にようやく気付き、私は慌てて頭を下げた。


「あ、申し訳ありません。ついお嬢様との思い出に浸っておりましたものですから……!」

「成程、貴女も大概妃殿下の事が大好きですよね」

「それは勿論です!私の全てはお嬢様の幸せをお守りするためにあるのですから!」


 私は力一杯拳を握り締め、レーニエさんにそう宣言するのだけれど、彼は一瞬目を丸くした後、少しだけ眉尻を下げて困った表情になってしまわれた。青空のように澄んだ彼の瞳が、少しだけ陰る。


「……全く、それじゃあ君の幸せは誰が守ってくれるんだよ」

「?何か仰いましたか?」


 ぼそりと呟かれた声がよく聞こえず、小首を傾げるものの、その時には彼の表情はいつも通りの笑顔に戻ってしまっていた。


「いえ、何でもありませんよ。アンナさんの妃殿下への忠誠心の高さに感心していた所です。私もアンナさんを見習わなくてはなりませんね」

「あら、そんな事言ったらレーニエさんは大公殿下を影に日向に完璧に支えていらっしゃるではないですか。私の方が見習わなくてはならない所ばかりですよ!」


 レーニエさんは大公殿下とは乳兄弟なのだと伺っている。本当のご兄弟のように、幼い頃から大公殿下をずっと支えてこられ、以前は騎士団にも所属されていた。そこでも大公殿下を立派にお守りしていたのだというから、凄いの一言に尽きるというものだ。


 いつも丁寧な物腰で、見た目もかなり素敵な方なのだけれど、何よりその大公殿下への忠誠心こそ私が尊敬してやまない所なのだ。


 幼少の頃からずっと支えられているというのも、なんだか勝手に親近感を感じてしまって、私もこうありたいと思ってしまう。


 ついにこにこと笑顔を浮かべていれば、彼は少しだけ照れた様子で微笑まれた。


「っ……そう、ですか。貴女に褒められるのは素直に嬉しいですね。あの、アンナさん、もし宜しければ今度――」

「あっ!出て来られるみたいですよ」


 レーニエさんの言葉を遮ってしまったけれど、私達がこの物陰に身を潜めている原因であるお嬢様の部屋の扉が開く音に、私も彼も押し黙り、そちらへと意識を集中する。


「いい?ちゃんとあったかくしてしっかり休んでちょうだいね。本当に休息は大事なんだから!」


 大公殿下をぐいぐいと扉の外へと押し出されたお嬢様の顔は真っ赤だ。一体何があったのだろうとは思うけれど、表情はかなり良さそうに見えるものだから、きっと大公殿下と良い時間を過ごされたのだろう。


「あぁ、勿論だ。おやすみ、ポーラ。また明日」

「んっ……」


 遠目に見てもお嬢様への愛おしさが溢れている大公殿下とお嬢様の顔が重なる。お嬢様の長年の片想いが報われて、私まで嬉しい気持ちになっていれば、お嬢様は勢いよく扉を閉めてしまわれていた。


 大公殿下が扉越しに頷いているのを見ると、おそらく恥ずかしさに耐えられなくなったお嬢様は、扉越しでおやすみと仰られたに違いない。


 暫くは幸せそうに扉を見つめられていた大公殿下は、そっと御自分の部屋へと戻られていった。からの姿が見えなくなった所で、私達はホッと息を吐き出す。


「どうやらうまくいったようですね」

「えぇ、あの様子ならお嬢様も明日の朝食は食堂に行かれる筈です」

「ではそのように手配しておきましょう。侍女達への事の次第の共有はアンナさんにお任せします」


 ようやく大公殿下と想いが通じ合って、信頼関係を築こうと努力されているお嬢様がまた逃げ出したりはされないとは思いつつもどこか不安にも思っていたのだけれど、大公殿下の愛は相当重い部類に見える。


 あの様子なら大公殿下がお嬢様を離される事はないだろうし、いずれはその想いの大きさにお嬢様も気付かれる事だろう。


 けれど――


「でも、やはりあのお二人を見ているともどかしいですね。大公殿下は最近変わられましたが、もともと口下手ですから誤解もされやすいですし」

「レーニエさんもやっぱりそう思われるのですね……本当に、傍から見ればどう見ても両想いなんですけどねぇ……」


 私達はお互いの主の事を思い、そっと溜息を漏らすのだった。






読んでくださってありがとうございます!


作者のやる気に繋がりますので、面白かったと思って頂けたら下にある☆を押して評価やブクマを宜しくお願いします!


次回の更新は月曜日です。

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