22 大公妃としてのお仕事
「レーニエ、私にもお仕事をくれないかしら?」
大公家のお邸に戻ってから早数日。
今まではここから逃げる事ばかり考えていたものだから、大公であるアルテュールの婚約者としてここにやってきたにも関わらず、私は大公妃としてのお務めを殆どしていなかったのだ。
いずれは彼と結婚すると決めたのだから、ただただのんびりと過ごして美味しい物を食べているだけのお客様扱いでは、流石にもういられないだろう。
そういう事で、手始めに何か出来る事はないかしらと、大公家を取り仕切る執事長であり、アルテュールの補佐もしているレーニエの所にやってきたのだ。
彼は書類を纏めていた手を止めると、ゆっくりと顔をこちらへと向ける。
「お仕事、ですか。私個人としては大歓迎ですが、大公殿下は許可なさいましたか?」
「それは勿論許可を頂いてきたわ!……条件付きだけれど」
そう、ここに来る前にまず寄ったのがアルテュールの執務室だ。最近の彼は、コルシックの街付近の森に出た例の魔物関連でいろいろと忙しそうにしていて、騎士達と何だか難しい話をしている所をよく見る。
あの街にはマドレーヌを始めとした知り合いも多いから、彼女達に危害が及ばないか私も気になるものの、どうやら国王陛下にも報告するような機密扱いらしく、詳しい話は教えてもらえなかった。
ただ、今までは森の奥深くでしか目撃されていなかった魔物の活動範囲が広まっていたり、以前よりも凶暴になっていたりという何かしらの異変が起きているというのは確かだ。
それはどうやらコルシックの街付近だけではないらしく、それでアルテュールは各地に配置している騎士達と連絡を取り合っているようなのだ。
騎士達を纏め、指示を飛ばす凛々しい姿は、私が片想いしていた騎士団長だった頃の彼を思い出させるものだから、つい惚けたように見惚れてしまうのだけれど、当時と違うのは今の私達は気持ちを確かめ合った婚約者同士という事だ。
現状はお友達関係を始めたばかりであるけれど、いずれは結婚する仲だからこそ、彼は私に対して以前よりもより過保護になっていた。その原因は、私が二度も脱走を計画し、実際に一度は成功したからというのもあるだろう。
お邸の中でも必ず護衛騎士達(しかも全員女性騎士だ)がつくようになった事から始まり、街への外出はさせてはもらえるけれど、どんなに忙しくてもアルテュール自身が一緒に行こうとするものだから、変に遠慮してしまって外出の機会はどんどん減っていった。
正直な所、少しだけ息が詰まる。
視察旅行の時に、アルテュールは私を閉じ込めるつもりはないと言っていた。確かに今も部屋に閉じ込められてはいないけれど、毎日必ずつく護衛や、一人では外出させてもらえないというのはこの邸に閉じ込められているようなものだ。
そう思ってしまうと、つい抜け出したくなってしまうものだから、どうにかしてお仕事を得て気を紛らわせたいというのもあるのかもしれない。
だからこそアルテュールにお仕事をしたい旨を言ったものの、それについてはすぐに頷いてくれたというのに、視察や慰問など邸から出なくてはならないものは彼の同行が必要というものだったのだ。
お友達から始めて信頼関係を築いていけたらと思っているのに、前途は多難みたいだ。
(はぁ……駄目ね。忙しいのは解るけれど、やっぱりもっと話し合いが必要よ。アルテュールだってそういう意図じゃないかもしれないもの。勝手に思い込むのは悪い癖だわ)
私は考えを振り払うように首をふるふると振ると、ぎゅっと拳を握り締めた。
「大公家が支援している病院や孤児院の慰問、領地の視察にはアルテュールが必ず同行するというのが条件なの。彼は魔物の件でそんな時間は暫く作れないでしょう?だからまずはこの邸の中で出来る事がないかと思ったのよ」
「成程、そういう事でしたら丁度妃殿下向きのお仕事がございます」
「本当!?あ、でも、私みたいな素人にできるものかしら?」
お仕事を求めてはいるけれど、私はアカデミーで習った以外は特別な教育を受けた事はない。アルテュールは現在シモンに次いで王位継承権を持つ王族な訳だから、当然大公のお仕事以外に公務というものもある。
彼が求めているものは、それを隣で支えられるような大公妃なのだろうけれど、私ではまだまだ勉強が足りない。これに関しても教えてくれる人がいたらいいのだけれど。
不安気な私に対して、レーニエはきょとんとした表情を浮かべた後、にっこりと笑みを浮かべた。
「それでしたら妃殿下は何の問題もございませんよ。確かに邸から逃亡を企てられるような御令嬢にあるまじき所はございますが、所作や領民への接し方、妃殿下としての心構えなどは既に十分身に付いておられますから。流石は王妃殿下直伝ですね」
「王妃様……?」
王妃様直伝だなんて身に覚えのない事で、今度は私の方がきょとんとしてしまう。
王妃様とは要するにシモンのお母様の事だ。アルテュールにとっては義姉様にあたる御方だから、このまま彼と結婚すれば私にとっても義姉様という事になるだろう。
シモンと遊ぶ為に王城に行った時には、よく王妃様ともお茶をご一緒してお話させて頂く事は多かったけれど、何か特別な勉強をした覚えは全くないのだから首を傾げるばかりだ。
そんな私の様子を見て、レーニエはくすりと笑みを溢した。
「本当にご存知なかったのですね。王妃殿下との問答や、お茶会で提供される珍しいお食事やお菓子を召し上がる作法。他にもいろいろと貴女様には王妃殿下直々に妃教育をなさっておられたのですよ」
「えっ!?そうだったの!?全然知らなかったわ……」
確かに思い返してみれば、王妃様とのお茶会では見た事もないような外国のお料理だったり、綺麗に食べるのが難しいミルフィーユのようなお菓子が出される事が多かったように思う。最初は上手く食べられなかったのだけれど、どれも綺麗に召し上がられる王妃様の真似をしているうちに、自然と食べ方は綺麗になっていったのだ。
それに王妃様は話題もとても豊富で、私はいつも感心しながらそのお話を聞き、時には意見を求められるものだから私なりの考えを話したり、議論を交わしたりする事も多かった。
王妃様はそういう御方なのだと思っていたのだけれど、もしかして他の方とはそんな事されていなかったのだろうか。
「王妃殿下としては、貴女様をシモン王太子殿下の妃にされるつもりだったからでしょうね。そのお陰で、以前の視察旅行やコルシックの街における妃殿下の評判は上々です。領民達からは慕う声が多く届いておりますし、私としては文句のつけようもない見事な振る舞いですよ」
「そうなのね……!それはなんだかとっても嬉しいわ!」
アスター領に来てから出会った人々の顔を思い浮かべると、つい顔が綻んでしまう。
本当はもっとたくさんの人達と交流できたらいいのだけれど、とりあえずは邸で出来る事を頑張って、アルテュールとももっとお互いに理解して、信頼しあえる関係を築く事が先だろう。
「そういう事なら、私に出来ることならなんでも頑張るつもりだから、遠慮なく言ってちょうだい!」
「大変お心強いお言葉ですね。でしたら、妃殿下には大公家の騎士団で使用するお薬を作って頂けないでしょうか?」
私はてっきりお邸の管理などの貴族の夫人が主に任される事が多いお仕事を頼まれるものとばかり思っていたものだから、お薬の作成を依頼されるだなんて思ってもみなくて目を丸くしてしまう。
私の作るお薬が即効性があって効果が高い事は理解しているけれど、本当に趣味で作ってきたものばかりだ。騎士団で使用している薬学研究所の物より優れているとアルテュールもレーニエも以前言ってくれたけれど、実際に比べた事はないからあまり自信もない。
「でも本当に私が作った物で大丈夫なの?独学だし、それにたくさんは作れないのよ?」
「果樹園で実際にその効果の程は見せて頂きましたし、コルシックに配置していた騎士達からは妃殿下の傷薬がまるで女神の妙薬のようだと報告を受けています。彼らの話を聞いた他の騎士達からも要望がありますし、何より護衛対象でありお仕えする妃殿下が手ずから作られたというのが騎士達には嬉しいものなのです」
「そういうものなのかしら……」
ちらりと後ろに視線を向ければ、今日の護衛騎士であるヴェロニクとニコラと視線が重なる。
ヴェロニクは男性並に背の高い、燃えるような赤毛が美しい女性で、長い髪を上で一つに結んでいるのが印象的だ。一方のニコラは可愛らしいストロベリーブロンドをアシンメトリーにカットしていて、見た目はとても幼く見えるのだけれど、私よりも少し年上なのだという。
二人は私の視線を受けてお互いに顔を見合わせると、先輩騎士であるヴェロニクが一歩前に進み出た。
「妃殿下、実はコルシックに配置された隊には私の騎士学校時代の同期がいるのですが、その者から妃殿下がいかに毅然としていらっしゃったのか、怪我人を慈しむお優しい姿はさながら女神様のようであったと自慢されております」
「ひっ!?待ってちょうだい、それはなんだか物凄く誇張されているわよ!?」
もしやあの時、泣いて縋っていた騎士達の中に彼女の同期の騎士がいたのだろうか。それにしても私の存在がなんだか物凄く美化されてしまっている事に、私は慄くしかない。
小さく悲鳴をあげる私とは裏腹に、ヴェロニクが私を見る眼差しはキラキラと澄み切っていて眩しいくらいだ。この瞳はまさしくコルシックにいた騎士達と相違ない。
「このイリスの街に配置された私達は、妃殿下に一番近い場所にいられるというのに、これまでなかなかお目にかかる機会がなく、とても残念に思っておりました。妃殿下がお薬を手ずから作って頂ける事は勿論ですが、それがなくとも騎士達の訓練場に見学に来て頂けるだけでも大変励みになります!」
「え、あ……そ、そう、なのね」
ヴェロニクの熱意に圧されつつも、なんだか物凄く期待されているというのは伝わってきたものだから、私は思わずこくこくと頷く。
「そういう事なら、私でよければお薬を作らせてもらうわね」
「ありがとうございます。騎士達も喜ぶ事でしょう。薬草についてはこちらで用意致しますし、侍女や執事も手伝えるように手配致しますからご安心ください」
にっこりと微笑むレーニエを見ると、何故だかどっと疲れを感じるのだけれど、お薬作りなら私の得意分野だ。少しでもアルテュールの力になれるように頑張ろうと、私はぐっと気合いを入れるのだった。
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