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異世界艦隊日誌 外伝  作者: アシッド・レイン(酸性雨)
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三島冬香の選択  その2

晴海(むすめ)との久方ぶりの語らいがあった翌日、三島冬香はご機嫌であった。

表面上はいつもと変わらない落ち着いた雰囲気だが、長年仕えてきたトメの目から見れば一目瞭然である。

どうやらうまくいった様子に、相変わらず変なところで不器用なんだなぁと思ってしまう。

そう言えば、奥様は……、なんて昔の事を思い出しつつトメが食器を片付けていると、それを待っていたかのように冬美はトメに声をかけた。

「晴海は?」

「お嬢様は、仕事という事でもう出かけられました」

その言葉に、少し元気なさそうな声で冬香はぼそりと言う。

「そう……」

その呟きに、トメは心の中で苦笑しつつ口を開く。

「今朝のお嬢様はすごくご機嫌でございました。恐らく昨晩の事がうれしかったご様子でしたよ」

その言葉に、冬香の落ち込んでいる雰囲気は一気に吹っ飛んでいた。

「そう。それならよかったわ」

そう言った後、言葉を続ける。

「貴方の言う通りだったわ。炬燵ってすごいわね」

そう言うと、食後のお茶を一口すすってニコリと微笑む。

その笑顔はほんの少し微笑んでいる程度であったが、トメにはその笑顔の表に出ない喜びや嬉しさを感じ取ることが出来た。

だから、ついつい手を止めてトメも微笑む。

「それはようございました。私の助言でうまくいってほっとしております」

「ええ。本当に助かったわ。本当にトメは頼りになるわ」

そう言って微笑んだ後、冬香は楽し気に昨晩の事を話し始めた。

最初はぎこちない感じだったが段々と以前のように話すことが出来た。

話の内容も、仕事の話から始まったものの、今の自分の心境や新しく長官となった人物の事や仲の良い東郷家の娘の話など、いかに昨晩色んなことを話したのか窺えるものであった。

もちろん、それだけではない。

その話の内容についての冬香の感想や経験などの話も追加され、さらに炬燵のすばらしさまで話は広がっていく。

その話をトメはニコニコと最初は聞いていたものの、その話は終わりそうな気配を見せない。

それは冬香がどれだけうれしかったかの裏返しなのだが、トメとしては付き合いたい心と使用人としての仕事を行わなければという責任感が心の中で鬩ぎあっている状況であった。

最初こそ、それに気づかずに気持ちよく話していた冬香であったが、それでも十五分もするとその心境が理解できたのだろう。

申し訳なさそうな顔になって話を打ち切ろうとする。

「本当にごめんなさい、トメ。仕事の邪魔をしているわね」

その言葉に、トメは慌てて言い返す。

「い、いえこちらこそすみません。奥様のお話は大変うれしいのですが……」

「ええ。貴方も仕事があるものね」

「はい。仕事が落ち着いたらまたお話を聞かせていただきますか?」

そう言ってトメはぺこりと頭を下げる。

「ええ。そうね。じゃあ、また後で付き合ってもらってもいいかしら?」

その言葉に、トメは微笑んだ。

「勿論でございます。私なんかでよければ」

その言葉に、冬香はクスクスと笑った。

「トメじゃなきゃこんなことは言わないわよ」

その言葉には信頼と家族的な親しみがあった。

今や夫を亡くし、両親もいない三島冬香にとって、トメは大切な家族みたいなものであった。

それをトメもわかっており、出来る限りそうありたいと思っているのだ。

「ありがとうございます」

そう言って食器を片付けるのを再開しつつトメは少し考えて言葉を続けた。

「そうですね。三時のお茶の時に少し時間が作れそうでございます」

「そう。なら、お茶の時間に私の部屋に来てちょうだい。炬燵に入ってお話ししましょう」

「わかりました。奥様」

トメはそう言うと朝食で使った食器などを台車に乗せると食堂から退室していった。

それを微笑んで見送った冬香であったが、それでも今のこのうずうずした気持ち、誰かに話したいという衝動が抑えきれないでいた。

こんな気持ちになったのは久方ぶりと言っていいだろう。

だからである。

だが、家で働く使用人は何人かいるものの、こんな話が出来るのはトメぐらいのものである。

信頼していないわけではないし、親しみもある。

だが、トメは三島冬香にとって特別すぎる存在なのであった。

でもどうしょう……。

三島本家の当主を譲ってからというもの、以前と違い時間に余裕がある身だ。

それは裏を返せば、時間を持て余しているという事でもある。

それは仕方ない事なのかもしれない。

以前があまりにも忙しすぎたのだ。

それ故に、そうなってしまうのだろう。

僅かに残った仕事は性分なのだろう。

来る度にさっさと終わらせてしまっており、最近は、読書やラジオを聞いたり、流行の映画を見に行ったりといろいろやって時間を潰している有様であった。

退屈よねぇ。

それに誰かと話したいわ。

いや、正確に言うと話を聞いて欲しいなのだが、そういう意識は本人にはないのだが。

ともかくだ、そんな事を思っていたが、何気に頭に浮かんだものがあった。

ちらりと時計を見た後、外の景色を見る。

ふむ……。今日はいそうよね。

そう判断すると奥の個室に向かうことにした。

その個室は最近廊下の奥を改築して作られた部屋で、大きさは三畳程度のものだ。

床は板張りで、小さめなテーブルと椅子が二脚置いてある。

そしてそのテーブルの上には一台の機械が置いてあった。

それは自動式卓上電話機である。

本体の外装は木製ではあったが、送話器と受話器が一体化した形であり、ダイヤルまでついている。

1950年代に普及した黒電話に近い物だろう。

もっとも、それよりもはるかに大きく、外装の材質も違ってはいたが電話なのには間違いない。

他の地区に比べ、マシナガ地区は鍋島長官のジオラマの影響を受けた関係上、こういったインフラもかなり充実しており、マシナガ地区内では、本島に近い島であれば電話線が繋がっていたのであった。

「いればいいんだけどねぇ……」

そんな事を呟いて、一旦自室に戻った後、おぼんにポットと急須、それに湯呑をのせると電話の置いてある小部屋に入る。

そして、テーブルの上におぼんを置くとお茶を自分で準備し終わってから受話器を手に取るとダイヤルを回し始めた。

ジジジ……、ガチャ。ジジジ……ガチャ。

ダイヤルを回す度に独特の音が響く。

そして入力が終わったのだろう。

冬香は椅子に座ると右手に受話器を持って耳に当てたまま、左手で湯呑をもって口に近づけた。

まだ熱い湯呑からは湯気が立ち上り心地よい。

お茶の独特のにおいが鼻の奥をくすぐる。

実に落ち着く。

そして少し待つと相手の電話機に繋がったのだろう。

呼び出し音が受話器から響く。

そしてガチャリという音と同時に呼び出し音が止まった。

「もしもし。東郷ですが。どちら様でしょうか?」

落ち着いた感じの女性の声が響く。

その声を聞き、冬香は持っていた湯呑を置き、口を開く。

「三島です。えっと……」

言い終わらないうちに相手の口調が、硬いものから柔らかい砕けたものになった。

「もしかして、冬ちゃん?!」

その言葉に、冬香の声色も砕けたものになる。

「うんっ。私だよ。さすがにわかっちゃう?」

「うんうん。わかるって。冬ちゃんの声は間違えたことないからね」

そう言われて、冬香は照れたような笑みを浮かべた。

「そうかぁ……。それはうれしいなぁ……」

「それで今日はどうしたの?」

そう言われて、冬香は伺うように聞く。

「いえ、ちょっと話したいことがあったんだけど……、今、大丈夫?」

「ちょっと待って」

そう言っていったん受話器を置くような音がした後、微かに声が入る。

「ねぇ、あんた、今日は漁に出ないんだっけ?」

どうやら旦那に予定の確認をしている様子だ。

「ああ、今日は網の点検と船の整備をする予定だ」

「なら、今、いいよね?」

「相手は?」

「冬ちゃん」

「そっか。ならいいぞ」

少しぶっきらぼうな返事が返ってくる。

だが、その言葉からは、ほっとしたような感情が漏れていた。

相変わらず愛されてるなぁ……。

思わずそんな事を考えていると、受話器を動かす音とはっきりとした声が返ってきた。

「お待たせ。時間いいわよ」

「そう、ごめんなさいね」

「何を言うんだか。親友の話を聞く時間ぐらい作るわよ」

そう言って受話器の向こうから楽し気に笑う声が漏れる。

そして、ひとしきり笑った後、言葉を発した。

「それで、どうしたの?」

その言葉が開始の合図でもあるかのように、冬香は昨日の出来事を話し始める。

勿論、ただ一方的に話すだけではない。

相手の話も聞き、意見を交換したりもしている。

また、相手の知りたい情報も話す。

「そう言えば、夏美ちゃん、長官の人と結構いい感じになってるっていう話をうちの娘が言っていたわ。ただ、進展は少しずつらしくて見ててもどかしいとも言っていたけどね」

その言葉に、受話器の向こうから喜びの声が上がった。

「そうなんだ。さすがは私の娘ね。でも、少し慎重すぎるかなぁ。女は度胸というからねぇ。ここ一番という時にずいっと押し切らないと……」

受話器の向こう側からそんな言葉が漏れる。

そう。電話先の相手は東郷夏美の母親、東郷南美であった。

「夏美ちゃん、ナーちゃんと違っておとなしい感じだものねぇ」

「それをいうなら、冬ちゃんの所もでしょ?」

そして二人で笑いあう。

「しかし、電話なんて便利なものが出来たおかげでこう話が出来るっていいわねぇ」

「本当、本当。まさに文明の恩恵って奴だね」

「でもさ、声だけだとそれはそれで寂しいねぇ」

「そうだね」

しばしの沈黙があったが、すぐに南美から提案がある。

「ならさ、今度集まらない?」

その提案に冬香は即答で賛成する。

「いいわねぇ。なら、席は私が用意するわ」

「そうね。それならさ、リッちゃんやひーちゃん達にも声かけようよ」

「それいいわね。今までなら年に一回会うか会わないかなんだもの。もう少し交流があってもいいと思っていたのよ」

「なら決まりね」

「ええ、ならさ……」

こうしてこれをきっかけに三島本家を中心とした奥様達による交流がもたれるようになっていく。

そして、これが表とは違う裏の繋がりとなって、三島本家の、正確に言うと冬香の権力をより強くしていくきっかけとなっていくのであった。

要は奥様同士の繋がりは、侮れないという事でしょうか……ね。

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