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20 交錯する愛

「ポーラ!お願いだ……俺の顔など見たくもないだろうが、少しだけでもいい、顔を見せてくれ……!」


 宿の外から聞こえるその声は、姿を見るまでもなく打ちひしがれている事が解る程に悲しみの色に染まっていた。その切実な響きは、あたかも慟哭していると感じる程だ。


「アルテュール様……」


 そんなに悲しまれるくらい、私の事を想い、探してくださったのだろうか。そう思うと、不謹慎にも私の心は嬉しいと思ってしまうのだから、私はなんて酷い人間なのだろう。


 騎士達にもアルテュール様と話をすると言っておきながら、いざその時になれば怖気付いてしまう。


 自分から逃げ出しておいて今更合わせる顔もないし、正直な所、アルテュール様がここまで必死に私を追ってこられるだなんて思いもしなかったのだ。


 私がいなくなれば全て元通りになるとばかり思っていたというのに、こんな事になって何を話せばいいというのだろう。


 それだけでも頭が痛い問題だというのに、目の前にはたった今私にプロポーズしたシモンがいるのだ。シモンへもまだ何も言えていないというのに、この上アルテュール様とも話さなくてはならないだなんて。


 どうしたらいいのかと困惑して固まってしまう私を、ぎゅうと温かな温もりが包み込む。


「……ごめん。ポーラを困らせるつもりじゃなかったんだ。返事は後でいいから、まずは叔父上と決着をつけよう。気まずいなら僕が話すから、君は僕の隣で黙っているだけでもいいよ」


 あぁ本当に、シモンはなんだかんだ言っていても、いつだって私には優しい。でもこれは私とアルテュール様の問題だ。だからこそ、私が話さなくてはならない事なのだ。


 私はふるふると首を横に振ると、シモンを真っ直ぐに見詰め返した。


「ありがとう、シモン。でもこれは、私がアルテュール様と話さないといけない事だわ」

「そうだね、君ならそう言うと思ったよ。でも、当人同士じゃない方が聞ける本音があるかもしれないでしょ。それに僕だって、叔父上には言ってやりたい事があるんだよ。だからポーラ、ちょっとだけ僕に付き合って」


 そう言われてしまえば、私は頷くしかない。それにシモンの表情も、とても真剣なものだったから。


 私が小さくこくりと頷けば、彼は優しく微笑みを浮かべた後、ぐっと表情を引き締めて立ち上がる。そのままこつこつと靴音を響かせながら窓まで近付くと、勢いよくそれを開け放った。


「叔父上、こんな早朝から騒ぎ立てるなど迷惑ではありませんか。そういう配慮が、叔父上には欠けているのです」

「シモン!?何故お前がそこにいるんだ!?」


 驚愕したようなアルテュール様の声を聞きながら、私も密やかに窓際へと移動する。少しだけ顔を覗かせようとするのだけれど、それはシモンに手だけで制されてしまったものだから、仕方なく壁を背にして外から見えないように座り込む。


「勿論ポーラが助けを求めていたからに決まっているでしょう。……僕は彼女が叔父上をずっと一途に慕っていた事を知っています。だから悔しいけど、彼女が幸せになるならと叔父上との婚約を認めるつもりでした。でも彼女は叔父上の元から逃げ出した」


 眼下にいるであろうアルテュール様を見据えるシモンの表情は、見た事もないくらい厳しい。私には見せた事のないその顔は、為政者然として見えた。


 優しいだけでない王太子としてのシモンの姿は、あまり見た事がなかったものだから、なんだか見慣れなくてぽかんとして見上げてしまう。


「……彼女は、叔父上から逃げて修道院に行くつもりでした」

「っ!?」

「修道院に行かせるくらいなら、僕が彼女を幸せにします。逃げたいだなんて思えないくらい、毎日笑顔で楽しく過ごせるように心を砕いて、いずれは僕を異性として愛してもらえるように。ポーラを悲しませた叔父上には、とても任せておけません!」


 シモンの視線はアルテュール様に向けられていて、私には少しも向いていない。けれどその言葉自体は、明らかに私に向けられたものだ。


 彼がそれ程に私の事を想っていてくれた事に全く気付いていなかったのだから、それで親友だと思っていただなんて、私はどれだけシモンを理解できていなかったのだろう。


 私の方こそ、親友失格だ。これ程の想いを向けてもらえる程、私はできた人間でもないのだから。


 そんなシモンの言葉に、アルテュール様も言葉を失われたようで暫しの沈黙が落ちる。そうしてどれくらいの時が経っただろう。シモンが一つ大きな溜息を漏らした。


「だんまりですか?叔父上のポーラへの想いは、僕が考える程大した事なかったのですね」

「っ……!それは違う!!」


 怒声のような大きな声に、私はびくりと肩を震わせる。驚く私とは裏腹に、シモンは少しも動じていないみたいだ。寧ろアルテュール様を見下ろし、ふっと口元に笑みまで浮かべる余裕まである。


「何が違うのですか?そもそも叔父上はあの王女様をエスコートされていたのですから、彼女と良い仲だったのでしょう?それに、ポーラにはいつだって厳しい目を向けていたではありませんか。だというのに、本当に彼女を愛しているとでもいうのですか?」


 その言葉は、私がアルテュール様に聞きたかった全てだ。アルテュール様はなんて答えられるのだろう。それを聞くのが恐ろしくもあり、不安でもあり、私は我知らず手に力が篭ってしまう。


「俺は……ポーラ以外の女性に心奪われた事はただの一度もない!セレスト王女のエスコートは、兄上から頼まれた仕事のようなものだ。彼女に気は一切ない」

「へぇ……まぁ、それは信じましょう。ですが叔父上、貴方はいつだってポーラを見る時に眉間に皺を寄せていました。あれを見て好意を抱いているとはとても思えませんよ。実際、彼女はずっと叔父上に嫌われていると思っているのですから」


 そう、そうだ。あんな風に睨まれて、私を好きだなんてとても思えなかった。だからこそ、私は媚薬を彼に盛ろうと決意したのだから。


 私以外の女性に心奪われた事がないというのなら、どうしていつもあんな風に私を見ていたのだろう。


「そ、れは……ポーラが子ウサギのように愛らしいからに決まっているだろう……!」

「………………はい?」


 アルテュール様の言っている意味が解らず、私もシモンもぽかんとしてしまう。それがどうして理由になるのだろうか。


「くるくるとよく変わる表情も、お転婆なところも、全てが愛らしいのだから、俺はいつだってポーラを抱き締めたい衝動と戦っていたんだ!そうなるとどうしても眉間に皺が寄るのだろう。こういう顔なんだ……それがまさか、俺がポーラを嫌っていると思われていたとは……」


 どんどん声が小さくなっていくアルテュール様の言葉に反比例するように、私の鼓動はどくどくと煩くなっていく。


 それなら今まで、彼が私を見て眉を顰めていた全ては、私を抱き締めたいと、愛らしいと思ってくれていたのだろうか。


 今まで悲しい、辛いと思っていた全ての記憶が鮮やかに色付いていく。


 ぶわりと一気に顔は赤く染まる中、私は居ても立っても居られずに窓から身を乗り出した。


「アルテュール様!!」

「え?は?えっ!?ポーラ!?」


 しょんぼりと俯いていたアルテュール様は、私の声にがばりと勢いよく顔をあげる。なんだか少しだけ痩せられたみたいだ。


 目を見開いて驚いた表情を浮かべる彼に対して、私はにっと悪戯っぽく微笑んだ。


「しっかり受け止めてくださいね!」


 そう言うや否や、私は窓に足をかけ、そのままアルテュール様目掛けて飛び降りる。顔を真っ青にしながらも、両手をいっぱいに広げられた彼は、私を難無く受け止められると、そのままぎゅうぎゅうと力一杯抱き締められるのだから苦しいくらいだ。


 けれど苦しさよりも、可笑しさの方が勝ってしまって、私は思わず噴き出してしまった。


「ふふっ……あはは!」


 声をあげて笑う私に対して、我に返ったアルテュール様は眉尻を上げて怒り顔だ。いきなり2階から飛び降りたのだから、当然だろう。


「ポーラ!どうして君はそう無茶をするんだ!怪我でもしたらどうするんだ!?」

「アルテュール様が絶対に受け止めてくださるって確信があったからですよ。現にこうして受け止めてくださったでしょう?」

「そんなの当たり前だろう!君が怪我でもしたら一大事ではないか」

「怪我なら傷薬ですぐに治りますよ?」

「それでも、だ。君が痛い思いをするのは、俺には耐えられない」


 むすっとした顔をされるアルテュール様がなんだか可笑しくて、私はくすくすと笑みを漏らす。その表情は以前によく見た表情だけれど、彼の気持ちを知った今なら違って見えるのだから不思議だ。


 マドレーヌが言っていた通り、本当に最初から全部私の勝手な勘違いだったのだ。


 媚薬なんて最初から盛らなくても、アルテュール様は私を好きでいてくださった。私がした事は、余計に混乱させただけで、最初から何も変わってはいなかったのだから。


 それに気付かせてくれたのは――


「シモン!」


 声をあげれば、私を見下ろす彼は笑ってはいるけれど、泣いているようにも見えた。


「ありがとう、シモン!あなたがいなかったら、私はずっと勘違いして逃げ続けていたわ!」

「君は単純で、思い込みが激しいんだよ。本当、馬鹿ポーラ」

「本当に私が馬鹿だったわ。あなたの気持ちに全然気付いていなかったのだもの」


 その言葉に、彼は苦笑を漏らす。私を好きでいてくれた事、それは本当に本当に嬉しい。アルテュール様がいなければ、私はきっとシモンを好きになっていただろう。


「……虫がいいのも解っているの。でも私は、これからもずっとシモンの一番の友達でいたいわ!アルテュール様の次に大切な人は、シモン。あなたなんだもの」

「っ……本当、そういうとこだよ。結局、僕は君のお願いには弱いんだ。でも、暫くはそっとしておいてよね!一応、振られて傷心なんだから!」


 それだけ言うと、シモンはばたんと勢いよく窓を閉めてしまった。きっと、時間が経てばまた今までみたいに話せる。そう願うばかりだ。


 私は少しだけ目を閉じると、今度は私を横抱きに抱えているアルテュール様を見上げる。その瞳は、優しく細められていた。


「アルテュール様……逃げ出してごめんなさい。それと、迎えに来てくださって、私を諦めないでくださってありがとうございます!」

「おかえり、ポーラ。俺の方こそ、言葉や表情が伝わらない事だらけですまなかった。これからは、もっと君への想いを表現できるようにしていくつもりだ。とりあえずは――」


 啄むような優しい口付けが唇に落とされる。その甘さと心地よさに、私はそっと瞼を閉じた。







読んでくださってありがとうございます!


作者のやる気に繋がりますので、面白かったと思って頂けたら下にある☆を押して評価やブクマを宜しくお願いします!


次回はシモン視点のお話です。

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