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1 望まない縁談と媚薬

「ポーラ、お前に素晴らしい縁談がきているよ」


 夕食の席で思いもかけず放たれたお父様の言葉に、私は思わず握っていたナイフとフォークを取り落としてしまった。


 カシャンと音を立てて床へと転がっていったそれらを、専属侍女のアンナが拾ってくれているのが視界の端に映るけれど、私は穴が開かんばかりに目を見開いてお父様を見詰める事しか出来なかった。


「あらあら、ポーラは本当にそそっかしいわね。こんな調子でお相手にご迷惑をお掛けしてしまわないかしら?」

「母上、あの御方はこういうポーラを望んでいるのですから心配いりませんよ」


 溜息を漏らすお母様も、お兄様も、これではまるで私がその方に嫁ぐ事が既に決まってしまっているみたいではないか。


「わ、私はまだ結婚だなんて……!それに今まで縁談なんて、全く来なかったのにどうして……」

「実はお前に話していなかっただけで、その御方からはもう何年も前からお前が成人したら結婚の申込をさせてほしいと打診がきていてね。それで、晴れてお前が成人したその朝には正式な申込があったのだよ」


 そんな話は初耳で、私は動揺して口をぱくぱくとさせるばかりだ。シモンとの事があるから、てっきりどなたも結婚の申込なんてしてこないと思っていたというのに、こんな事は予想外すぎる。


「もともとお断りする理由もない程立派な御方だったけれど、お前が成人するまで律儀に待たれるその姿勢に私も感銘を受けたのだよ。お父様はお母様を誰にもとられたくなくて、成人よりもだいぶ前に婚約の申込をしていたからね。本当に素晴らしい忍耐力と誠実さだよ」

「あら、わたくしは貴方がすぐに婚約をしたいと言ってくださったのは嬉しかったわよ?」

「エステル……」


 結婚してもう何年も経つというのに、いつも仲の良いお父様とお母様は手を握り合いうっとりと見詰めあっているけれど、私は全くもってそれどころではない。


 お父様がこれだけ褒めるのだから素晴らしい方には違いないだろうけれど、私にとっては寝耳に水の話だ。相手は私を好いてくれているのかもしれないけれど、私の気持ちはお構いなしなのだからなんとも自分勝手としか思えない。


 それに基本的に貴族の結婚は政略結婚だ。公爵家に釣り合う家格ともなれば、同じ公爵家か、侯爵家辺りが妥当だろう。ぐるぐると頭の中で条件に合いそうな子息達の顔を思い出そうとしてみるけれど、私に好意を持っていそうな方が全く予想出来ない。


「しかし羨ましいな……オレが女だったら、あの御方と結婚できるだなんて身に余る光栄すぎるぞ」

「それならお兄様が結婚なさればよろしいのに」


 どこか恍惚とした様子のお兄様に、私は大きな溜息を漏らす。これはもう、私の意思は関係なく既に決まってしまっている事なのだ。


「……食欲が無くなったので、私は部屋に戻りますね」

「おい、ポーラ!釣書を見なくていいのか!?」

「どうせもう結婚は決まっているのでしょう?それなら今見ても、祭壇の前で見てもおんなじだわ」


 私は力無く立ち上がると、お相手の肖像と求婚状が書かれているであろう釣書を差し出してくるお兄様を見る気力も無く、ふらふらとした足取りでその場を後にする。


「お嬢様、本当にお相手を確認しなくてよろしいのですか?」

「そうね……どなたでもおんなじだもの……」


 アルテュール殿下以外の方は、誰だろうと変わりないのだから。


 心配してついてきてくれたアンナには悪いけれど、彼女には一人にしてほしいと告げて私は一人自室のベッドに倒れ込む。


 アルテュール殿下がセレスト王女殿下と婚約されたという話がまだ聞こえてこない事に少しホッとしていたというのに、まさか私自身に縁談が持ち上がるだなんて思いもしなかった。


 家の為の結婚は貴族の義務だ。公爵家という家に生まれた以上、いつかはやってくるものだと解ってはいたけれど、心の準備は全く出来ていなかった事を思い知らされる。


 私の心の大部分は、アルテュール殿下で占められていたから。


「せめて……叶わない想いだと解っているけれど、アルテュール殿下にお伝えしないと気持ちの整理なんてつかないわよ……」


 私はまだ一度もアルテュール殿下に好きだとお伝えしていない。彼に眉間の皺を寄せさせてしまう様な存在だから、きっと嫌な顔をされてしまうだろうけれど、それでもこの想いを言葉にしなかったら、私は嫁いだ後も想いを断ち切れそうもないから。


「でも玉砕するって解っているのに告白するのもつらすぎるわ……!」


 考えても見てほしい。アルテュール殿下の様な精悍な御顔立ちの方が真顔でいられると、ただでさえ迫力がおありだというのに、その上嫌いな私から告白されたところで、だ。


『ポーラ嬢、君みたいな子供が何の冗談だ?それに俺には既に心に決めたセレスト王女がいる。彼女を不安にさせる様な言動は控えてくれ』


 きっとこんな事を言われるに決まっているのだ。


「うぅ……想像しただけでつらいわ……嫌な顔をされるのはもう慣れたけれど、せめて最後くらいは笑顔を見せてくださったらその思い出だけで生きていけるのに……」


 枕を抱え込み、ベッドの上をごろごろと転がってみては大きな溜息を漏らす。


 本当は一度だけ彼の笑顔を見た事がある。随分昔の記憶だから美化されている気もするけれど、あの笑顔を見た瞬間、私は彼の事が大好きになったのだから忘れたくても忘れられないのだ。


 あの笑顔をもう一度見たい。あわよくば私を好きになってくださって、キスまでしてくださったら天にも昇る心地だろう。


「そんなの、奇跡でも起きない限り無理な話よね……」


 彼の気持ちを変えてしまうような、そんな奇跡だなんて起きる筈も――


「待って……奇跡は起こすものなんじゃない!?」


 私はがばりと勢いよく体を起こすと、部屋の一角にある書き物机へと向かう。机の周りにある棚には乾燥させた薬草類が保管してあり、いつもここで調薬をしているのだ。


 この国では10歳になると、神殿でオレオル神からスキルと呼ばれる奇跡の力を一つ授かる儀式がある。そこで私が授かったスキルは『調薬』だった。


 もともとそそっかしくて転んで怪我をする事が多いものだから、薬草を使って傷薬を作る事はよくしていたのだけれど、スキルのお陰でより効能の高い配合比率が感覚的に解るようになったのだ。実際作った傷薬は、少し塗っただけであっという間に治ってしまうような代物だからいつも重宝している。


 そしてこのスキルの凄い所は、作ったことの無い薬でも、その薬がもたらす効果を頭の中で思い浮かべるだけで自然と必要な素材と作り方が解る所にある。


「アルテュール殿下のあの涼しい御顔を崩して、笑顔がみられる……そんな心が開放的になるような……そう、言うなら媚薬みたいなものを作ればいいのよ!」


 どうやってそれを彼に飲ませるのかという問題はあるけれど、そんな事は媚薬が出来たら考えればいい事だ。


「リンゴにザクロ……イラクサと甘草は乾燥させたものがあったわね。後は蜂蜜に、カカオとバニラを少々……」


 乾燥している素材はすり鉢で細かくなるまですり潰し、粉状になったそれを聖水に落とし込んだ所でとろりとした蜂蜜を加えてじっくりと混ぜ合わせる。


「うーん……甘草がやっぱり独特な香りだけれど、どうにか他の素材が打ち消してくれたわね」


 暫く混ぜた所で香りを確認すれば、まだ少し甘草が臭う気もするけれど、これくらいなら問題はなさそうだ。本当は無味無臭というのが好ましいけれど、完全に臭いを消す事は難しいからこのくらいが妥協点だろう。


 出来上がったそれを小さなガラス瓶へと注げば、特製の媚薬の完成だ。


「我ながら完璧な仕上がりだわ!ふふふ……アルテュール殿下、絶対に笑わせてみせるわよ!」


 これを飲ませてアルテュール殿下を笑顔にしたところで、ずっと好きだったと告白する。そしてそれを一生の想い出にするのだ。


 肝心の媚薬を飲ませる方法を棚上げにしたまま、私は完璧な未来を思い描きながらこの日はご機嫌に眠りにつくのだった。






読んでくださってありがとうございます!


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