アランパラ・ドラウザス少尉の選択 その5
「よし。やるぞ」
暗闇の中で集団の指揮をとっていた男がそう言うと、後ろに控えていた部下の一人が無線機で命令を下す。
命令した先は沖合に隠れている12m級の内火艇で、戦艦に搭載されていたもので今の彼らの移動手段に使われているものだ。
その内火艇が、エンジン音を響かせて村に接する海岸に近づいてくるとサーチライトを村に向けて銃撃を開始する。
もちろん、サーチライトを当てているとはいえ結構な距離がある為に早々当たるものではないが、それでも響くエンジン音と銃撃音、それに闇を照らすサーチライトの光は実に目立っていた。
そう、内火艇は囮である。
敵の注意を引き、森側を手薄にするための。
どうやらうまくいったようで、海岸の方で反撃の銃撃の音とサーチライトによっていくつかの人影が動いているのが確認できた。
その様子を見て、指揮官はニタリと笑った。
精々恐怖に駆られて海岸の方に気を取られているといい。
その間に、後ろからバッサリと……。
そして、指揮官は部下に合図を送る。
『襲撃し殲滅せよ』という合図だ。
もちろん、殲滅とはいうものの、全員殺すことはない。
女は生かしておいて、たっぷりと楽しまなきゃならんからな。
指揮官の合図に、部下の兵達が薄ら笑いを浮かべて木の陰に隠れつつ進んでいく。
「へっ、連中、海岸に釘付けだからな。楽勝だぜ。さっさと占拠してしまってお楽しみと行こうじゃねぇか」
兵の一人が隣の仲間に囁く。
その囁きに、仲間の兵も嫌らしい笑みを浮かべて答える。
「ああ。久しぶりの女だからな。この前の村みたいにさっさと殺すなよ」
そんな事を囁きつつ兵達は進んでいく。
そんな兵の動きを後方から見ていた指揮官も十中八九は成功したと思って気を緩めた。
だが、その直後、先に進んでいた兵達から悲鳴が響く。
「ど、どうしたんだっ?」
「わ、わかりません……」
部下が慌ててそう答えていると先に進んでいた兵達の中から一人の部下が慌てて戻ってきて報告する。
「ト、罠ですっ。ラミット、パンラ、ドライドが深手を、ルシド、アカヘ、トラビス、パタンカの四人が負傷です」
「罠だと?」
思わず指揮官が聞き返す。
「はい。もう少しで森を抜けようというところで……」
「くそっ。さっさと対応させろ」
イライラした口調で指揮官がそういった時である。
負傷した者を救助するため動きの止まったサネホーンの兵士達に今度は鉛玉の洗礼が浴びせられた。
夜間という事で狙いは正確ではなかったが、薙ぎ払う様な銃撃が何回も浴びせられた結果、次々と倒されていくサネホーンの兵士達。
これは拙い。
以前いた村とこの村は違うという事を察知した。
以前までならばこの方法であっけなく潰せたし、反撃があったとしてもここまで組織立ってではなかった。
それに分かったのだ。
俺達の戦い方を熟知していると。
だから、すぐに命令を下す。
「このまま下がるぞ」
「しかしっ」
部下の一人が慌てて反論してきたが、それを黙らせる。
「間違いなくこっちの戦い方を熟知している野郎の仕業だ。このままだと俺らまで死ぬぞ」
確かに戦友たちがどうなったのかは心配だが、今の彼らは兵士ではなく略奪者であり、自分の命が大事であった。
「了解しました。動ける奴は後退させます」
そう部下が答え、後退の合図の笛を吹こうとした。
しかし、それより先に別の笛の音が響く。
それは突撃の合図である。
「な、何だ、今のはっ」
笛を吹こうとしていた部下が慌てる中、指揮官は舌打ちすると部下達を見捨てて後退を始めたのであった。
そして、突撃の合図の後に慌てて後退の合図の笛の根が響く。
それが本当の指示であったが、続けざまに反対の命令が下され兵達を混乱させた。
その上、それほど統率されていない事もあり、我先にと動ける兵は後退しょうとする。
しかし、彼らを傷つき動けなくなった兵が必死になって引き留めようとする。
「お、おいっ、つれて行ってくれ」
彼らは生き残る為、戦友にしがみ付き必死になって説得、或いは哀願した。
ここに残ってしまっては、略奪者である彼らに待つのは死のみであることがわかっていたからだ。
だが、その必死な願いを引きはがし、或いは殺して離脱していく兵達。
しかし、その僅かな遅れが彼らの命取りであった。
機関銃によって、彼らは次々と射殺されていったのである。
本当なら、一方的な殺戮と略奪劇になるはずだった。
しかし、今や立場は逆転して彼らは狩られる側になっていた。
こうして、サネホーンの敗残兵達は蹂躙され、戦いは一方的な終わりを告げる。
ただ一人を除いて……。
荒々しく息を切らしながら指揮官は森の中を駆けていた。
木の枝が身体中に当たり、傷を作ったものの、それを気にする余裕はない。
ただ生き残るために彼は必至で逃げていたのだ。
だが、夜の森の中は暗く、そして迷いやすい。
実際、彼は森の中で迷っていた。
「ど、どこだっ。ここはっ?!」
辺りを見回す。
かなり走ったはずだが、迷っていたため同じところをぐるぐる回っており、戦いの場からそれほど離れていない。
響く銃撃の音に怯え、指揮官はしゃがみ込み、木の陰に身を潜める。
このまま当てもなく走り回ってもどうしょうもない。
それよりも今は隠れて体力を回復し、もう少し明るくなって離脱すべきだと。
そう判断したのである。
そんな中、指揮官に近づく足音があった。
間違いなく、こっちに気が付いている。
そう判断した指揮官は、近づく音に向けて木の陰から飛び出して拳銃を構える。
しかし、撃つことはなかった。
月明かりの中で見たのは、かっての戦友の顔であったからだ。
「アランパスか?」
思わず名前を呼んでしまう。
そして、構えを解き、指揮官はほっとした表情になった。
だが、名前を呼ばれたドラウザス少尉は銃を構えたまま指揮官をじっと見る。
「ほら、お前と同期の……」
「ミッタラーだな」
「そうだ。ミッタラーだ」
そう答えて、ミッタラーは笑いかけた。
「おいおい。武器を下ろしてくれよ。仲間じゃないか」
その言葉に、ドラウザス少尉はピクリと眉を動かしただけで構えたままだ。
「なんで構えたままなんだ?そうか。今まで一人だったから身分を隠して村に潜伏していたんだな。心配するな。まだ部下もいるし、内火艇があるからな。サネホーンに復帰できるようにしてやるよ」
ミッタラーは笑ってそう言う。
しかし、その言葉をドラウザス少尉は聞いた後、そっけなく言葉を返す。
「人違いだ」
「何を言ってんだ。俺のことを知ってたじゃねぇか。悪い冗談はよせよ」
どうやら様子がおかしいと思ったのだろう。
ミッタラーが焦ってそう言う。
だが、それを冷めた目で見返すドラウザス少尉。
「お前も知ってるだろう。私は冗談が下手だとね。それにアランパス・ドラウザス少尉は死んだんだ」
その意味不明な言葉に、ミッタラーは混乱した表情で言い返す。
「なら、てめえは誰だって言うんだよ」
そして、拳銃を構えてドラウザス少尉を撃とうとした。
しかし、その前にドラウザス少尉の銃が火を噴く。
そして、それはミッタラーを撃ちぬいた。
崩れ落ちるかっての同期に、ドラウザス少尉は冷たい視線を見下ろして言う。
「今の私は、この村の住人の一人、名前はアザだ。それ以外の何者でもない」
それがミッタラーの最後に聞いた言葉であった。




