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18 心地良い時間

「戻ってきた!全員生きてる!生きて戻ってきたぞ!」


 空は夜の帳が降り始め、昼と夜との境目が曖昧になってくる頃。門の上で見張りをしていた騎士の声に、待機していた人々からは大きな歓声があがった。


 ややあって、大きな門の斜め下に備え付けられた小さな扉が開き、騎士に支えられた冒険者が5人と、偵察に出ていた騎士数人、助けを求めていた男の全員が無事に戻ってきたのだ。


 冒険者達は全員気を失っているみたいだけれど、血の滲んだぼろぼろの服の下にあったであろう怪我は、全て治っているように見える。どうやら私の作った傷薬は上手く効いてくれたみたいだ。


 ただ傷は治せても、既に流れた血を元に戻す事はできないものだから、それで彼らは気を失ったままなのだろう。


 どうにか助けが間に合った事に、私はホッと胸を撫で下ろすと、今度は騎士達の様子に目を配る。彼らは皆一様に疲れきった様子ではあるものの、大きな怪我もないみたいで一安心だ。


「騎士の皆さん、ありがとう。一人も欠けずに戻ってきてくれて本当に嬉しいわ!怪我をした冒険者の皆さんは街の人達が請け負ってくれるそうだから、後は彼らにお任せしてちょうだい」


 笑顔で労いの言葉をかければ、騎士達はなんだか感極まった様子で泣き出してしまうのだから、私は驚いて目を丸くしてしまう。騎士という人達はこんなにも涙腺が緩いものだったかしらと思わずにはいられない。


「ポーラ妃殿下ぁぁ……!なんなんですか、あの薬は!めちゃくちゃよく効くから腰を抜かしましたよ!」

「王都の騎士団にも、これ程の効果がある薬はありません!妃殿下のお陰で、オレ達は生きてるようなものです!」

「薬だけでもありがたいのに、こんな風に出迎えてくださるだなんて、あの団長が惚れ込まれるのも納得です!」

「俺、団長の仰る事は惚れた欲目の妄想かとほんの少しだけ思ってたんですが、妃殿下はまさに天から舞い降りた女神様に相違ありません!」


 次から次へと繰り出される過分な言葉の数々に、騎士達だけでなく街の人達まで同意するかのように頷くのがなんとも気恥ずかしくて、私の顔はみるみるうちに赤く染まる。


 これは新手の拷問なのだろうか。どうにもむず痒くて、変な汗が噴き出てしまう。


「お願いだからそのくらいにしてちょうだい……!私はそこまで大した事はしていないし、命をかけたのはあなた達じゃないの。ただ待っていただけの私よりも、褒め称えられるべきなのはあなた達だわ。私はあなた達が大公家の騎士である事を誇りに思っているのだもの」


 そう、私はただ元々作ってあったお薬を提供しただけなのだ。その後は彼らの無事を祈っていただけで、本当に頑張っていたのは彼らなのだから。


 だというのに、彼らは余計に泣き出すのだからこれはもう何も言わない方が良かったのではないだろうか。


 殊勝な顔になる私に対して、マドレーヌがやれやれといった様子で溜息を漏らした。


「ポーラ、あんたのそれはもう才能だよ。こんなにたくさんたらし込んで、大公殿下が妬いちまうだろうにねぇ……」

「本当に人聞きが悪いわ!それにアルテュール様は妬いたりなんてなさらないわよ」


 思い浮かぶのはアルテュール様の蕩けるような笑顔だ。婚約してからの彼はいつだって優しくて、甘い。以前の様な厳しさは時折顔を覗かせてはいたけれど、私の事で妬いたりはされない筈だ。


 そう思うものの、マドレーヌは先程よりも重い溜息を漏らしてしまう。


「騎士様達の話ぶりじゃあ、相当ポーラに入れ込んでるってのに当の本人がこれだからねぇ。なんだか大公殿下が可哀想に思えちまうよ。あんたが逃げてきたのも、原因は何か勝手な思い込みだったり、勘違いだったりしないのかい?」

「そうね……そうだったらどれだけ良いかしら」


 マドレーヌは私がアルテュール様に媚薬を盛った事を知らない。それは変わらない、確かな事実なのだから。


「……ポーラ妃殿下、団長は顔に表情が出難い方ですから、怒っているんじゃないかと誤解されやすいのです。でも、妃殿下の捜索を命じられた時の団長は、誰が見ても明らかなくらい憔悴されていました。どうか今一度だけでも、団長とお話しください……!」

「僭越ながら、妃殿下の事を報告させて頂きました。団長は明朝にもこちらに着かれる予定です。オレ達は妃殿下なら、団長を誰よりもお支えできる御方だと確信しています……!」

「どうかお願い致します……!!」


 深々と一様に頭を下げる騎士達の姿からは、本当に切実な思いが伝わってくる。ここまでされてしまっては、とても逃げ出せる雰囲気ではない。


 私は溜息を一つ漏らすと、彼らを見渡した。


「……アルテュール様とお話ししてみるわ。でも、話し合った上で、どういう結論になったとしても、悪いのは全部私なのよ。だからあなた達は変わらずにアルテュール様をお支えしてあげてちょうだいね」

「っ……!勿論です!」

「ですがオレ達は、団長と妃殿下、御二人共に敬愛しております!その事だけは忘れないでください!」




 そうしてその後、気を失っている冒険者達は安静できるようにと街の人達によって彼らが泊まっていた宿屋へと運ばれた。私も確認したけれど、傷は綺麗に治っていたから、そのうちに気がつくだろう。


 彼らを襲った魔物については、偵察に出た騎士達が発見し、怪我人の捜索で出てきた騎士達と合流した後でどうにか討ち倒したそうだ。


 魔物の特徴などはアルテュール様には報告されるのだろうけれど、私達には不安を煽らないようにと詳細は伏せられた。ただかなりの強さで、私の薬がなければ死人が出ていただろうという話だ。


 だからこそ彼らはその薬を作った私に対して、これ程の恩義を感じてくれているのだろう。


 私の事を女神様だの天使様だのと崇めるような態度には慣れないけれど、その思いを無碍にする事なんてできなくて、その日街の広場で開かれた祝いの宴では、魔物を倒してもいない私がまるで主役であるかのように扱われていた。


 シモンが到着したのは、そんな時だ。


「待って、これどういう状況なの……?」

「シモン!待ってたわ、ほらほらここに座ってちょうだい!」


 護衛の騎士と思われる人が遠巻きに彼を見守る中、私は隣の席をバシバシと叩く。


 騎士達や街の人達がしきりに私に勧めてくれたフルーツたっぷりのジュースを飲んでからというもの、ふわふわと浮いているような楽しい心地だ。


 そこに幼馴染で親友のシモンが来てくれたのだから、心は浮き立つように弾む。だというのに、シモンはなんだか怪訝な顔だ。


「ちょっとー!なんでそんなむすっとした顔してるのよぉ」

「いや、君、もしかしなくてもアルコール飲んだよね?顔真っ赤じゃないか」

「アルコール?うふふ、アルコールは苦手だから飲まないの知ってるでしょー。私が飲んだのは美味しーいジュースだもの!」


 とっても楽しい気分で、にこにこと口元は勝手に緩む。だというのに何故かシモンは一つ溜息を漏らすと、自分の上着をおもむろに脱いでそれを私の頭からすっぽりと被せてしまったのだ。


 視界が急に暗くなったのと、突然のシモンの行動が可笑しくて、つい笑みが溢れた。


「もぅ、シモンってば私と上着掛けを間違えたのね?うふふ、なんと私はあなたの親友のポーラなのよ!本当におっちょこちょいね!」

「あぁもう、完全に酔っ払いだよ。おっちょこちょいなのは僕じゃなくて君の方でしょ」


 はぁぁと彼が重苦しい溜息を漏らしたかと思えば、気付いた時には私の体はふわりと持ち上げられていた。気持ちも体もふわふわだ。


「あらあら?私、もしかして空に浮けるようになったのかしら?」

「そうだね、ポーラはそうやって呑気に笑ってればいいよ。本当、人の気も知らないで……」


 ぎゅっと温かな感触がしたかと思えば、どこからかマドレーヌの声がするのだけれど、暗闇で何も見えない。


「ちょっと!あんた誰なんだい!?その子はあたしの娘みたいに大切な子なんだよ!」

「あぁ、もしや貴女が彼女が言っていた親切な宿の方か?私は彼女の幼馴染だ。助けを求めていた彼女のためにようやくここに来られたんだが、アルコールに弱いというのにどうやら酔う程に飲んだらしい。宿に送りたいんだが場所を教えてくれるだろうか?」


 まぁまぁ!シモンは本当に私以外には王子様をしているわ!といつも以上に可笑しくて堪らない。


「うふふ、シモンってば本当に猫被りね!猫みたいに鳴いてくれたらきっと可愛いわよ!」

「……ほら、こんな感じだ。完全に酔っ払いだろう?」

「あら、本当だね。たくさん飲んでたからいける口かと思ったけど、ジュースと間違えてたんだねぇ。それなら宿まで案内するからついておいで」

「それは助かる。ついでに私の泊まる部屋もあるだろうか?」


 2人の会話がだんだんと遠くなり、ゆらゆらと揺れる感覚がなんとも心地良い。懐かしいシモンの香りも、どこかホッと安心できるみたいだ。


 そうしていつの間にか、私は心地良い眠りに身を任せてしまっていた。






読んでくださってありがとうございます!


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