17 露見
コルシックの街には東西南北に大きな門があり、街の周囲をぐるりと頑丈な壁に囲まれているという特徴がある。
アルテュール様のお邸のあるイリスの街には、ここにあるような壁はなく開放的だ。それは殆どの街や村がそうであり、コルシックのような壁を築いている場所は、決まって魔物が棲む森が近いからなのだ。
「待て、お前達!今は門の外は危険だ。すぐに引き返せ!」
街の西、森に一番近い門に近付いた所で、門を守る騎士の一人が声を荒げる。夜空色のマントに銀色に輝く肩章は、アルテュール様が率いる大公家の騎士の証だ。
領内全ての街に大公家の騎士が配属されている訳ではないのだけれど、魔物の生息域付近や他領との境界付近には比較的多く配属されているのだという。
アルテュール様が大公になられてから正式に編成された彼らは、アルテュール様が騎士団長をされていた時からの部下という方もかなりの数がいるという話だ。元々王国を守っていた精鋭揃いなのだから、間違いなく大公家の騎士達は他領と比べても群を抜いていると言えるだろう。
「外に怪我人がいるのよ!助けに行かないといけないわ!」
「今は付近で魔物が目撃されている。我が隊の騎士達が偵察に出ているから、安全が確認されるまでは騎士以外の者を通す訳には――」
「オレの仲間がまだ外にいるんだ!頼む、行かせてくれ!」
騎士に掴みかからんばかりの勢いの男に対して、騎士の方がぎょっとした様子で目を丸くする。それは決して彼の勢いに圧されたという事ではなく、その姿がぼろぼろで、服にはあちこちに血が滲んでいた痕跡があるというのに、今は怪我一つ無いからだろう。
「お前は、先程酷い怪我で魔物の出現を報せた者じゃないか!?あれ程の怪我が何故もう治っているんだ!?」
「それはこのお嬢様のお陰だ。この御方がオレの怪我をあっという間に治してくださったんだ!」
「こちらのお嬢様が……?それは本当か?」
男の話を受けて、騎士は私の方を訝しげに覗き込む。一目で酷い状態だと解るような怪我だったのだから、あれを見ていたのなら俄には信じ難いのも当然だ。
しかも今の私の格好はケープに付いたフードを目深に被った姿だから、背の高い騎士では屈んで覗き込まなくては顔も見えない、誰の目にも明らかなお忍びスタイルだ。一見すると不審者にも見えかねない。
まさかアルテュール様が私を探しているなんて事はないだろうけれど、これまでは念の為騎士がいる場所では私の特徴的なシルバーブロンドはフードで隠してきていた。
もし万が一、正気に戻る薬を飲まれたアルテュール様が、私に媚薬を盛られていた事に気が付かれていたとしたら。私は王族に怪しい薬を盛った危険人物として、追われている可能性も考えた上での対策だ。
けれど、人の命がかかっている今、私の保身なんて考えている場合ではない。
「……その人の言う事は本当よ。私のスキルで調薬したお薬で治したの。でも、これまで重傷の方に使った事はないから、これがどれだけ効くのか解らないのよ」
ぱさりとフードを取れば、フードの中に収めていた長い髪がはらりと風にたなびく。
「危険な魔物がまだ近くにいるのなら、怪我人を早く安全な場所に移動させないといけないわ。アルテュール様の領地で、救える命を見捨てる訳にはいかないもの!」
「何故貴女がアルテュール団長を……?いや、待ってくれ……」
「天に輝く星のように煌めくシルバーブロンドに、永遠に見ていられる程に美しい夜空の色をした瞳……!もしや貴女様が団長が必死で探しておられるポーラ妃殿下でいらっしゃいますね!?」
そう言うや否や、門前に集まっていた騎士達が私の前に一斉に跪いてしまうのだから、私は飛び上がらんばかりに驚き、変な汗がぶわりと噴き出てしまう。
しかもなんだか私の特徴の表現が、妙に仰々しすぎて恥ずかしい。見ればついてきてくれた街の人達も困惑顔なものだから、余計に気恥ずかしくて顔はみるみるうちに赤く染まっていく。
「ま、待ってちょうだい!なんなのその恥ずかしい言い回しは!?それに私は別にあなた達に跪かれるような人でもないわよ!お願いだから立ってちょうだい!」
私が必死に訴えるのだけれど、彼らは跪いたまま私の事をキラキラとした眩しい瞳で見あげるばかりで、頑として立とうとはしてくれないのだからほとほと困り果ててしまう。
「いいえ、我々の敬愛する団長の妃となられる御方を前にしたら当然の事です!」
「はいっ!それに団長が仰る通りのご容姿でしたから、一目で妃殿下だと解りました!」
「えぇぇ……まさか、さっきの恥ずかしい表現はアルテュール様が仰ったというの……?おかしいわね……まだ正気に戻られていないのかしら……」
紅茶に混ぜた正気に戻す薬の効果は確かな筈だ。それなのにまだ私に対してあんな恥ずかしい表現をされるのだから、もしかして紅茶は飲まれなかったのだろうか。
考え込む私に対して、騎士達は何とも言えない悲壮な顔付きに変わっていた。
「そんな……!団長は正気も正気です!寧ろ正気だからこそ妃殿下がいなくなられて気も狂わんばかりですよ!」
「そうです!何があったのかは存じませんが、団長は本当に妃殿下の事を愛しておられます!どうか団長の元にお戻り頂けないでしょうか……!」
「あんなに悲壮感が漂う団長を、オレ達はとても見ていられません……!」
涙を浮かべながら必死に懇願する彼らに、私はもうどうしたらいいのか解らなくなってしまう。それにこんな風に騎士を跪かせて泣かせているだなんて、なんて外聞が悪い光景だろうか。
それに今はこんな事よりも、早く森に取り残されている人達を助けなくてはいけないというのに。
「ちょっと……!まるで私が悪者みたいじゃないの!そんな事より今は――」
「ポーラ!あんたのトランク持ってきたよ……って、一体なんなんだい、この騒ぎは!?あんたまさか騎士様達までたらしこんじまったのかい!?」
「マ、マドレーヌ……!違うわ、誤解なのよ……!というか私は誰もたらしこんでなんていないわよ!」
泣き縋る騎士達に囲まれた私を見て、マドレーヌがなんとも言えない表情を浮かべているのが余計に居た堪れない。なんて状況なのかしらとなんだか頭痛がしてきたけれど、私は気持ちを切り替えるようにふるふると首を横に振った。
「とにかく!この人の仲間を助けるのにあなた達も協力してちょうだい!騎士団長だったアルテュール様の下にいたのなら、あなた達みんな優秀な騎士なのでしょう!?」
「いえ、ですが妃殿下を危険な森にお連れしただなんて解れば、オレ達団長から怒られてしまいますよ!?」
「そうです!俺達が怪我人は必ず探して連れてきますから、どうか妃殿下は安全な街の中にいてください!」
口々に言い募る騎士達は、絶対に私を連れて行ってくれそうもない様子だ。これはもう、何を言っても説得は無理だろう。
私は溜息を一つ漏らすと、マドレーヌが持ってきてくれたトランクの中から傷薬の軟膏に加えて、熱冷ましに毒消しなど様々な用途の薬を取り出す。
「……解ったわ。そこまで言うのなら私はここで待っているから、必ず連れてきてちょうだいね。もちろん、あなた達も怪我しない事が大前提なのだから無理をしたら絶対に駄目よ」
「我々の事までお気遣いくださるだなんて、妃殿下は団長が仰る通り女神様のような御方ですね!」
「めっ……!?あぁ、もう深くは聞かないわ。私の作ったお薬を渡すから、役立ててちょうだい」
騎士達にそれぞれ効能を説明しながら薬を手渡し、助けを求めてきた男だけは共に連れていってほしい事を頼めば、彼らは何度も頷きながら門の外へと向かっていった。
「皆が戻ってくるまで、妃殿下はこちらで待たれるのですよね?門の上に見張り用の部屋がございますから、そちらで待たれますか?」
「そうね……見張り用という事は門の外も見えるのよね?それなら戻ってくるのもすぐに見えるし、待たせてもらおうかしら」
門を守る為に残された2人の騎士は、私を案内しようとしてくれるのだけれど、その前に説明しなくてはならない人達がいる。
振り返れば、マドレーヌも集まってくれた街の人達も、私に対してどう言葉をかければいいのか解らないといった表情だ。私がただの貴族の娘だった先程までの気安さは消え、一線引かれてしまったような壁を感じて少し落ち込んでしまう。
「マドレーヌも、皆さんも驚かせてしまったわね。ごめんなさい、隠していた訳ではないのよ」
そう言いながら苦笑を漏らせば、マドレーヌがおずおずと前に進み出る。
「あんたが訳ありで、誰かから逃げてきたってのは聞いてたけど、それがまさか新しい領主様――大公殿下だったなんて思いもしなかったよ」
「そうよね、私が一番信じられていないのだもの。マドレーヌがそう思うのも無理はないわ。アルテュール様は私には勿体ない御方だもの」
騎士達の話では、アルテュール様は今も私を婚約者として探し回られているみたいだ。危険人物として追われてはいない事に安心はしたけれど、今更どんな顔をしてアルテュール様にお会いすればいいのかも解らない。
アルテュール様に釣り合うような人であるとは、私自身が全く思えていないのだから。
そう思っていたというのに、マドレーヌ達は怪訝な表情だ。
「何言ってるんだい。そりゃ大公殿下は戦争の英雄で王国の守護神みたいな御方だけどさ、今ここで見ず知らずの人を助けようとしてくれてるのはポーラ、あんたじゃないか」
「そうだそうだ!お嬢さんが気付かせてくれなかったら、オレ達は怪我人を見捨てるクズ野郎になっちまうとこだった!」
「進んで助けようとするお嬢さんの姿に、あたし達みんな心動かされたんだよ。そんな人が釣り合わない訳ないよ!」
口々に声をあげる彼女達の言葉に、私の中で燻っていた自信のなさや弱さがすぅっと消えていくような、そんな温かな感覚に胸がじわりと熱くなる。
なんだか私の方こそ救われたような感覚だ。
「あたし達もまだ何か手伝える事があるかもしれないから、ここに残ってるよ。とりあえず騎士様達が無事に戻るように祈るしかないかね」
「そうね……!これだけの人が無事を祈っているのだもの!絶対に大丈夫よ!」
見上げた空はまだ明るい。どうか日が暮れる前には、彼らが無事に戻ってきますように。
私達はただそれだけを祈っていた。
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