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僕は再び歩み出す

 オダスとの再会から数日後、なんと、僕を受け入れてくれるパーティが見つかったのだ。

 俄には信じられないが、質の悪い冗談などではないと言う。

 そのパーティは、オダスから僕のお荷物っぷりを聞いてなお加入を認めてくれたようで、オダスにも、そしてパーティメンバーにも、僕は感謝してもしきれない気持で一杯になった。


 ちなみにそのパーティは、男ばかりのむさ苦しい一団だ。

 リーダーはCランクだが、他のメンバーはDやEランクの若いパーティらしい。

 それでもFランクは僕しかいないという世知辛い現実……。


 そんな新パーティに、僕は息苦しさを全く感じなかった。というのも、このパーティが男だらけなのが最大の理由だろう。

 正直、このパーティに入れた事をホッとしている自分がいる。

 なぜホッとしているかといえば、一応僕は失恋した直後だからだ。

 パーティ内に女性がいると、何だかんだでフォリーを思い出してしまう可能性があった。


 僕とフォリーの婚約は、半ばなし崩し的に結ばれたものだ。決して僕が望んでいたわけではない。

 それでも、”情”というのだろうか、それがフォリーに対してあったのは事実だ。ただ、その”情”が”愛情”だったのかと問われれば、正直自分でも分からない。分からないが、ずっと一緒にいた存在がいなくなるというのは、心にポッカリと穴が空いたような気持ちになり、無意識に寂しさは感じてしまう。……いや、これは綺麗事だ。

 本心は、最後に会った時のフォリーの異様とも思えた言動。……あれを思い出したくないだけだ。


 心が不安定な僕は色々と悩み、最後に会ったフォリーがあの時……違う、あの時も含めて今まで彼女が何を考え、何を思っていたのかを想像すると、少し怖くなってしまう。だから、思い出に蓋をしたくなる。その蓋が綺麗だろうが汚かろうが関係ない、とにかく思い出を閉じ込めたいのだ。

 とはいえ、今はまだ穴に薄い布切れを張っただけのようなもので、ちょっとした落とし穴と言ったところだろう。

 だから間抜けな僕は、自分で作った落とし穴へ既に何度も落ちている。『そこに落とし穴があるよ』と分かりきっているにも拘らず……。


 早く落とし穴に立派な蓋をして、穴の真上を何も気にせず通過できるようになりたいものだ――




 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




「クラージュ、申し訳ないのだが……」


「パーティを抜けてくれって話しですよね」


「……すまん」


「慣れてますから」


 僕はいつでも何処でもお荷物メンバーだった。


 三年前、Sランク冒険者のオダスの紹介で加入させてもらったパーティから始まり、既にいくつのパーティを渡り歩いただろうか。もう覚えていない。


 冒険者見習いのGランクから、正式な冒険者となるFランクまで五年もかかり、半人前と言われるEランクになるのにも三年かかった。

 十八歳になるまで都合八年も冒険者をやっていて、やっと半人前であるEランクの僕が、何処のパーティでもお荷物なのは当たり前のことである。

 当然、今回のように脱退を迫られるのは慣れたもので、もはや『今回は長く置いてもらえたな』くらいの気持ちでしかない。……いや、これは強がりだ。


 パーティへの加入と脱退。それを繰り返していると、信用など全くなくなる。

『アイツは弱い』『アイツは役立たず』『パーティの情報を盗まれる』などといった感じだ。

 そうなると、受け入れてくれるパーティなど簡単には見つからない。それでも僕は、ソロで満足な依頼も受けられない程度のちゃちな実力しかないため、例えどんなパーティであろうとも、入れてもらうより他なかったのだ。

 どれだけ時間がかかろうとも、僕はいつか強くなると心に言い聞かせても、現実の僕は弱いままで、強いのは信念だけなのだから。


 しかしそういった積み重ねからか、僕の心はかなり磨り減っていたようで、言われ慣れた言葉を聞いただけなのにも拘らず、今回は軽く受け止められなかった。

 それは、弱者である僕の中で唯一強かったはずの信念ですら、いつしか弱くなっていた証だろう。


 その後リーダーと別れた僕は、あまり人気のない公園のベンチに腰掛けた。

 僕は何かあると、決まってこの公園にきているように思う。自分のことなのに曖昧だ。


「もう……家に、帰ろうかな……」


 誰もいない公園で一人になった所為だろうか、思わず弱音が口から漏れてしまう。

 そしてぼんやり考える。


 せめて冒険者と堂々と名乗れるDランクになっていれば、大手を振れないまでも実家に戻れただろう。しかし、八年経って未だにEランクでは、例え明日Dランクに昇格しても、とてもではないが戻れない。『八年かかってやっと普通の冒険者』などといわれようものなら、心が耐えきれないだろう。

 しかもそれは例え話であって、僕はあくまで『半人前のEランク冒険者』だ。なおさら戻れる訳がなかった。


「八年か……フォリーはもうCランクくらいになっているのかな」


 孤独に苛まれた僕は、またもや独り言を呟いてしまった。

 しかも、もう記憶の彼方に忘却したはず……忘却しようとしている、元婚約者のことまで記憶から引き摺り出してまでして。


 三年前に僕の心にできた落とし穴。

 それなりの月日を経て、落ちる回数はボチボチ減ったものの、未だにこうして落ちてしまう。

 僕自身、フォリーに対して執着心などないと思っている。

 当時も思った元婚約者に対する感情が、”情”なのか”愛情”なのか、今もって自分でも分からないのだ。

 しかし、婚約者として過ごした彼女との五年間、フォリーの心がどこでどう変わったのか、僕をどう見ていたのかを考えると、どうしても気になってしまう。それが嫌で嫌で、思い出さないようにしているというのに、心にできた落とし穴は未だに健在で、不意に僕を落とすのだ。

 結局それは、フォリーを忘却できていないことの証左でしかないのに……。


 それはそうと、言葉と言うのは不思議なもので、心の中で思っているだけとは違い、口にすると言葉が意志を持ち、心を動かしてしまう。

 だからだろう、ちょっとした弱音でも、言葉を音にしてしまった今の僕の心は、負の感情に支配されてしまっている。

 家に帰ろうかな、と言う言葉を口に出したのは、心が磨り減っているからこその結果なのかもしれない。だがそれは問題ではない。

 心が磨り減っていようがいまいが、僕は言葉として、音として口から出した。だから心が動いている、揺さぶられているのだ。

 するとどうなるか――


 姉を守ると誓って家を出て八年、今更姉を守るも何もないだろう。

 それも、『ちっとも成長しなくて弱いから』と元婚約者に見限られるような僕が。


 ――気持ちが投げやりになる。

 一度投げやりになってしまうと、負の感情は加速してしまう。


「姉を置いて家を出て八年。その間にフォリーを失い、僕は未だにEランク冒険者。強くなれる気配なんて微塵もない。……もう僕に何かを期待してる人もいないだろうし、これ以上強さを求めても、仕方ない……よね」


 誰もいない虚空を見つめて、僕は見えない何かに話しかけていた。

 同意が欲しいのかもしれないし、誰かに同情して欲しいのかもしれない。だから心の中だけで留めて置けず、口にしてしまったのかもしれない。

 しかし、もはやそんなことはどうでもいい話で、僕の意志や気持ちは、僕自身で手綱を操れる状態ではなくなっているのだ。


「姉さんだってそろそろいい年だし、結婚してきっと誰かに守られてるだろうな。僕なんて今更必要じゃない……いや、むしろ迷惑だろうし。――そうだ、いっそのこと、この国から出てしまおう。そして誰も僕を知らない地で、僕はひっそり暮らすんだ……」


 僕が求めたのは強さだ。しかしその強さは、姉を守るために必要だと思ったから求めた。だが時間は刻々と過ぎていく。

 そして誰しも、少なからず状況が変わっているはずだ。

 それでも変わらないものは何かといえば、強くならない僕(・・・・・・・)だけだろう。

 だから思う――


 誰も僕を知らない場所へ行こう、と。


 いくら今の僕でも、国内で少し離れた地に行けば自分を知らない人だらけだと分かっていても、それすらも許せなかった。この天帝国に、僕の存在を残したくないと思ったのだ。

 恥ずかしいや情けないの言葉では表せられない、とにかく逃げたい、消えてなくなりたい、という心の底からの想いだった。

 とはいえ、自死という選択肢は僕の中にない。それは、僕が単に臆病なだけなのかもしれない。一時的な逃避を、心が求めているのかもしれない。理由など分からないし、理由すらない可能性もある。

 だからこそ、大した根拠も無いのに出国することを選んだのだ。天帝国にいなければ大丈夫、という訳の分からない身勝手な理論で。


 それはすっかり心が萎れてしまい、情けなくてみっともない僕が、現状で導き出せる最善策だった。

 正解か不正解はどうでもいいし、むしろ求めていない。


 とにかく、全てを投げ出して逃げたい、そう心が叫んでいる。


 僕は自分で自分にそう言い聞かせていた。

 すると僕の脳内に心の叫びが響き始め、やがてその叫びが大きくなり、いつしか占拠されていたのだ。


 だから僕は、自分の心に従う。自分の信じる自分が下した決断に。


 そして――


 お読み頂きありがとうございます。

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