11 植物のための薬
私とアルテュール様、ネルが応接間に遅ればせながら着いた時には、テーブルには既にアンナが用意してくれた道具に加えて、薬草や食材など様々な素材が並べられていた。
「何が必要になるのか解りませんでしたから、レーニエさんといろいろな物を集めてみました。如何でしょうか?」
「こんなにたくさん助かるわ……!二人共ありがとう!」
アンナもレーニエもなんて優秀なのかしらと感動しつつ、私はそっとドレスの裾を腕捲りする。
「長くなるかもしれないから、皆座ってちょうだい。まずはネルから害虫についての話を聞きたいわ」
私に促されて、テーブルを挟んで向かい合わせにあるソファにそれぞれが腰を下ろす。予想通り、私の左隣にはアルテュール様が座られた。
私達の向かいには左からネル、レーニエ、アンナの順番で座っているけれど、なんだかレーニエとアンナの距離が妙に近い気もする。
アンナが嫌がっていないようだから大目には見るものの、先程の薔薇といいどうにもレーニエは油断ならない気がする。私のアンナがとられてしまわないか少し心配だ。
ついレーニエをじとりとした目で見てしまうけれど、気を取り直して咳払いを一つする。
「……それで害虫が果物に与える影響なのだけれど、詳しく教えてもらえるかしら?」
「はい!もちろんです!」
ネルの話によれば、害虫は何種類もいて、目に見えないくらい小さなものも多いらしい。それぞれが植物にどういう影響を与えているのかはよく解っていないものの、植物によく現れる症状についてはいくつか決まったものがあるのだという。
「先程見て頂いたように、葉の脈が黒くなってしまうものの他には、葉や幹、枝が全体的に煤けたようになってしまう症状もあります。そうなってしまうと植物はうまく呼吸ができなくて、どんどん弱って枯れてしまうのです」
「そうなのね……本当に人とおんなじだわ……」
人も呼吸する事で生きていけるのだから、植物だって呼吸ができなければ元気を失い、枯れてしまうのは当然の事だ。
「他には新芽をやられてしまって、花は咲いても実が成らないという事もあります。植えたばかりの新しい木では、根を食べられてしまって育たなかったという事もありますね」
「成程……本当に様々な箇所に発生する可能性があるという事か」
「はい。ですからそれら全てを限られた人手で防ぐ事は難しいのです。害虫が大量発生してしまった時には、収穫量が大幅に落ち込んでしまう事も稀ではありません」
聞けば聞くほど、美味しい果実になるまでには多くの問題があり、収穫できるだけでもとても凄い事なのではないだろうか。
「うーん……害虫の種類がいろいろあるのだから、全般的に効果がないといけないわね。逆に薬のせいで植物に悪影響があっても意味がなくなってしまうわ……」
それにできる事なら、植物がちょっとでも元気になるような効果があればいい。
そういった作りたい薬の効果を思い浮かべていけば、なんとなく効果がありそうなものが解ってきた気がする。
「うん!なんとなくできそうだわ!」
「え、もしや妃殿下はもう使えそうなものがお解りになったのでしょうか?」
驚いた表情を浮かべているレーニエに、私は何と説明したものか考えあぐねる。私のスキルは感覚的な所も大きくて、なんとなく必要な素材や量のイメージが思い浮かぶというものだ。特に分量はだいたいこれくらいかなという大まかな感覚だ。だからそれを正確に他の人に伝える事は少し難しいかもしれない。
「例えば、こういう効果の薬が作りたい!と思うでしょう?そうするとなんとなく頭の中に必要なものが思い浮かぶ感じなのよね」
「ふふ、お嬢様は昔から直感的ですものね」
「うっ……考えなしで悪かったわね」
私の幼い頃から侍女を務めてくれているアンナには、全てお見通しなのが痛いところだ。そんな私達とは裏腹に、アルテュール様とレーニエはまた難しい顔になってしまっている。
「あの、どうかされましたか……?」
「ポーラ、君はスキルというものがどういうものだと理解しているだろうか?」
「え?それは全知全能の神、オレオル様から授かる、奇跡みたいな不思議な力ですよね?誰もがそれぞれ必ず1つ授かっていますもの」
スキルは10歳の時に行われる儀式までは、何を授かるのかは解らないけれど、だいたいの人はそれぞれ自分が得意なものや、好きなもの、潜在的に優れているものが引き出されるスキルを授かる事が多いという。
皆それぞれ自分のスキルを公表する訳でもないのだから、世の中には数多のスキルがあると言われているけれど、よく解っていない未知のスキルもたくさんあるらしい。
「全てのスキルで検証された訳ではないが、実は同じスキルでも発揮できる力に個人差があるという事は解っている。君の持つ『調薬』スキルというものは、薬学研究所に同じスキルを持つ者が何名かいるものだから、比較的研究が進んでいるスキルだと言えるな」
「まぁ!そうだったのですね!」
やはり王立薬学研究所ともなれば、優秀な方ばかりだろうから、きっと私よりももっと正確にスキルを使いこなされているのだろう。もしかしたらあのバジル様も同じスキルなのかもしれない。
私はただ感心するばかりだったのだけれど、それにしてはアルテュール様の表情が深刻そうだ。
「俺は王弟として、それらの研究に目を通す機会があるし、薬学研究所にも何度も訪れているんだが、ポーラの力は恐らく研究員の彼らよりも優れているように見えるのだ」
「………………え?」
思ってもみない言葉に、私は目をぱちぱちと瞬かせてしまう。
王立の研究機関に勤めている方々よりも、独学の趣味で薬作りをしている私の方が凄い力があるだなんて、そんな事が本当にあるのだろうかと俄には信じ難い。
戸惑う私の手を、アルテュール様はそっと優しく握られた。
「俺が見てきた者達は、既存の薬の効果を少し高めたり、何も使わずとも正確な量を調合できたりする者は多かったが、ポーラのように思い浮かべるだけで新しい薬をイメージできる力も、あの軟膏のように即効性のある薬を作る事ができる者もいなかった」
「そ……れは……全然知りませんでした……」
同じスキルでそんなに差があるものだとも思ってもみなかったし、これが普通だと思っていたものだから戸惑いの方が大きい。けれどそれよりも気になるのは、同じスキルを持った研究員の方々の事だ。
「あの、もしまたアルテュール様が薬学研究所に行かれる事があれば、私も一緒に行っても構いませんか?同じスキルの方とお話もしてみたいですし」
「それは構わないが、この話をすれば向こうからこちらに出向きたいと言ってきそうな気もするな。また調整しよう」
なんだかアルテュール様は複雑そうな御顔をされてはいるのが気にはなるものの、薬学研究所にはもともと興味があったから楽しみだという気持ちの方が勝ってしまう。
「まぁ私のスキルの事は今考えても仕方のない事ですし、今は害虫対策のお薬の試作を致しましょう!すり潰すのは皆にもお願いするわね」
そうして私達は顔を見合わせると、こくりと頷き合う。何種類か作ってみれば、きっとどれかは有効なものが見つかるだろう。
「とりあえず、食材で使えそうなのはこのニンニクとトウガラシね。ニンニクはほぐしてすり潰す必要があるわ」
「それなら力仕事だな。俺とレーニエがやろう」
「お願いします!あとはトウガラシだけれど、全部ヘタを取って種を出してもらえる?」
「お任せください、お嬢様!」
「僕も頑張ります!」
ニンニクはアルテュール様とレーニエ、トウガラシはアンナとネルにお任せして、私は他に必要なビネガーや聖水、アルコールなどを用意していく。
「アセビも使えそうだけれど……あれは珍しいから大量に作るには向かないわね」
アセビは東方にのみ咲く珍しい花だ。鈴のような形の可愛らしい小さな白い花をたくさんつけるのだけれど、実はこの花、植物全体に毒性があるのだ。
けれど毒は適量なら薬になるというのはよくある話で、この葉を煎じて抽出した液体は虫も寄り付かない筈だ。
ただ、入手するには輸入するしか手段がないし、高額な物だからネル達に作ってもらうには向かないだろう。これはまた今度、個人的に作って確認してみようと心に留める。
「ポーラ、ニンニクはこれくらい潰せばいいだろうか?」
そんな事を考えているうちに、あっという間にアルテュール様はたくさんのニンニクをすり潰してくださったみたいだ。さすが力自慢の元騎士団長様だわと、つい緩みそうになる口元を引き締めながら確認すれば、ニンニクは原型が全く解らないくらい綺麗にすり潰されていた。
「わぁ!アルテュール様、流石です!私だと力が足りなくてこんなに早く綺麗にすり潰せないので、とても助かります!」
「そう言って貰えると嬉しいよ。俺は役に立つだろう?」
にこにこと嬉しそうなアルテュール様は、なんだか得意げで少し可愛らしくも思えてしまい、ついよしよしと頭を撫でてしまう。彼は一瞬驚いているようだったけれど、すぐにその瞳は蕩けるような気持ち良さそうなものに変わっていった。
アルテュール様の髪の触り心地が良くて、つい夢中になってしまっていれば、なんだか妙な視線を感じてハッとする。見れば向かいに座っている3人共、とても生温かい目でこちらを見ているものだから、急に恥ずかしくなってしまい、私はおずおずと手を引っ込めた。
頬も自然と赤くなる中、アルテュール様はといえば、まだ物足りなそうに私をじっと見詰めている。
「もう少し撫でても構わないというのに」
「い、いえ!つい我を忘れて申し訳ありません……」
気持ちを切り替えるようにこほんと一つ咳払いをすると、アルテュール様がすり潰してくださったニンニクをビネガーの中へ入れていく。
「レーニエがすり潰してくれたものは、アルコールの方に入れましょう。これを少し置いて、漉したものを薄めれば出来上がりです」
「お嬢様、こちらのトウガラシはどうされるのですか?」
「トウガラシはこの聖水を沸騰させてから入れるわ。ニンニクは……そうね、だいたい15日くらい漬けたら使えると思うのだけれど、トウガラシは一晩置けば大丈夫な筈だから、明日試してみましょう!」
この場にあるものですぐ作れそうなものは、今はこれだけだ。まずはこれで効果を確認してみて、もし効果がなければまた別の素材で試してみるのがいいだろう。
「でも、薬というから難しいかと思いましたが、案外簡単に作れるんですね。これなら僕でも作れそうです」
「そのつもりで考えたものだから、もし上手くいったら今後はネルが作って使ってくれたら嬉しいわ」
にっこりと微笑みながらそう言えば、ネルは目を丸くした後、その瞳からはぽろぽろと涙が溢れてしまうのだから私は驚いて目を見開く。
「どうしたの、ネル!?大丈夫!?」
「そこまで考えてくださっていただなんて、本当に……本当にありがとうございます!」
何度も頭を下げるネルの手に、私はそっと自分の手を重ねた。
「頭を下げるのは私の方だわ。本当に美味しい果物を作ってくれて感謝しかないもの。それに効果があったら他の農家の方にも広めてほしいのよ。このアスターの領地を支えているのは、あなた達農家の皆さんなんだもの」
「っ……!それは勿論です!微力ながら、妃殿下のお気持ちを広められるよう、全力を尽くします!」
「ふふ、無理しないで。程々でいいのよ」
涙をぐしぐしと拭いながら笑顔を見せるレーニエに釣られて、私もつい笑みが溢れる。
そうして、その場にいる誰もが期待に胸を膨らませてこの日は眠りにつき、訪れた翌日。仕込んでおいたトウガラシの聖水漬けは、驚く程に効果を発揮するのだった。
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