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後編

突如国王夫妻の後ろから雄叫びが上がり、何か大きなものが滑るようにアムスラン目掛けて突進してくる。と、ソレめがけて何かか転がり、ソレを巻き込んでゴロゴロバッタンと左へずれて飛んで行った。

だがソレは跳ね起き、再びアムスラン目掛けて突進してくる。


「ぼっちゃま!」


会場の隅に控えていた執事の狼人間(ワーウルフ)ががっつり四つ組みし、体を張って受け止める。2mほど押し寄せられたが、辛うじて土俵際で踏ん張る老執事。(注:幻覚です。土俵はありません。)

舞踏会会場にいた各国の大使達とアムスランとシヅゥーカは謎の物体の正体にようやく気付き始めた。


「ジュゴン?」「いやマナティだろう?」「え!?トドじゃないのか?」ああでもないこうでもないと謎の巨体の正体に議論を交わすアムスラン達。 ── そういった系統の海洋生物であるのは確かだが、手は人のそれである。

どうやらさっきのは、老執事が立食用の丸テーブルを咄嗟に転がしてあのUMA(未確認生物)に当てて、軌道を逸らしたらしい。

しかし狼の頭部の所為で全く分からないが、屈強で知られる狼人間の老執事の顔色がどんどん悪くなっているような気がするのは、気のせいでは無い筈だ。

時折ダミ声でアムスランを呼ぶので、思わずアムスランはシヅゥーカの背に隠れた。


「ちょっと、女を盾にする?一国の王が情けないわよ。」

「男でも怖いものは怖いの!それに君の方が強いじゃ無いか!

僕が斃れたら国は終わりだし。」

「困難に立ち向かってこその指導者でしょう?

それに私の後ろに隠れたって、はみ出るだけ「いいから早くお逃げくださいっ!!」!」


呑気な二人の漫才を老執事がぶった切る。

しかも少し気が逸れたのか、50cm程押し出された。盛り上がった力こぶで礼服が引きちぎれる。


「じいっ!」

「アムスラン陛下っ!『(つぶ)らな瞳の決めポーズからウィンク、投げキッスのスリーコンボ』をあの物体にっ!」

「なにそれ?」

「いいから早く!

3、2、1、キューっ!」


キラキラキラーンッ パッチーンッ チュッ!

˚✧₊⁎❝᷀ົཽ≀ˍ̮❝᷀ົཽ⁎⁺˳✧༚  (^_−)−☆   (^з^)-♡


『キャアアアァァァーーーーーッ!!!』♡ (//∇//)(//∇//)(//∇//) ♡


             ◠|◠

ブッシャァーーーーッ! (//△//)


「うおぉぉぉーーーーっ!!!」

ドッシィーーーンンっ!! ドサドサドサッ



あまりの威力にUMAは鼻血を噴水のように吹き上げた。それを好機と執事がぶん投げる。あまりの重量に床が揺れ、アムスランのスリーコンボの余波を受けた壁際の淑女達が揃って気絶した。

狼人間の老執事が興奮して遠吠えをあげる。


「……ほんの冗談だったんだけどなぁ〜〜(^◇^;)」

「Σ(^◇^;)\(ー ー;) じい!無事か!?」

「大丈夫ですよ、ぼっちゃま。

ぼっちゃまのお子様を見るまではまだ死ね「クリスティーナぁぁぁーーー!!」」


王妃が悲鳴をあげて横たわった巨体に縋り付く。

「え!?クリスティーナ姫?」「アレが?」困惑の表情を見せる各国の大使達。


「恐らく人魚族の先祖返りでしょう。」

「人魚なのか?アレが?」

「確かバルト王国の始祖は人魚の血を引きながら、ソレの性質を持たなかった為海を追放された男だったと伝承が……。

また、王妃の祖国アラバスタでも始祖の母は人魚だったと、今は亡き大旦那様に聞いた事がございます。」

「なんか夢壊れたなぁー。」


もう一度あの巨体に目をやれば、着ているのはドレスだし、生地と装飾は高価な物だ。

巨体に泣き縋る王妃に姿と、長寿で知られる吸血族と狼人間の言葉に、皆半信半疑ながらもアレがこの国の姫であると認識した。


「我が国の姫に何を無体なことをなさる!

アムスラン殿、どう責任を取られるおつもりか!」


先に襲ってきたのはどう見ても姫の方である。あの巨体で突撃されて無傷でいられるとは思えない。

異論の声を上げようとして、不意に体が固まった……。

寒気ではない何かで体が急激に冷えていく。喉の奥で空気が詰まり、声が出せない。

震える体でなんとか力を振り絞って動こうとしても、何かに圧迫されて指一つ動けない。

眼球だけ動かしてみれば、護衛の騎士達も剣の柄に手を掛けたまま動けない。


 〜 おとーさんそこーに みえーないのぉ〜 ♪

   ◯おーうがいーるよ こーわいよぉー ♪ 〜


もし、この会場にいるの者が地球世界のオペラを少しでもかじっていたなら、このとても有名なフレーズが脳裏に浮かんだに違いない……。

鋭い剣先のような魔力と殺気が、周りを威圧している。

しかし距離がある為威圧を感じないのかそれとも相当鈍いのか、これを好機に優位に立ったと信じて自論をかますエンゲルベルトは気付かない……。


「雷帝招来」


シヅゥーカがスイッと上げた指先から稲妻が斜めに伸びて天井へ突き刺さる。

轟音をあげて天井は消失し、光が雲を突き抜けて紅い月の側を刺さって消えた。

パラパラと落ちる埃が月の光を受けてキラキラと輝く。

突然の暴挙に誰も声を上げることができなかった。未だ彼女の魔力は渦を巻き、瞳は怒りで輝いている。


「私、ヴァラキア王国顧問安倍静は全人類の女性の代表として、女としての尊厳を掛け、バルト王国国王エンゲルベルトに厳重に抗議致します!!


15年前バルト王国国王夫妻は、ヴァラキア国王アムスランからの学者の招聘を要請する書簡を、王女の輿入れを強制するものと勘違いして拒絶するも、国際情勢を鑑みて身代わりを立てる事を思いつきました!

そして全く無関係な私を身代わりにする為に異世界より誘拐し、詳細を知らせぬまま絶対服従の呪いをかけ、薬漬けにして意識を奪い、荷物のように棺桶に入れて着の身着のままヴァラキアへ護送したのです!」


学者の思いもかけない訴えに騒めきが起きる。


「いいですか?身代わりとは当人に似ていることが大前提なんですよ?

コレのどこが私と似てるって言うんですか!!

この、怠惰と堕落を主張したボディ!知性も品性もない言動!

何よりもこの、間抜けなジュゴンっぽい顔!

頭頂に僅かに付いているおさげを見れば、私と同じ黒髪である事が分かります。

しかしそれ以外は全く別物ですよ!

私は自身が『誰もが振り返るような絶世の美女』とは思ってはおりません!

また、どこぞの宗教の様に人族以外を不当に差別しようとも思いません!

しかし!コレに似ていると言われた事に対し、厳重に抗議いたします!


間違っても一緒にすんなっ!」


そーだよなぁーと遠い目をする王侯貴族の面々。

しかしこの発言は国王夫妻の怒りを買った。


「何を申しますか!其方を太らせて髪を纏めればソックリでしょうが!」

「黒髪に加えてそのくっきり一重まぶた!似てるではないか!」

「全然似てないぃぃぃぃっ!!それ以前の問題だし、何よりこんなに下品じゃなーーいぃぃっ!」

「王族に対しなんたる無礼!下等なる異世界の別種族が何を申すか!

うら若き乙女に下品とはなんじゃ!」

「この国の乙女は、気に入った紳士に襲いかかるのが風習なのか!?

あのまま突進されたら普通の人間なら跳ねられて重体間違いなしだぞ!」

「思い余った乙女の暴走だろうが!この婚姻は国同士の関係改善の為のもの。

下等な異世界人が口を挟むな!」

「………申し訳ございません。大変失礼ですが、発言の許可をいただけるでしょうか?」


突然ヴァラキアの老執事が発言の許可を求めた。


「なんだね?この無礼な下等生物を黙らせるのなら許そう。」

「失礼。先の将軍を務めておりましたウルスランと申します。

エンゲルベルト陛下はシヅゥーカ様を還す為の条件として、そちらの『姫君』と我が君の婚姻を要求するという事でよろしいのですよね?」

「そうだが?」

「しかし、この『姫君』は『男』ですよ?」


『………………………………………………へっ!?』


その場に居た者達は揃って目を点にした。


「『姫君』は人魚族の先祖帰りで間違いないでしょう。

人魚族は下半身は男女共スベスベしたジュゴンと同じ肌と形の半身です。

しかし女性は上半身は人族の女性で、男は上半身は人族の男性の体ですが、頭部はジュゴンなんですよ。

ですから、クリスティーナ『姫』は『王子』です。」


老執事の豆知識にシヅゥーカでさえも毒気を抜かれた。

バルト王国の者達は、声すら出ない。

親でさえも女だと思い込み、女として扱ってきたのだ。これまで『姫』から様々な被害を被った者達は、これまでの憤りをどう扱っていいものか分からなくなり混乱した。


「我が国では男を嫁にする風習はございません。

ですからこの条件での婚姻は成立致しません。

それに我々はバルト王国が行った勘違いによる異世界人誘拐という責任を問わぬ代わりに、彼女を元の世界へ返す事を提案していたのです。

どうか無条件でご協力願えぬでしょうか?」

「いやそれはできない。

まず召喚の魔方陣は教会の管轄である。信者でも無い亜人にそれを貸し出す謂れはない。

更にいうなら異世界人という下等生物の為に、教会に伺いを立てるなどという手間も煩わしい。

そもそも下等生物を王族の前に謁見させるなどという暴挙すら赦しがたいものなのだ。

我が姫をアムスラン殿が娶らぬなら、交易すらも価値がない。

このままお帰りになる方が良かろう。」


その言葉に各国の大使達も眉を顰めた。


「……ほほぅ、つまり彼女の誘拐の罪を償う気はなく、我が国を不当に貶め侮辱すると……。

いいでしょう。その宣戦布告、確かに受け取りました。」


老執事が遠吠えをすると、しばらくして大きな羽音がして天井の穴から巨大な鳥が顔を出した。

広間の貴族達の悲鳴が上がる。

老執事は主君とシヅゥーカを小脇に抱え、取りに飛び乗った。


「バルト王国の返答、確かに受け取りましたわ。

いいでしょう。この国は5年以内に滅ぼして差し上げますわ。

下等な生物に何ができるのか、特別に見せてあげましょう。

せいぜい泥に這い蹲り足いて見せなさい。」


シヅゥーカはそう言うと凄絶な笑顔を見せた。

老執事の合図で大鳥が羽ばたく。その羽ばたきの中に幾つかの青白い光を見つけ、バルト王国の魔術師長は叫んだ。


「サンダーバードだ!伏せろーーーーっ!!」


耳がしばらく聞こえなくなる程の轟音と目が痛くなるほどの光── 。

国王夫妻を除く多くの臣民達は、敵にしてしまった者達の巨大さに恐怖するのだった。



「ふふふふふふふふ……。

赤の他人を断りもなくタダ働き同然で他国へ送るような奴だとは知ってたけど、予想以上だったわ……もう遠慮はいらないわね。」


サンダーバードの背でシヅゥーカが呟いた。

その姿にアムスランがドン引きする。しかし老執事どこか嬉しそうである。


「いやはや、シヅゥーカ様は本当に頼もしいですなあ!

ぜひ我々の長年降り積もったこの鬱憤を晴らさせてくだされ。

臣下一同お手伝いさせていただきます。」

「任せてちょうだい。

この私がジュゴンと似てると言った事、散々後悔させて泣かせてやるわ!」


この赤い満月に誓う ── 。


「絶対撤回させるんだからーーーー!!!」





「僕、王様なんだけどなーー……。」


後に皇帝と呼ばれることになる若き王は黄昏て呟いた。

シヅゥーカが宣言通りバルト王国を滅ぼすか、故郷の異世界に帰れたかは、これからもこの世界の夜を照らす紅い月だけが知っている……。


補足


安倍静:『呼び出したのは……』に出てきた、日本一有名な陰陽師を御先祖に持つ現役自衛官。

不覚にも誘拐されたが、幼馴染が迎えに来るだろうと分かっていたからあまり悲観していない。

ヴァラキアの帳簿があまりに酷すぎて国の立て直しに力を貸した。


アムスラン:ヴァラキアの若き王。子供の頃に流行病で両親や国の主だった者を亡くして、国を立て直そうとするが力不足で上手くいかなかった。その後国主催の算盤大会が王妃選抜大会と勘違いされたりと色んな風評被害に晒される。この後の社交では熱烈なファンが急増し、ストーカーに悩まされる。


ウルスラン:狼人間の老執事。元将軍。城内の主要人物の大半が流行病で亡くなり、人手不足の為護衛も兼ねて執事に転職。割と脳筋。計算は苦手だが戦上手で知られていた。


クリスティーナ:バルト王国の元『姫』。その後ヴァラキア王国の川や湖で見かけたとか見かけなかったとか。


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