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2 無謀な計画

「待って……僕の理解力が足りないのか、君の言ってる意味がこれっぽっちも解らないんだけど、何だって?」


 王城にある薔薇園の端、人払いを済ませたガゼボで眉根を寄せるシモンに対し、私は拳をぎゅっと握り締める。


「だから媚薬よ、媚薬!アルテュール殿下にどうにかして媚薬を飲ませる方法を一緒に考えてって言ってるのよ!」


 私はもう一度言葉を繰り返すのだけれど、返ってきたのは呆れたような大きな溜息だった。


「ポーラ……君のその残念で斜め上な思考を僕は長年の付き合いで理解できているつもりになっていたけど、全く理解できていなかった事がよく解ったよ。そもそも君、媚薬の意味って解ってる?」

「え、それはあれでしょう?飲んだら気持ちが開放的になって、心がゆるゆるに緩むのよ」

「あー……うん、成程。それなら害はなさそうだし大丈夫かな」


 何故かホッと息を吐き出し、にこやかな笑顔に変わったシモンに首を傾げつつも、私はテーブルの上のジャムクッキーに手を伸ばす。


 定期的に行なっているこのお茶会は、シモンの手料理のお披露目会でもある。料理が趣味だというのは(おおやけ)に知られている事だけれど、実際に彼の手料理を食べられているのは、彼の家族を含めた数少ない人達だけだ。


 シモンとおしゃべりするのも楽しいけれど、彼の手料理は本当に美味しいから、一番の目的はこれだと言えるだろう。


 宝石みたいにキラキラとした真っ赤なイチゴジャムが、花の形に型抜きされたクッキーの真ん中で輝いていて見た目にも可愛らしい。さくりと噛めばクッキーとジャムの甘さが見事に調和していて、自然と顔も綻ぶ。


「それにしても、なんでいきなり叔父上に媚薬を盛ろうだなんて考えにいきついたの?この間だって叔父上から逃げたくせに」

「私だって本当は媚薬に頼るつもりなんてなかったわよ。でも縁談が決まったから、もう時間がないのだもの」


 さくさくとクッキーを食べながら、また憂鬱な縁談の事を思い出して溜息を漏らせば、シモンが驚いた表情で目を見開いて固まっている事に気付く。


「は?待って、縁談って何?そんな筈ないんだけど、相手は?」

「釣書を見ていないから知らないわ。お父様達の口ぶりでは、もう決まってしまっているみたいだったし、アルテュール殿下以外ならどなたでもおんなじだもの」


 視線を逸らした先には見事な薔薇園が広がっている。ここは迷路にもなっていて、今でも私は一人ではこの迷路から出られない。それでもここは、私にとって大切な想い出の場所なのだ。


 初めて王城に来た5歳の時、子供だけのお茶会の前に私は綺麗な薔薇に釣られてこの迷路に迷い込んでしまった事がある。


 最初は冒険気分でわくわくしていたものの、進めど進めど薔薇の茂みが続くものだから、幼い私はだんだん怖くなって泣き出してしまったのだ。


『どうした、迷子になったのか?』


 わんわんと声をあげて泣いていた私に、茂み越しに声を掛けてくださったのは、当時15歳だったアルテュール殿下だった。


 彼は迷路の中で座り込んでいた私の元まですぐに駆けつけてくださり、そのまま軽々と肩車をしてくださったのだ。


『どうだ、これなら出口が見えるだろう?』

『うわぁ!すごいわ、あなたとっても力持ちなのね!』


 急に視界が開けた驚きからか、私の涙はいつの間にか止まっていた。


『よし、なら君が出口まで道案内をしてくれ』

『まかせて!おやすいごようだわ!』

『ふはっ……小さなお嬢さんは、随分難しい言葉を知ってるんだな』

『そうよ、だってもう5歳なんだもの!』


 得意げにそう言えば、アルテュール殿下はくっくっと可笑しそうに笑みを漏らしていた。彼が笑う度に彼の赤い髪が揺れて、少しくすぐったかった事をよく覚えている。


 迷路は上から見れば思ったよりも単純な作りになっていて、私の指示通りにアルテュール殿下が歩いてくださったお陰で、程なくして私達は出口へと無事に辿り着く事ができてホッと息をつく。


 そうしてそこに着くや否や、彼は私をゆっくりと慎重に地面に下ろしてくださったのだけれど、そのまま立ち去ろうとされたのだ。私はそれがとても残念に思えて、彼の足にぎゅっとしがみついて引き止めてしまった。


『いやー!行かないで!』

『俺はこれから剣の稽古に行く所なんだよ。君だって用事があって城に来たんじゃないのか?』

『でも、ここからどうやって行けばいいのかわからないわ……』


 実際、王城まで一緒に来たお母様からはぐれてしまっていたから、お茶会の場所もさっぱり解らないし、迷路から出られた所で迷子には変わりなかったのだ。


 彼と離れがたかったのもあるけれど、独りぼっちで取り残される事が幼い私には酷く恐ろしかったのだと思う。逃さない様にぎゅうぎゅうとしがみついていれば、頭上から溜息が一つ漏れた。


『……君は、俺が怖くないのか?』

『どうして?』

『俺は背も大きいし、力も強い。無表情で怖い顔だとよく言われるんだ。君みたいな小さな子供や動物にはよく怯えられる』


 こてんと首を傾げながら見上げた彼の背けた顔の表情は、とても困惑している様に見えた。


 今でも背が小さい私は、アルテュール殿下をいつも見上げるのだけれど、当時の彼も15歳にしてはかなりの長身だった。


 騎士団に入団されてからは精悍な印象が強まっていったけれど、この頃の彼は端正な印象の方が強く、無表情でいれば怖い程に綺麗だと思う人の方が多かった事だろう。


 私を見つけてくださった時にすぐ肩車をされたのも、もしかしたら顔を見せて怖がらせない様にする彼なりの配慮だったのかもしれない。現にこの時も、顔をできるだけ背けていたのだから。


『わたしを助けてくれたもの、ちっとも怖くなんてないわ。それにさっきだって、笑ってたじゃないの。お顔もきれいだし、とってもやさしいわ!』


 この時の私はまさか王弟殿下だなんて思ってもみなかったものだから、馴れ馴れしくも彼を屈ませて、その端正な御顔をペタペタと遠慮なく触ったのだから、今思えばなんて大それた事をしたのだろうと思う。


 ただ、こう言った後の彼は、困惑した様に眉尻を下げたまま、とても美しく微笑まれたのだ。


『ありがとう、そんな事は初めて言われたよ』


 その笑顔を見た瞬間、私はぎゅうっと心臓が締め付けられたみたいに感じた事を今でも鮮明に覚えている。


 顔はぽかぽかと火照ってしまうし、なんだか急に恥ずかしくなって俯いた私を、彼は優しく抱き上げてくださったものだから、私は驚いて目を丸くしてしまう。そんな私を見て、彼はまた少しだけ口元を緩められた。


『確か今日は、シモンと同じ年頃の子供達が大勢呼ばれているんだったな。それならここから少し先の庭園だ。これも何かの縁だから、そこまで連れて行ってあげよう』


 私はこくこくと勢いよく頷くと、夢見心地でその腕に揺られていた。同い年の王子様よりも、この綺麗で優しい人の方が絶対素敵だわと思いながら。


 そうしてお茶会の会場である庭園に着けば、お母様には物凄く怒られたし、助けてくれた素敵な人がアルテュール王弟殿下だと知って、私はかちこちに固まってしまったのも懐かしい想い出だ。


「……ポーラ、何間抜けな顔してるの。また変な事考えて僕の話聞いてなかったよね?」


 不意に掛けられたシモンの声にハッとして彼の方を見れば、じとりとした目で見られていた事にようやく気付く。想い出に浸っていて話なんて全く聞いていなかったものだから、自然と頬を汗が伝った。


「そ、それはもちろん聞いていたわよ?このジャムクッキーが美味しい秘訣よね?」

「ジャムクッキーが美味しいのは当然だけど、全然違うよ。もうすぐ僕の成人祝いのパーティーだって話」

「あ、そうか!もうすぐよね!」


 少し前に私の成人祝いのパーティーを公爵家の邸で開いたけれど、シモンとは誕生日があまり離れていないから本当にすぐだ。


 王太子の成人祝いのパーティーなのだから、国をあげてのお祝いだし、王都の街中はもうずっとお祭り騒ぎだ。誕生日の近い私まで祝われているような気分で、実はちょっと嬉しかったりする。


 もちろん我が家にもパーティーの招待状が来ていたから、お父様とお母様、お兄様と一緒に参加予定だ。


「だから、行動を起こすならそこにしてって話だよ」

「え?何の?」

「はぁ……君は自分で切り出した話をよく忘れられるよね。媚薬、叔父上に盛るんでしょ?」


 心底呆れた表情のシモンとは裏腹に、私はがたりと音を立てその場に立ち上がると、表情は一気にぱぁっと晴れやかなものに変わる。


「協力してくれるのね!?」

「どうせ僕が止めた所で君は何が何でもやるだろうし、それならせめて僕の目が届く所でやってほしいだけだよ。僕の成人祝いなら叔父上は必ず来られるから、そこで二人きりで話せる機会を作れるようにしてみるよ」

「ありがとう、シモン!!」


 溜息混じりの彼の言葉が言い終わるか終わらないかといううちに、私は嬉しさのあまり彼に飛びついていた。勢いが良すぎてそのまま二人してひっくり返るかと思ったのだけれど、そこはシモンが難無く受け止めてくれたのでそんな事にはならなかった。


 少し前ならひっくり返っていた筈だから、それだけシモンも成長したという事なのだろう。


「君ねぇ!何度も言うけど、淑女はいきなり飛びついたりしないんだよ!」

「私達、親友なんだからいいじゃない。私の感謝の気持ちなんだもの!」


 本当に頼りになる友達だわと、私は満面の笑みでにこにことしているのだけれど、シモンはなんだか苦虫を噛み潰したような顔をしていた。


 流石に今のは勢いが良すぎて痛かったのかもしれない。少しだけ反省しながらそろそろと離れようとしたのだけれど、何故か彼の手はがっちりと私の腰を掴んでいて離れなかった。


 そのうちに、彼の頭はぼすりと音を立てて私の肩へと埋められる。頬に触れる彼の髪がこそばゆい。


「……本当、ポーラの馬鹿」

「馬鹿とは何よ」

「叔父上に気を取られて、僕の成人祝いのプレゼント、忘れないでよね」


 ぼそりと耳元で呟かれた言葉に、私は一瞬目を丸くした後、くすりと笑みを溢した。思わずよしよしと彼の柔らかいルビーレッドの髪を撫でる。


「忘れる訳ないじゃない。とっておきの物を用意してあるから楽しみにしていてちょうだい!」

「……うん」


 その時吹いた優しい風は、薔薇の良い香りを運んできてくれているようだった。






読んでくださってありがとうございます!


作者のやる気に繋がりますので、面白かったと思って頂けたら下にある☆を押して評価やブクマを宜しくお願いします!

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