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異世界艦隊日誌 外伝  作者: アシッド・レイン(酸性雨)
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N&M造船所  その1

星野模型店のすぐ側にある喫茶店。

その店の窓際の席で一人の男がチラシを見て考え込んでいた。

店内に他の客はいない。

平日の午前中である。

大抵の人間は、仕事か学校か、そんなところだろうから他に客はいないのだろう。

そんな中、入り口のドアが開かれて呼び鈴がかわいらしい音を鳴らす。

ちりりん……。

そんな感じの音に、男は思考を止めると視線を入り口の方に向けた。

そして入ってきた人物を確認すると「よう」と声をかけつつ手を上げる。

入ってきた人物、男がそれに気が付いて軽く右手を上げ返す。

そしてマスターに「オリジナルね」と言って待っていた男の方に歩いていく。

「久しぶりだな」

待っていた男、錦戸東也がそう声をかけると、入ってきた男、前田稔は対面の席に座りつつ苦笑いをした。

「いやぁ、仕事が忙しくてな」

「忙しいのはいい事だ。なんせ食いっぱぐれる事はないだろうしな」

「まぁそうなんだけどよ、さすがにそろそろいいかなと思ってる。それに一段落ついたしな」

そう答えつつ出された水を一口含み、言葉を続けた。

「で、話ってなんだよ?」

「いや、忙しいなら、無理にとは言わないけどな……」

そう言いつつ、持っていたチラシを見せると、前田はそれをのぞき込むように見て内容を確認する。

そして視線をチラシから錦戸に向けた。

「おい、こりゃ、模型の制作依頼じゃねぇか」

「ああ。結構破格だし、どうかなと思ってよ」

「確かになぁ。模型は相手が用意してくれるし、エッチングを使う必要はないし、あくまでも塗装して組んでくれるだけでいいっていうので、この金額はありがたいな」

「そう思うだろう?でもなぁ……」

錦戸はそう言って言葉を濁す。

「確かに、躊躇するよな」

そう、二人が躊躇する内容。

それは、同じメーカーの同じ模型、それも輸送船を十五隻作って欲しいという事であった。

確かに金額は美味しい。

だが、ただ黙々と模型を作りたくはない。

折角作るなら、楽しく作りたい。

そんな思いがあるからだ。

それに納品期間が短いのもネックになっていた。

もっとも、そういうことを含めて依頼と割り切ればいいのだろうが、そうそう割り切れるものではない。

モデラーというものは自分だけのこだわりがある者が多いし、何よりこだわりがあるからこそ上達していく。

それに、彼ら二人が参加している模型同好会運海道のまとめている南雲索也が常々言っている。

『何か一つでもいい。こだわりを持って模型製作をしろ。それが磨かれて個性になる。俺はそう思っているんだ』

彼の作品に魅了されて同好会に入ったものは多い。

だからこそ、その言葉を信じて自分なりのこだわりを持ち続けたいと思っているのだろう。

だが、いかんせんかな、そうなってくるとかかるのが金だ。

欲しいキットや揃えたい塗料、ツール、マテリアル、言い出したらきりがない。

だからこそ、この報酬は魅力的だった。

しばらく無言で時間が過ぎる。

その間にもコーヒーが運ばれてきた。

『オリジナル』

この喫茶店のオーナーが独自にブレンドしたもので、コーヒーがあまり好きでもない人でも飲みやすい苦みの少ない、それでいてコーヒーらしい味と香りのよさに人気がある。

多分、余程のこだわりがなければ、常連ほどこの店でコーヒーを頼むのならこれを選択するだろう。

それをテーブルに置くとマスターがチラシをちらりと見る。

「ほほう。製作依頼のやつですな」

この喫茶店は、星野模型店の常連の行きつけであり、マスター自身も模型製作をしている事から、時折こうやって悩んでいるときなどに声を掛けてくれる。

「ええ。そうなんですよ。でもなぁ……」

一応、検討してみると言ってチラシをもらってきたものの、踏ん切りがつかないとマスターは判断したのだろう。

にこりと笑った。

「確か、前田さんは、戦車中心で制作されていましたよね」

「えっ、よく知ってますね」

「ええ。なんどか展示会で見させてもらいましたから。それにここでも戦車の話で盛り上がっていましたし」

そう言われて、前田は苦笑する。

そしてマスターは今度は錦戸の方に視線を向けた。

「錦戸さんは、飛行機、それも第二次世界大戦のドイツ機がメインでしたね」

そう言った後、マスターは少し考えこむような表情になった。

「でも、これって艦船模型の依頼でしょう?珍しいですね」

そう言われて二人は苦笑する。

つまり、余り艦船を作ったことがない面子なのである。

そんな面子が、艦船模型の制作依頼を前に黙って迷っているのだ。

不思議に思ったのだろう。

「まぁ、そうなんですけどね」

そう言った後、少し迷ったものの、錦戸はマスターに声を掛ける。

「マスターだったら受けますか?」

そう言われて、マスターは少し考えた後、チラシに再度目を通すと思考しつつ口を開いた。

「そうですねぇ。ネックとしては三点ですか。余り作らないジャンルの模型である事。数が多い事。それに納品期間が短い事……。そうですねぇ……」

少し間をおいて、マスターは笑顔で言葉を続けた。

「私なら、受けますかね」

その言葉に、二人は悩むような表情になる。

そんな二人の表情を見てマスターは言葉を続けた。

「ですが、どうせならもっと楽しくやりませんか?」

「楽しくですか?」

「そうそう。後何人かに声を掛けて一人当たりの作る数を減らすんです。まぁ、その分、報酬は減りますけど、そうすれば、個数の多さと納品期間の件は何とかなりますよ」

「確かに……」

「そうだな。それもありか……」

二人はマスターの提案に頷く。

「それに別にエッチングや改造や細かいところを作り込まなくても個性は出せますから、他の人とその点を比べて楽しんでみてはいかかでしょうか?」

「「えっ?!」」

驚く二人に、マスターはニタリと笑った。

「塗装ですよ」

その言葉に二人は納得する。

確かに、塗装の仕方一つで同じものでも印象はがらりと変わってしまうし、それにジャンルに特化した塗装の仕方があったりする。

もちろん、そう言った特化した塗装の方法でも他のジャンルで応用は出来る。

「それに別にこの指示された色でやって欲しいという縛りないじゃないですか。まぁ、限度はあるでしょうが、ある程度制作者に色の指定は任すって書いてあるし」

「なるほど……。確かに」

二人の迷う感情が表情から段々と消え去っていく。

「後、艦船模型をメインにやっている方を引き込んでおくと、いろいろアドバイスを受けられるんじゃありませんか?そうですねぇ……、山添さんとかいいんじゃありません?」

「ああ、山添か。あいつなら確かに……」

「そうだな。そうなると、あいつはどうだ、西川のやつ」

「おお。いいな」

二人が楽しそうに話し始めるのをニコリと見た後、マスターは「ごゆっくりと」と言ってカウンタへの方に戻る。

「マスター、ありがとう。参考になったよ」

「いえいえ。まだ何かあったら相談に乗りますよ」

「ああ、頼りにしてるよ」

そんなやり取りの後も二人は熱心に話し込み、電話をかけて参加者をリストアップしていき仲間が集まっていく。

『N&M造船所』

錦戸と前田、この二人のモデラーが中心になって鍋島貞道が星野模型店に頼み込む製作依頼をこなしていくグループは後にそう呼ばれるようになるのであった。

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