23 騎士団訪問
騎士団で使用するお薬作りは、驚く程に順調だった。
それというのも、私が知らないうちに、お邸の1階にある1室が調薬室に改装されていたからだ。聞けば視察旅行から戻ってすぐにアルテュールの指示で改装を始めていたというのだから驚いてしまう。
壁の一面に備えつけられた棚には多くの薬草が常備されていて、私が使った事がない珍しい薬草なんかも揃えられているのを見た時には飛び上がって喜んでしまったくらいだ。
しかもその部屋からは外に出られる扉があるのだけれど、そこを開ければそれなりの広さの薬草園に続いているのだから本当に最高の環境と言えるだろう。
調薬の道具も最高級の物が揃えられているし、ソファは長時間座って作業をしていても全然疲れないのだから重宝している。あまりに居心地が良くて、ここに寝泊まりしたいと言ったら、アンナには呆れた顔をされてしまったものだ。
その上レーニエが手配してくれた侍女と執事達は、全員手先が器用で仕事が早いものだから、懸念していた大量生産も問題なく出来ていた。
そうしてある程度の量の傷薬に毒消し、痺れ薬などが揃った事もあって、今日はこれを騎士団へと初めて納品に行く日なのだ。
ついでに鍛錬の様子も見せて頂く事になっているのだけれど、騎士団長にはその旨は伝わっているものの、他の騎士達には全く知らされていないらしい。なるべく普段通りの様子を見学してもらいたいからと聞いているから、どんな様子なのか楽しみでもある。
「……それにしても、私にも少しくらい運ばせてくれてもいいのに」
ちらりと後ろを見れば、今日の護衛であるミレイユとナディアがお薬の入った大きな箱を軽々と抱えていた。
ミレイユは薄茶色のふわふわとした髪と大きな瞳は目尻がつり気味になっていて、どことなく猫っぽい印象を受ける可愛らしい小柄の騎士だ。一方のナディアは、この辺りでは珍しい黒髪に黒目という異国風の顔立ちをしている。なんでも彼女のお祖母様が、かつて東方の国からやってきた商人なのだそうだ。
ヴェロニクとニコラ、ミレイユ、ナディアの4人が私の護衛騎士であり、彼女達は毎日交代で2人ずつ護衛をしてくれているのだけれど、今のところは私のお薬作りを手伝ってもらうばかりの気もする。
現に今も、私が作った薬なのだから少しは自分で運ぶつもりだったというのに、彼女達が全て持ってくれているものだから、私は完全に手持ち無沙汰だ。
じっと見詰める私に対して、ミレイユがわたわたと慌てた様子で首を横に振る。
「いやいや、妃殿下にこんな重たい物を持たせられませんって!そんな事したら、あたし達がアルテュール団長に怒られちゃいますよ!」
「少しだけでも駄目なの?」
「うっ……可愛い……お願いですから、どうかそんなに可愛らしいお顔は、アルテュール団長に向けてください。きっとお喜びになられますよ」
何やら呻き声をあげたナディアは、ぎゅっと唇を噛み締めながら視線を逸らしてしまうのだから、私はそっと溜息を漏らすしかない。これ以上は彼女達を困らせてしまうだけだ。
「それにしても、アスター大公家の騎士団長はあのフィルマン卿でしょう?それなのにあなた達騎士は皆アルテュールを団長と呼ぶのね」
フィルマン卿とは、隣国であるアリストロシュ帝国との間で数年前に起きた戦において、当時騎士団長を務めていたアルテュールの下で勇猛果敢に戦い、その武功で国王陛下から騎士爵を授与されたような方だ。確か当時は第一騎士隊の隊長をされていたと記憶している。
年齢は私のお父様よりも上の40代で、アッシュグレーの短い髪を逆立ておられ、体格の良いアルテュールよりも更に一回り大きい、まるで熊のような素晴らしい体躯をされているのだけれど、普段はとてもお優しい方だ。
私が幼い子供だったのなら、間違いなくフィルマン卿に肩車をしてほしいとねだっていただろう。背が小さい私から見ると、フィルマン卿くらい大きい人から見る景色が気になって仕方ないのだ。
そんな方が騎士団長をしてくださっているというのに、騎士達は皆彼を隊長と呼び、アルテュールの事を未だに団長と呼んでいるのだ。
アルテュールが王国の騎士団長をしていた頃からの部下が多くついてきているのだからそうなるのは自明の理なのかもしれないけれど、果たしてフィルマン卿はそれで納得されているのだろうか。
考え込む私に対して、彼女達は顔を見合わせると少しだけ苦笑を漏らした。
「うーん、なんというか、妃殿下はこれまで騎士団の訓練場に来られた事がありませんからご存知ないでしょうけれど、実はアルテュール団長は早朝や仕事の合間などに毎日鍛錬に来られているのです」
「あたし達にも直接稽古をつけてくださいますし、実際はアルテュール団長が団長のままなんですよ。名目上はフィルマン隊長が団長なんですけどね」
「そうだったの!?全然知らなかったわ……」
そう言われてみれば、確かに騎士団長を辞めた筈だというのに、アルテュールの素晴らしい筋肉は全く変わりがないように見える。きっと体を鍛える事は続けているのだろうとは思っていたけれど、まさかそこまで鍛錬に励んでいただなんて思いもしなかったのだ。
それというのも大公という立場は、とてもやる事が多いからだ。アスター領は領地も広いし、その全てを管理する上で各街に適切に人員を配置したり、領民からの要望を聞いたりと挙げていけばキリがないくらいに様々な事をしなくてはならない。
その合間に騎士達に稽古をつける事までしているだなんて、彼にはゆっくり休む時間は存在しているのだろうか。
「だって、どんなに忙しくても朝食と夕食は一緒にとっているけれど、アルテュールからはいつだって良い香りしかしないのよ?鍛錬してから、湯浴みでもしていたのかしら……」
「それはそうでしょうね。男というものは、好きな女性の前では良い格好をしていたいものなのですよ。それが妃殿下のように小動物みたいな愛らしさのある御方相手なら尚更でしょう」
ナディアがうんうんと何度も頷く中、私はとある可能性に気付いてしまい、ハッと顔をあげた。
「待って……という事は、もしかしたら今訓練場に行ったら、アルテュールがいるかもしれないって事なんじゃないの!?」
王都に居た頃、王城の一角にある騎士団の訓練場をこっそりと覗いていた日々の記憶がありありと脳裏に蘇る。
一時期彼とは疎遠になってしまっていた間も、私の日課はシモンと遊ぶ事を口実に、アルテュールの訓練を覗く事だったのだ。
あの頃は嫌われていると思い込んでいたから、顔を合わせば眉間に皺を寄せた嫌な顔をされてしまうのがつらくて、でも彼の姿は見たくて。だからこそこっそりと物陰から、彼が剣を振るう姿を眺めては胸をときめかせていた。
がっしりとして均整の取れた美しいその姿。しなやかな筋肉の動く様。それをいつも遠目から見惚れていた訳だけれど、彼の婚約者という立場を手に入れた今の私は、もう遠目ではなく近くでその姿を眺めても許されるのではないかしら。
その事に気付いてしまえば、心臓は自然と鼓動を早め、頬は赤く染まっていく。
そんな私の様子を見て、ミレイユもナディアもにっこりと満面の笑みを浮かべた。
「それは行ってみてのお楽しみです」
「さぁさぁ、参りましょうか!」
私はこくりと一つ頷くと、逸る気持ちを抑えながらも足早に回廊を進んでいく。大公家のお邸の端、かなり広いスペースが騎士団の宿舎と訓練場となっていた。
近付く程に、剣が交わる金属音や矢が的に刺さる音、騎士達の掛け声が大きくなっていく。
「踏み込みが甘いぞ!それでは右ががら空きだ!」
その中において、良く通るその声が聞こえた瞬間、私の心臓が一つ音を立てたのが自分でも解った。我知らず緊張して歩みが止まってしまっていたらしく、後ろにいたミレイユに促されてハッとする。
「妃殿下?どうされました?」
「ううん、なんでもないの。いえ、なんでもなくはないのだけれど、その……私ね、王都で騎士をしていた時のアルテュールを、ずっとこっそり覗いていたのよ。いつも見つからないように気をつけていたものだから、その時の癖で緊張してしまっていたみたい」
ふぅと息を大きく吐き出した後、気合いを入れるようにぎゅっと拳を握り締めた。
「これからは堂々と近くで見ていいんだもの!役得だと思って、存分にアルテュールの最高に整った肉体美を観察させてもらうわ!あの美しい筋肉、大好きなのよね!」
そう言った所で、何か重たい物が落ちたような大きな音が辺りに響き渡り、私はびくりと肩を震わせる。一体何が起きたのだろうかときょろきょろと視線を彷徨わせれば、顔を真っ赤にして口元を覆っているアルテュールと視線が重なった。
その足元には大振りの剣が転がっているのを見ると、どうやら先程の大きな音は彼がこの剣を取り落とした音だったみたいだ。
そんな事よりも、彼のあの表情。確実に先程の私の発言を聞かれたに違いない。まさか本人に聞かれるだなんて思ってもみなかったから、一体私は何を口走っていただろうかと冷や汗がぶわりと溢れる。
肉体美を観察したいだの、筋肉が大好きだの、これではまるで彼の体目当ての変質者みたいではないだろうか。
そう気付いた途端に、顔から火が出そうなくらい私の顔は一気に赤く染まってしまう。何か、何か言わなくてはと思考はぐるぐると空回りするばかりだ。
「っ……ポーラ、今言った事は――」
「ち、違うわ!私はあなたの体が好きな痴女ではないのよ!?本当よ!?筋肉が好きなのは本当だけれど、それだけじゃなくて全部好きなんだから!」
「んんっ!?」
訳も解らないままに失言を重ねた私は、あまりの居た堪れなさに、それだけ言うとその場から逃げ出してしまった。
アルテュールの顔も私と同じくらい真っ赤だった気もするけれど、今はとにかくこの場から逃げる事しか考えられない。私の後を慌ててミレイユとナディアが追いかけてくるけれど、私は逃げ足にだけは自信があるものだから、追いつく頃にはお邸へと辿り着いてしまっていたのだ。
そうして騎士団の訓練場には、真っ赤な顔で立ち尽くすアルテュールと、そんな彼の姿を初めて見て動揺する騎士達が取り残されるのだった。
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