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19 気付かなかった想い

「んぅ……痛っ……」


 目が覚めてまず感じた事は、強烈な頭の痛みだ。ずきずきとこめかみの辺りが酷く痛む上に、酷く不快な倦怠感でいっぱいだ。


「頭痛のお薬、あったかしら……」


 のそのそと体を起こそうとしたところで、左手に何かを掴んでいる事に気付く。痛みに加えて、まだ起き抜けでぼんやりとする頭で視線を左側に向けたところで、そこに居る筈のない人の姿に私は驚いて目を丸くしてしまう。


「シモン!?え、なんでここにいるのよ……!?」

「っ……ポーラ……?朝から煩い、よ……」


 床に座り込み、私のベッドに上半身を突っ伏した格好の彼は、眠そうに目を擦った後、そのまま再び微睡んでいってしまう。そんな彼の右手は、私の左手としっかり繋がれたままだ。


 一体これはどういう状況なのだろう。ぐるぐると混乱する頭は、痛みのせいであまりうまく考えが纏まらない。


 昨夜の事を思い出そうとしても、霞がかったようにぼんやりとしていてよく思い出せないのだけれど、この状況が宜しくない事だけは解る。


 いくら幼馴染で親友とはいえ、私達は妙齢の男女だ。子供の頃ならいざ知らず、婚約者でもないのに部屋に2人きりというのは誤解されかねないし、しかもこんな早朝にベッドで手を繋いでいるというのはどう見てもまずい。


 それに一国の王太子殿下を床に座らせて寝かせているという事実も、人に見られれば不敬罪になりかねない事態だ。


「ちょっとシモン、起きてちょうだい!一体どうしてあなたが私の部屋で寝ているのよ!?」


 ゆさゆさと必死にシモンを揺り動かせば、ようやく彼は眠そうな瞳をゆうるりと開けた。


「…………ポーラ?」

「そうよ、あなたの親友のポーラよ!目が覚めた?」


 そう尋ねれば、シモンはまだ眠いのかとろんとした瞳のまま、ふにゃりとした笑みを浮かべる。こんなに邪気のない可愛らしい笑顔を見せてくれたのは子供の頃以来ではないかしらと、少しだけ驚いてしまう。


 最近は小言も多いし、意地悪な事もいっぱい言うけれど、小さい頃はこんな風に可愛い顔で私の後をいつもついてきたものだ。それを思い出して懐かしく思っていれば、彼の左手がそっと私の頬へと伸ばされる。


「やっぱり可愛いなぁ。夢の中なら僕の傍にいてくれるのに……」

「かっ、可愛い……!?どうしちゃったのよ、そんな事今まで言ったことないじゃない!?それにこれは現実よ!」


 どうやら寝呆けているらしい彼の目を覚まさせようと、頬をぎゅうぎゅうとつねってあげれば、ややあって彼はぽかんとした様子で目をぱちぱちと瞬かせる。


「あれ?ポーラ……?本物?」

「本物に決まっているでしょう。目は覚めた?目が覚めたのなら手を離してちょうだい」

「あぁ……悪い。どうやら夢と現実が混ざったみたいだ」


 シモンは繋がれていた手を離すと、ばつが悪そうに視線を逸らした。その頬はほんのりと赤く染まっていたから、きっと寝呆けていたのが恥ずかしかったのだろう。


「言っておくけど、最初に掴んできたのは君の方なんだからね。僕は酔い潰れた君を寝かして離れようとしたっていうのに、君が物凄い力で僕を掴んで離さないから、ここで寝るしかなかったんだよ」

「私が?そんな訳ないでしょう。そもそも私は酔っ払ってなんていないわよ」


 私はアルコールは得意ではないから、基本的に飲まないのだ。そんな事はシモンだって知っている事だというのに、いくら寝呆けたのが恥ずかしかったからといってそんな風に私に責任転嫁するだなんて思わなかった。


 そんな思いでじとりとした目をシモンに向ければ、彼は呆れた表情で私を見ると、大きな溜息を漏らした。


「じゃあ君は、昨夜の事はどれだけ覚えてるの?僕が来たのは勿論覚えてるよね?」

「えぇ?シモンが……?うぅん……?昨日は本当にいろいろとあったのよ」

「君が叔父上の騎士達をたらし込んで崇拝された話なら、昨夜マドレーヌさんに聞いたから知ってるよ」

「たらし込んでないわよ!本当に酷い誤解だわ……」


 私の知らない所でマドレーヌから話を聞いている事も驚きだけれど、おかしな事実が広まってしまっている事態に余計に頭が痛くなる。


「そうだわ、私頭が痛くてお薬を飲もうと思っていたのよ。こんなに痛いのは初めてだわ……」

「それこそ二日酔いの典型的な症状でしょ。昨夜僕が着いたら、君は既に酔った状態だったからね。というかポーラ、今後僕以外の前でアルコール飲むのは絶対に禁止だから」

「そんな事、言われなくても飲まないわよ。というより、この頭痛は二日酔いだったのね……こんなに痛くなるのにアルコールなんてもう頼まれたって嫌だわ」


 謎の頭痛の原因が解ったのはいいけれど、本当にアルコールを飲んだ記憶が全くないのは問題だろう。記憶が無い間に私が何かしでかしたのではないかと不安だし、そのせいで今だってシモンと同じ部屋で寝ていたのだから。


 それにしても私は頭が痛くてこんなにも眉を顰めているというのに、シモンは何故か満面の笑顔なのが酷い話だ。私が苦しんでいるのがそんなに楽しいのだろうかと、ムッとして睨みつければ、彼はふっと可笑しそうに瞳を細めた。


「何その顔。変な顔してないで、さっさと薬を飲んだらどう?」

「変な顔で悪かったわね!私のこと可愛いなんて言ったのは幻だったんだわ!シモンの馬鹿っ!」


 頬を膨らませながら、ふいと視線を逸らした私は、頭痛に効くお薬を飲もうとベッドから這い出るのだけれど、床に足をつけた所で私の腕はぎゅっと掴まれてしまった。


「っ……!待って!」

「きゃあ!?」


 それが思っていたよりも力が強かったものだから、私はバランスを崩してそのまま倒れ込んでしまう。床に打ち付けられる事を覚悟してぎゅうっと目を瞑ったものの、訪れたのは硬い床の感触ではなくて、温かくて優しい温もりだった。


「可愛いって言ったの……?僕が?君に……?」


 囁くような声が耳元で聞こえる。私の体はがっちりとシモンに抱え込まれていて、彼の口元が丁度私の耳元にあるからだ。息がかかるのが慣れなくて、なんだかこそばゆい。


 私が嬉しくて抱きついたりする事はよくあったけれど、シモンに抱き締められるのは初めてかもしれないわとぼんやりと考えながら、彼の声も手も震えている事に気付いて私は内心小首を傾げる。どうも様子がおかしい。


「えぇ、そうよ……?さっき寝呆けて私に言ったじゃないの。覚えていないの?」

「っ……!?他には……他には何か口走ってなかった!?」

「えぇ?あぁ、そうね。夢の中なら傍にいてくれるのに、だったかしら?夢の中じゃなくても、私はずっとあなたの傍にいたじゃないの」


 おかしなシモンね、そう言うつもりだったというのに、ばっと体を離したシモンの顔は今まで見た事がないくらい真っ赤になってしまっていて、私はぽかんと呆けたように目を丸くしてしまう。


 こんなに照れたシモンを見るのは、もしかしたら初めてかもしれない。


「違っ……これは違うから!いや、違わないんだけど!」

「……?どうしたの、シモン。大丈夫?」

「っ……!大丈夫じゃない!大丈夫じゃないよ……僕は、君が叔父上にプロポーズされてから、少しも大丈夫じゃない……」


 そう言うシモンの表情は、泣いてしまいそうな程にくしゃくしゃに歪んでいた。


 シモンが小さい頃は引っ込み思案で、私が悪戯をすればよく泣いてしまうような子だった。でもそのうちに笑顔が増えて、泣く事はなかったから、こんな辛そうな顔は見た事がなくて胸が締め付けられるみたいに痛む。


 その綺麗な瞳から、ぽたりぽたりと雫が溢れ落ちた瞬間、私はぎゅうっと彼の顔を抱き締める格好で自分の肩に押しつけていた。


「もしかして、私ってばシモンに物凄く心配を掛けていた……?それはそうよね、アルテュール様に媚薬を盛った事を知っているのはシモンだけだもの。こんな事になって驚いたわよね……」


 ぽんぽんと背中を軽く叩きながら宥めていれば、彼は私の肩に顔を埋めたまま、ふるふると首を横に振った。


「君が……叔父上を好きな事は知っていたし、僕の事をただの友達としか思っていない事も解ってる。解ってるけど――」


 顔をあげたシモンは私の両肩を掴むと、じっと真っ直ぐに私の瞳を見据える。涙の痕が残るその顔は、これまでにないくらい真剣なものだった。


「……ポーラ、僕はもうずっと君を友達とは思ってなかったよ」

「えっ……」


 友達だと、親友だと思っていた私は、その言葉が胸に突き刺さったみたいにじくじくと痛む。思わず顔が歪む私を見て、彼はくしゃりと優しく微笑んだ。


「出会った時から、君は僕の一番大切な存在で、大好きな女の子だから。君が誰を好きでも、いつだって一番傍に居たのは僕だった。いつか振り向いてくれたらとは思ってたけど、結局僕は君の幸せが一番だから。叔父上が君を幸せにしてくれるんだったら、この想いはずっと隠しておこうかとさえ思っていたんだ。でも、君は叔父上から逃げ出した――」


 そっと伸ばされた手は、彼から貰った指輪をはめた私の手を絡めとり、その指輪に優しい口付けが落とされる。


 こんなに切実で、苦しいくらいのシモンの想いを、私は知らない。


「修道院になんて絶対に行かせない。叔父上と結婚しないのなら、僕と結婚して。君が叔父上を好きなままでも、僕を友達以上に思えなくても構わない。それでも僕は、君を悲しませたりはしないから」


 あぁきっと、これを受け入れても、断っても、もう二度と以前と同じ関係には戻れない。たぶんそれはシモンも痛い程に解っているのだろう。だからこそ、私に触れる彼の手は、こんなにも震えているのだろうから。


 シモンの事は私だって好きだ。でもそれは、アルテュール様に対するものとは違う好きなのだ。今はまだ、シモンを友達以上に想えるだなんて、想像もつかない。


 そんな私でも構わないと言ってくれる人なんて、きっとシモン以外にはいないだろう事も解っている。解ってはいるけれど――


 言葉が出てこなくて、しんとした静寂が訪れる中、急に外がざわりと騒がしくなる。それに気を取られている場合ではないと目の前のシモンに意識を集中しようとした所で、聞こえてきたのはとても聞き慣れた声だった。


「ポーラ!お願いだ……俺の顔など見たくもないだろうが、少しだけでもいい、顔を見せてくれ……!」


 それは私が聞き間違える筈もない、アルテュール様の声だったのだ。






読んでくださってありがとうございます!


作者のやる気に繋がりますので、面白かったと思って頂けたら下にある☆を押して評価やブクマを宜しくお願いします!

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