大前提:誰もが全知ではない…を疑う
この作品の筆者の、非常に大きな「前提」に、「誰もが全知ではない」があります。
筆者自身も。またすべての人間、専門家たちも。その知には大きな穴がある、知らないことがある、という前提です。
筆者本人が愚かであることはわかっています。筆者には大学入試も高校入試もほとんどできないでしょう。
では専門家は?
筆者は、おそらく専門家たちも、原子炉について無知なことが多いと思っています。
たとえば、小型の高速増殖炉やトリウム溶融塩炉は、工夫次第でうまくいくのに捨てているのではないか、と。
ほかにも、化石燃料内燃機関でさえも、とんでもない見落としがあるのではないかと。
アレクサンダー大王の騎兵が鐙なしで馬に乗っていたように。多くの戦国を舞台にした「なろう」小説で、織田信長に塩水選や正条植え、千歯こきを教えるように。
本当に?
本当は、今の世界の専門家の知恵は、筆者の想像以上に高いということは?
本当に、原子炉については全知と言っていい人が、すべての原子炉を否定しているということは?
本当に、グレタ・トゥーンベリ氏を指導している人は、環境や産業などすべてについて事実上全知であるに等しいということは?
ちゃんとニュートン力学を理解した専門家が、ロケットの弾道にほぼ全知であるぐらいに。
少なくとも100番までの元素は発見されており、その性質の多くが知られている、それがとことんまで間違いないように。
小型高速増殖炉が絶対に使い物にならないことは、永久機関が絶対に機能しないと同じ水準の、科学的事実である……筆者が思いつくようなありとあらゆる、今使われていない技術は、量子電磁力学同様に徹底した検証で超高精度で証明された、ものすごく高い水準の事実として使い物にならない、であるということは?
本当に今の地球人の専門家たちは、ありとあらゆることを検討しつくし検証しつくしており、本当に「戦国時代の正条植えや醤油」のようなことは完全に皆無であるとしたら?
徹頭徹尾、何一つ工夫の余地などないほどにこの宇宙の、可能な元素の組み合わせは検討されつくしているということは?
だとしたら、筆者の考えのほとんどが崩壊します。
そしてそれは、ほぼ間違いなく地球人に対する死刑宣告でもあるのです。
環境側の専門家たちが正しく、人類が欲望を捨てて風力発電に集中すれば絶対確実に文明を永久に維持できる、と疑問の余地なく立証されているのでなければ。




