N&M造船所 その3
『N&M造船所』の面子は、いつものように喫茶店に集まっていた。
ただ普段と大きく違うところがある。
それは全員がホクホク顔で手に何個か荷物を持っている事であった。
それらの荷物は星野模型店のロゴとかわいらしい店長のデフォルメキャラが描かれたビニールの袋で、結構な大きさだ。
彼らはそそくさといつもの席に座ると、それぞれ飲み物を注文して袋を見てニマニマする。
そう、彼らは今まで我慢してきたものを買ったのである。
勿論、あの模型製作の依頼をこなして手に入れた金で……。
「いやぁ、まさか貰ってそのままほとんど使ってしまうとは思わなかったわ」
錦戸が楽しげに笑いつつそう言うと、前田も同意する。
「おう。こっちもほとんど使ってしまったぜ。いやはや、金は天下の回り物とはよくいったものだ」
「よく言うよ。手に取っていたのは精々30分程度だっただろうが」
そう言って突っ込んだのは西川だ。
「それはここにいる全員に言えることだから、言っちゃ駄目だろう」
前川が袋から買ったばかりのブツを取り出しつつ言う。
彼が手に持っているのは限定販売された発光ギミックのある変形ロボットの模型である。
「おいっ。ここで広げるな。狭いだろうがっ」
そう言って注意する山添だが、別に怒っているわけではなく、どうしょうもねぇなぁといった感じで言うだけだ。
彼とて本当は直ぐにでも中身を見たいと思っているのである。
「まぁまぁ、山添さんっ、ほら、前川さんの所は、お小遣い制だからああいった大型キットは中々買えないんだから良しとしてあげましょうよ」
「まぁ、確かに。前川さんの所の奥さん、気が強そうだからなぁ……」
思わず山添がそう言うと、前川が慌てて言い返す。
「何を言うんです。ちゃんと趣味の理解がある素晴らしい女性です。確かに気が強いというかお金に厳しいところもありますが、それでも中々ここまで趣味をわかってくれる人はいませんよ」
「わかった。わかった」
慌てて前田がフォローに入り、もっとも本気で怒っている訳でもない前川は、「わかればいいんです」と言って笑っている。
要は皆、ご機嫌なのである。
そんな中、マスターが注文を受けた飲み物を持ってくる。
勿論、全員オリジナルだ。
「おおっ、今日は羽振りがいいね、みんな」
そう言われて、錦戸が答える。
「ええ。この前相談した製作依頼を終わらせたんですよ」
「ほほう。それは良かったじゃないか。みんな楽しめたかい?」
その問いに、全員がそれぞれのやり方で同意の意を示す。
「ならよかった。楽しむことは大切だからね」
そう言うと「それじゃ、ゆっくりしていってね」と声を掛けて離れようとした。
しかし、少し考えこんだ後、言葉を追加する。
「なら、他に食べ物でも……」
しかし、言い終わらないうちに全員が済まなそうな声で返答する。
「「「すんません」」」」
それで察したのだろう。
苦笑しつつ、「じゃあ次の機会はよろしく」と言ってマスターはカウンターに戻っていった。
「そういや、マスターに相談したんだったな。何か頼むぐらいの余裕を残しておけばよかったな」
錦戸がそう言うものの、「いや、俺、手出しして財布の中身が……」という前川の言葉に、全員が顔を見合わせて苦笑する。
結局誰もが似た状況なのだ。
「しかし、依頼者無茶苦茶喜んでいたっていう話だったから、ほっとしたよな」
前田がそう言ってコーヒーをすする。
「ああ。やっぱり駄目ですって言われたらどうしようかと思っていたからな」
西川がそう言うと、錦戸がニタリと笑う。
「なんでも、また依頼するときは彼らだと安心できるから、またよろしくお願いしたいとまで言われたらしいぞ」
「おおおっ、名指しか……」
前川が嬉しそうにいう。
確かに皆、模型製作が好きでそこそこの腕は持っていると思う。
だが、プロではないし、名指しで制作依頼を受けた事もない。
同好会で、名指しで制作依頼を受けるほどの腕を持っているのは代表の南雲史郎を含めて数名だけだろう。
実際、南雲史郎には模型雑誌から何度か製作依頼が来ているらしい。
そんな人になりたいと思っている彼らにとって、名指しの依頼を受けるというのは大変うれしい事でもあった。
「そうだな。また来たら、受けてもいいよな」
錦戸の言葉に、全員が頷く。
だが、そんな中、何か思いついたのだろう。
山添がポツリと疑問を口にした。
「しかしさ、同型艦を十五隻も何にするんだろう……」
それは最初、皆思った疑問であった。
ただ、依頼を受けるかどうかとか、どういう風に作るかという事に思考が向いていて、無意識のうちに思わないようにしていただけなのかもしれなかった。
だが、こうして依頼が終わると、やっぱ気になってしまうのである。
「確かにな……」
前田がそう言うと、山添は頷く。
「余りにも数が多いし、製作に制限が少なすぎるしなぁ。普通はこういった製作依頼は、いろいろな制限があるし、何よりこんなに一気に作らない」
そんな山添の言葉に、西川が言う。
「ジオラマでも作るんじゃないか?」
「確かにそれも考えた」
そう言って、山添は言葉を続ける。
「だけどさ、それだったら塗装とか制作内容制限しないか?それに複数での製作OKとか言わないぞ。やっぱりどんなに似せても、作風が違ってくるからなぁ」
その言葉に四人は黙り込む。
確かに山添の言うとおりである。
ジオラマならば、作風は統一しなければ、ちんぷんかんぷんな物になりかねない。
そして、統一感のないちゃちなジオラマになってしまう恐れが高いからだ。
それに誰だって飾って楽しむのならば、それなりのディティールやリアルさは求めるだろう。
もちろん、ギャグの要素を求めるというのはあるかもしれないが、普通の人はそういった事を求めないだろう。
「うーんっ……」
五人が沈黙し考え込んでいる中、何かひらめいたのか前川が「そうかっ」と言って手を叩く。
その動作と言葉に全員の視線が西川に集まった。
「何かわかったのか?」
西川がそう聞くと、前川はニタリと笑った。
「いや、何か艦隊でも編成しょうとか思ってんじゃねぇか?」
「なんだよそれ……」
よくわからずに、誰もがそう聞き返す。
そんな問いかけに、前川は得意げに言う。
「ほれほれ、みんな小さい頃やっただろうが。ブンドドだよ」
ブンドド。
要は男なら一度はやったことのある玩具を使ってその玩具が活躍する様を想像し遊ぶ行為の事である。
どうやらその言葉に誰もが納得した様子だったが、すぐに山添が突っ込む。
「だが、製作依頼受けたの、全部輸送艦だぞ」
「「「あ……」」」
再び全員が沈黙する。
それはそうだ。
輸送艦でどうやってブンドドするのだろう。
全く想像が出来ない。
そして数分が経過しただろうか。
山添が恐る恐るといった感じで口を開く。
「もしかしたらだけどさ、どっかの国の戦力補給の為に製作依頼したんじゃないのか?」
その予想外の言葉に、誰もが驚く。
いや、戦力補給も何も、あれ、模型だろう?!
戦力にならないんじゃないのか?
思わず四人が顔を見合わせ、山添を可哀そうな人を見るような目で見る。
その視線に、皆が自分をどう思っているかわかったのだろう。
山添は慌てて言う。
「お前ら、気が狂った人を見るような冷ややかな目で見るんじゃねぇ」
そう言った後、慌ててスマホを取り出して操作すると前に出した。
「こういうのだ。こういうのだって」
そう言って見せたスマホには誰でも使っている有名なSNSのアプリが起動していた。
そしてそのアプリには知らない国の名前のアカウントが表示されている。
「なんだこれ?」
聞き返す錦戸に、山添は説明し始める。
「これはな、仮想国家を名乗っているアカウントなんだ」
「仮想国家?」
「ああ。仮想国家を名乗り、模型とかを自国戦力の一部として載せたりしているんだよ」
「へぇ。面白そうだな」
前川が興味津々でそう言うと、山添が説明を続ける。
「結構本腰でやっている奴も多くてな。自分の財布の中身をその国の財政に例えて、今月の戦力増加はとかやったり、持っている艦隊を並べて、第●艦隊が本日演習を行ったとか、他の仮想国家と紛争やら戦争をしたりとかやってるんだ」
その説明を受け、山添が言いたいことが分かったのだろう。
四人全員が納得したように頷いた。
「なるほど。それなら納得できる。恐らくだけど、潜水艦の通商破壊作戦とか経済封鎖されたりとかで急遽輸送艦が大量に必要になったから製作依頼してきたんだろうな」
西川がそう言うと前田が感心して言う。
「そうか。そう言われると確かにその通りだと思うな」
「ならさ、俺らが作った輸送船が、その国を救う手助けになったって事じゃね?」
前川が楽し気に言う。
「ああ。そうだな。そうに違いない。それにまた依頼するっていう話もあるし、俺らってもしかしてその国の国力増強と造船業の一部を手伝ってるって事じゃねぇか。なんか燃えるねぇ」
錦戸が実に愉快でたまらないといった表情を浮かべてそう言う。
誰もがノリノリである。
やはり、ノリというのは大事なのである。
しかし、彼らは知らない。
彼らの作った十五隻の輸送船は、本物の輸送船として連盟の策で窮地に陥った共和国や合衆国を手助けする戦力として活躍する事になるのを……。
そして、これ以降、彼らには同じ依頼人から似たような依頼が定期的に舞い込むようになる。
勿論、製作するのは、輸送艦だけではない。
給油艦だったり、駆逐艦だったり、いろいろだ。
そして、彼らはその都度、いろいろ想像して制作していく。
それはあくまでも自分らの勝手な想像だけのものであると信じて……。
だが、実際は違う。
その模型は別の世界で実物となってその想像に近い働きをすることになるのである。
まさに、『知らぬが花』といったところだろうか。