表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
29/50

24 安らげる場所

「ポーラ、もう寝てしまっただろうか……?」


 こんこんと控えめなノックが響いた後、そっと囁くようなアルテュールの声が聞こえた。


 昼間、騎士団にお薬を届けに行くだけの筈が、とんだ失態を演じてしまったばかりに、私は恥ずかしさのあまりそれから部屋に引き篭もってしまっていたのだ。


 お薬自体はミレイユとナディアが代わりに持っていってくれて、騎士達はとても喜んでくれたというけれど、きっと内心は彼らの敬愛する団長であるアルテュールの体目当ての痴女が作った物だと思われているに違いない。


 アルテュールだってまさか私がそんな目で彼の事を見ていただなんて思いもしなかっただろうし、現にあんな大剣を取り落とす程に動揺していたのだから。


 恥ずかしすぎて今はまともに彼の顔を見られる気がしなくて、私はその声が聞こえているにも関わらず、ベッドの中で布団をすっぽりと被り、寝たふりを決め込んでいた。きっと彼だってそのうち諦めて部屋に戻るだろう。


 そう思っていたのだけれど、暫くするとまたコンコンと小さくノックが聞こえる。どうやらまだ諦めてはくれないみたいだ。布団の中で、私は少しだけ溜息を漏らす。


 昼間の話を聞く限り、忙しいアルテュールが休める時間は寝ている間だけなのだろう。そんな貴重な休息の時間を私に費やさずに、自分の体を癒す事に専念してほしい。


 私はのそのそとベッドから這い出ると、扉の方へと足を向けた。


「…………アルテュール」

「っ!ポーラ、夕食に来ないからとても心配した。アンナから体調が悪いと聞いたが、具合はどうだ?」


 扉越しに聞こえる声からは、純粋に私を心配している様子がありありと伝わってきて、私の良心がずきりと痛む。体調が悪いだなんて、引き篭もるための口実なのだから。


「……ごめんなさい、体調が悪いなんて嘘なの」

「嘘?本当に?どこも悪くはないのか?」

「えぇ、寧ろ元気がありあまっているくらいよ。アンナが持ってきてくれたレーズンパイなんて、一人でぺろりと食べてしまったんだもの」


 夕食に降りていかなかったから、私の仮病を知っているアンナは小言を言いながらもレーズンパイをまるまる持ってきてくれていたのだ。


 いくら恥ずかしさで死にそうになっていても、お腹は普通に空いてしまうのだから現金なものだと自分でも思う。


 視界の端にあるレーズンパイが乗っていた空っぽのお皿をちらりと見ていれば、扉の向こうからはあからさまな安堵の息が漏れた。


「良かった……もし悪い病気だったらと、気が狂いそうだったんだ。国中から医者を呼ぶべきかと、本気で悩んでいた所だ」

「ひっ!?そ、それはやめてちょうだい!仮病なのにそんな事になっていたら、私は本当に恥ずかしさで死んでしまうわよ!」


 どうしてアルテュールはこんなに極端なのかしらと、私の顔色は一気に青褪めてしまう。これではおちおち仮病も使っていられない。


 それでもこれは、仮病なんて使った私が全面的に悪いのだし、物凄く心配させてしまっていたみたいなのだから直接顔を見て謝るべきだろう。


 そっと両開きの扉の片方を開ければ、そこにはもう片方の扉を背にして蹲るアルテュールの姿があった。


 普段は背の高い彼が、こんな風に小さくなっている姿はなんだか少年のようでもあり、どうにも愛おしい気持ちがむくむくと湧き上がってきてしまう。いつもなら背伸びしても届かない彼の頭を、私はそっと撫でた。


「こんな所で座り込んでいたら疲れてしまうわ。中で少しお話ししましょう」

「っ!?俺が君の部屋に入っても構わないのか?」


 弾かれたように顔をあげた彼の表情は、嬉しさを隠しきれない様子だ。なんだかそれがとても可愛らしくて、私はつい口元が緩んでしまう。


「このお邸はあなたのものじゃないの。あなたが入れない所なんて、このお邸のどこにもないわよ」

「いや、だが……本当に……?」

「嫌ならいいのよ。無理にとは言わないわ」

「嫌なものか!それなら、その……お邪魔する」


 勢いよく立ち上がった彼だったけれど、その後は妙にぎこちない様子で私の部屋へと足を踏み入れる。なんだか汗も凄いし、かなり緊張しているみたいだ。


 そうしてきょろきょろと部屋を見渡していたアルテュールは、天蓋付きのベッドへと視線を一瞬だけ向けて固まった後、そろそろとソファへと腰を下ろした。


 私もその隣に座ろうとしたのだけれど、馬車の時と同じで彼はいつも通り自分の膝の上へと座らせようとする。もうすっかりそれに慣れてしまってはいたものの、今日はそういう訳にはいかないのだ。


 私を抱えようとしていた彼は、私が動こうとしない様子を訝しむように首を傾げた。


「ポーラ……?どうかしたか?」

「最近は私の定位置があなたの膝の上みたいになっていたけれど、今日はやめにしたいの」

「えっ、何故だ!?俺に触れられるのは嫌ではないのだろう?俺は君を抱えていると、この世の幸福を全て手にしているような心地になるんだが……」


 傍目にもしゅんとして悲しそうに眉尻を下げるアルテュールに、つい頷いてしまいそうになるけれども、私はぐっとそれを我慢する。私だって嫌ではないのだけれど、今日はお詫びの気持ちも込めて私が彼にしてあげたい事があるのだ。


「とにかく今日は駄目よ!その代わりに……」


 私は落ち込んだ様子の彼の隣にさっと座ると、自分の膝をぽんぽんと叩いた。


「今から私があなたの枕になるわ!さぁ、遠慮なくここに頭を乗せてちょうだい」

「………………うん?」


 こんな事を言うのは初めてなものだから、なんだか気恥ずかしくてつい早口になってしまう。てっきり喜んでくれるかと思ったのだけれど、何の反応もないものだから急に不安になって彼の方を見れば、彼はぽかんとした表情を浮かべたまま固まってしまっていた。


 もしかしたら早口すぎて上手く伝わらなかったのかもしれない。


 私はこほんと一つ咳払いをすると、先程よりもゆっくりと、今度は彼の目を見て言葉を紡いだ。


「昼間の失言と仮病を使った事のお詫び……というのもあるのだけれど、本当はただ私があなたを癒やしてあげたいだけなのよ」

「っ……!」

「あぁ、もう!どうしてすぐ頬をつねるのよ。ほら、そんな事しないで、横になって!」


 なんだか泣きそうな表情で自分の頬をつねる彼に苦笑を漏らしつつも、優しくその背を撫でる。最初は緊張していた様子の彼も、今は適度に力が抜けているみたいだ。


 暫くすると、彼は自分からゆっくりと私の膝に頭を乗せてくれたのだけれど、実際にやってみて初めて、これは距離も近いしかなり親密だわという事実に気付いてしまう。


 程よい感触の髪は太腿に触れてくすぐったいし、いつもは抱えられるばかりだった私に対して、アルテュールが頭だけでも身を預けてくれているという事はなんだか物凄く嬉しくて、幸せな心地になる。


 もしかして私を膝の上に乗せる彼も、こんな気持ちなのだろうか。


 そんな幸福感に浸りつつも、私は彼をあわよくば寝かせるつもりで、その燃えるようなルビーレッドの髪をくしゃりと優しく撫でた。


「……アルテュール、あなた少し働きすぎだわ。大公のお仕事だけでも大変なのに、騎士団で稽古までつけているだなんて本当にいつ休んでいるの?」

「いや、俺の場合、体を動かしている方が気が休まるんだ。気分転換にもなるからな」

「でも体は休まらないじゃないの。いつか体を壊しそうで心配だわ」


 つい溜息を漏らしてしまえば、アルテュールが伸ばした指が、優しく私の頬を撫でる。私を見上げる彼の瞳は、慈しむようにそっと細められた。


「それならポーラ、一つ俺の頼みをきいてくれるだろうか?」

「なあに?私が出来ることかしら?」

「勿論、君にしか出来ない事だ」


 私の頬に触れていた彼の指が、ゆるく束ねていた髪紐を取り去り、はらりと落ちた私の髪が彼の頬へとかかる。


「出来れば毎日、寝る前にはこんな風に君とゆったり過ごしたい。君とたわいない話をして、触れ合う――それだけで俺の疲れは吹き飛んでいくだろう」

「まぁ!それは私も願ってもない事だわ!もっとたくさんお話しして、仲良くしたいと思っているのに、昼間はなかなか時間がとれなかったのだもの」


 アルテュールのお願いは、私にとっても嬉しい事だ。昼間はどうしても彼の仕事が忙しそうで、ゆっくり話せる時間は限られていたから。


「俺としては、君と朝までいたい所なんだが、オランジュ公爵には結婚するまでは許可できないときつく言われているし、何より君は俺と友達から始めた所だからな」

「お父様ってば、そんな事言っていたのね……」


 心配そうなお父様の顔が思い浮かぶものの、アルテュールが朝まで一緒にいたいと思ってくれている事を知ってしまえば、自然と頬は赤くなってしまう。


 ぽかぽかとした顔の熱さをどうにかしようと、手で扇ごうかしらと思っていれば、私の手は彼の手に絡め取られてしまっていた。


「だからポーラ、君も俺の筋肉に触れてくれても構わないんだぞ?」

「そ、その話は忘れてちょうだい!」


 まさかここで昼間の失言を持ち出されるだなんて思ってもみなくて、私の顔は羞恥で一気に真っ赤に染まってしまう。


 恥ずかしがる私とは裏腹に、アルテュールは物凄く嬉しそうな良い笑顔なのが憎らしいくらいだ。これは絶対に私を揶揄っているに違いない。


「忘れる筈がないだろう。君が俺の筋肉に惚れていたとは知らなかったからな。それならそうと早く言ってくれれば、君にならいくらでも触って、眺めてくれて構わないというのに」

「う……も、もう知らないわ!今日の触れ合いはここまでよ!さぁ、私は寝るからあなたも自分の部屋で寝てちょうだい!」


 ふいと視線を逸らすものの、私の顔は耳まで真っ赤なのだろう事は鏡を見なくても予想がついた。


 しかもアルテュールは可笑しそうに笑みを漏らすものだから、私はぐいぐいと彼を扉の方へと必死に押しやる。本当なら私の力で彼が動く筈もないのだから、彼は私に合わせて程よい力加減で歩いてくれているのだろう。


 ただ、不思議と彼が訪ねて来る前よりも、気持ちはずっと楽になり、恥ずかしさよりも楽しい気持ちの方が勝っているみたいだ。


 きっと今夜は楽しい夢が見られる。アルテュールもそうならいいのにと、心からそう思うのだった。






読んでくださってありがとうございます!


作者のやる気に繋がりますので、面白かったと思って頂けたら下にある☆を押して評価やブクマを宜しくお願いします!


次回はアンナ視点のお話です。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ