前編
遥彼方様の「紅の秋」企画参加作品です。
赤い大きな満月が夜を照らしていた。
満月だというのに夜道を歩くものはなく、人々は家の扉と窓をしっかりと閉じ、息を殺して寄り添っている。
バルト王国の王城で国の重鎮たちは身を寄せて円卓に座っていた。
「大司教様……アレから三ヶ月が経ちました。あの娘はもう生きてはいないでしょう……。
もしアレが我が娘の身代わりとバレたら……。」
「姫様はもはや死人と扱い、他家に養女に入っておられる。
今後は他人と称し、関わりを持たぬ事です。
ソレが姫様を守る事になるでしょう。」
その言葉に王妃が泣き崩れる。
「あぁ、かわいそうなクリスティーナっ!まだ18だというのに……これからステキな殿方にめぐり逢おうという時に……」
国王夫妻の嘆きに沈痛な表情を浮かべる重鎮達。
しかしその脳裏に浮かぶのは、誰も口にはしないが押し付けられた家と身代わりにされた娘への同情である。
この国の結婚平均年齢が10代半ばなのに、18歳の王女に婚約者すらいない事情は察してほしい。
姫にうっかり不興を買ったり見初められたりしないように、国の若者がお茶会や夜会の際ワザとブサイクメイクで参加する事は、公然のお約束であった。
「成功するかは半々であったが、似た年恰好の娘を召喚できて良かった……。
平民がクリスティーナの身代わりになるなど、泣いて喜んでおろう……」
ん な 訳 ね ー だ ろ っ !!
国王夫妻を除く重鎮の心は一つになった……。
*** ヴァラキア王国の王城にて ***
「うを〜〜〜っ、月の明るさが目にしみるゼィ……」
薔薇の花々に囲まれた赤い尖塔のある王城で、青年がベランダに這い出てきた。
元々白かった顔色は、もはや紙よりも白く、青ざめている。
普段はきっちりと油で固めているはずの黒髪はボサボサに乱れ、高価な生地で作られた豪華な筈の服はヨレヨレであった。
その頭に丸めた羊皮紙の束が命中する。
「ギャンッ!」
「おいコラ、まだ計算が終わってないんだよ!
何したらここまで杜撰な会計になるのっ!?
大雑把にも程があるだろう!?」
「仕方ないだろう!?親が早く死んでまともな引き継ぎできなかったんだから!
知らないなら覚えればいいって言ったのシヅゥーカだろう!?」
「物事には限度ってモンがあるんだよっ!!
普通120年放ったらかしって思わんでしょう!?
それくらい時間あるなら、領地経営の一つや二つ勉強するでしょう、普通!」
「その教師すら手配できなかったんだからしょうがないだろう!?
もう三日寝てないんだぞ!寝てせてくれええぇぇーーーっ!!」
「申し訳ございません、ぼっちゃま!
この爺が無学なばかりにぃ〜〜!!(´༎ຶོρ༎ຶོ`)」
青年の魂の叫びに呼応して、執事服を着た老いた狼人間が遠吠えする。
ソレにつられて城のあちこちで狼人間の衛士達が遠吠えを始める。とにかくうるさい……。
青年に紙束を投げた黒目黒髪の娘が耳を塞ぐ。
黙って立っていれば年頃の娘さんの熱い視線を集めただろうこの青年、瞳孔は赤く耳が尖り、口からは牙が見えている。明らかに人間ではなかった。
「まったく……近隣諸国から教師を招聘するって手もあっただろう?
一応交易があったのになんでできなかったの?」
「全部軒並みきっぱりはっきり断られました!」
「……えーと、因みになんて言って募集をかけたの?」
「『この国で一番賢くて美人の女性が欲しい』と各国の王宛の親書に書いたんだけど……。」
「………それって美人って条件必要なの?血を吸って食用に飼うか嫁にすると勘違いされたんでね?
んで、自分の娘を寄越せと勘違いした親バカ国王が、全く無関係の私を誘拐してこちらへ身代わりで送ったと。」
「すいませんでした!m(_ _)m
まさかこんな事になるとは、思っても見なかったんだ!
せめて衣食住は不自由にさせないし、給料もちゃんと払うから!」
「『美人の女性』に限定しなければ良かったんじゃないの?」
「ムサイ男ばかりじゃ心が荒むんだぁ〜〜!僕だって生活に潤いが欲しいんだぁ〜〜!
僕ら吸血族は確かに血を吸ったり、仲間にする場合もあるけど、誰かを噛んでも同族にはできないんだぞ。
まして他人の首筋に噛みくなんて破廉恥な事できる訳ないじゃないか……誤解なんだぁ〜〜!。・゜・(ノД`)・゜・。」
徹夜四日目で、そろそろいろんな意味でヤバくなっているらしい。
黙っていればN◯Kの大河ドラマで、毘沙門天の化身を名乗ったヤバイ戦国大名を演じた某ビジュアル系歌手とタメを張る容姿なのに、言動が残念すぎた。
本音だダダ漏れの青年に娘は冷めた目を向ける。
「まあ、蚊やダニに刺されてもそんなのにはならないもんね……。」
「お願い、そんなのと一緒にしないで……せめてコウモリか犬にして。」
「あの、執事さん?狼人間の場合はどうなんですか?」
「無視かよっ!」
「シヅゥーカ様の世界ではどうだか知りませんが、我らの世界では狼人間は狼人間からしか派生しません。片親が人間などの多種族の場合、生命力が強い方の特色で生まれます。」
「はあ〜、本当に違うんですねー。」
シヅゥーカと呼ばれた娘は感心したように相槌を打った。
そしてトントンと書類をまとめる。
「うん、大体の国土開発計画の予算は立てた。
その計算が終わったら寝ていいからね。
明日から国民の現地調査に出かけるよー。」
「少しは休ませろよ〜〜。
オニィー、あくまぁ〜、まじょぉーーー!!」
「え!?美魔女?(〃ω〃)」
「いや、ナイナイ。( ・`д・´)੭ꠥ⁾⁾」
「うん、私もないと思った……。(´-ω-`)
ほら、私も手伝うから。
言っとくけど、120年放ったらかしにしていたツケなんだからね?
真っ赤な薔薇に囲まれたお城は、屋根も帳簿も真っ赤っかなんて、マジで笑えないんだからね。」
「みんなビンボが悪いんだあーーーーっ!!」
若き国王の虚しい叫び声が夜空にこだまする。
薔薇の香りむせ返る城の上で、紅い月が笑っていた。
しまった……登場人物の名前が二人しか出ていない……。