僕は語る 6
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あのパーティの基本戦術は、アロガンと剣士が前衛で敵を抑え、魔術士が範囲殲滅魔術を使うのをメインに、適宜その敵に合った戦い方をアロガンが指示すると言うものだ。
フォリーには、遠距離からの敵の足止めを期待していると言っていた。
僕は遊撃手と言う自由に動いて良いポジションで、連携など気にしなくていいと言われていたが、素人が自由に動くほうが難しい。だが僕はそれに従った。
ちなみに回復士は、自身に軽い結界を張って自衛をしているらしく、完全な非戦闘員とのことだ。
新たな仲間を得たはずの僕だが、一度として指導を受けることもなく、遊撃手と言う名の戦力外扱いをされ、結局は自主的に鍛錬を積む毎日であった。
しかしフォリーは違う。彼女は元から猟師として期待されていただけあり、アロガンの指導の下にメキメキと実力を付けていったのだ。
最初の方こそ、フォリーは僕のフォローをしてくれていたのだが、パーティとしての役割を与えられ、勝手に僕を守ることが許されず、僕が一度も呼ばれたことのない作戦会議などで、彼女はアロガンと話す機会が増えていた。
僕は元から女性と触れるのは避けていたため、フォリー以外とはあまり会話をしなかったこともあり、いっそう一人でいることが多くなる。
ただ、弱い僕は怪我をすることが多かったため、回復士にはそこそこにお世話になっていた。
そんな感じで一年も経とうとする頃には、フォリーが正式な冒険者であるFランクに昇格。僕はまだ見習いのGランクのままで、冒険者とは名乗れない。
ちなみに、初期の冒険者のランクアップは、依頼でもらったポイントをパーティ内で振り分けるため、ギルドが関与するのは提出された書類に判を押し、ランクアップを確定することだ。
低ランク冒険者のことに、いちいtギルドが関与することはないのだという。
ランクアップに必要なポイントだが、一応参加ポイントは全員が貰える。しかし、貢献ポイントはリーダーが振り分ける仕組みだ。
必然的に、弱い僕は参加ポイントだけしか貰えず、累計ポイントはなかなか貯まらない。参加ポイントなど微々たるもので、その累積だけでポイントを貯めるのは、かなりの時間を要するのだから、昇格できないのも当然だ。
そんな状態で時間だけが過ぎて行く。
僕の体は相変わらず成長が遅く、なかなか体幹がしっかりしない。
一方のフォリーは、成長期を迎えたのだろう。Fランクに昇格するまでの一年で色々と成長し、日増しに女性らしくなっていった。
だが僕には関係ない。
僕は成長の儘ならない体でも、それを言い訳にせず、日々の鍛錬を頑張ることだけを考えていた。フォリーが強くなろうと、彼女の体が成長しようと、僕が強くならなければ意味がないのだから、と。
それからは、徐々に減っていたフォリーとの会話を更にしなくなかったが、僕は全く気にならなかった。しかし、全く彼女を見ていないわけではなかったからこそ、彼女の動向を少しは知っている。
フォリーも魔術を少し鍛えるようになったようで、魔術訓練のために夜はアロガンのテントに行くようになったのも知っているし、頻度が増えたことも知っているのだ。
僕も一応魔術は使えるが、生活魔術の、それも初期のものだけで、戦闘に必要なものは使えない。仮に使えても、僕が指導を受けることはないだろうが……。
なので、僕は相変わらず自己流での鍛錬を続けた。自分にできることを、自分で考えてやるしかなかったのだ。
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「やっぱり、碌な記憶が残ってないですね」
五年間の出来事にも拘らず、淡々と同じような毎日を過ごしていた僕の記憶には、印象深い出来事など無いに等しかったのだ。
「指導を受けず、遊撃手と言う名の戦力外で、成長の遅い小さな体で自己流の鍛錬をしていただけ、ってことか?」
「そう……ですね」
自分で語ったことを、他人にさらっと纏められると、なとも切なくなってしまう。
「しかも、坊主が女性と接触しないから婚約者どころか他のメンバーとも遣り取りをしていなかった、と」
「……はい」
「さらに、アロガンに婚約者を寝取られたってことだな」
「えっ?」
僕はオダスが何を言っているのか分からなかった。
「夜な夜な、魔術の訓練って名目で、赤毛の嬢ちゃんはアロガンのテントに行ってたんだろ?」
「そうです」
「本当に魔術の訓練だと思ってたのか?」
「違うんですか?」
フォリーは魔術の訓練をするようになってから、弓で飛ばした矢を風の魔術で操作していたのを知っている。あれは訓練の賜物だ。
「そっち方面の話は、坊主に何を言っても無駄だろうからいーや。――それより、坊主がアロガンから不当な扱いを受けていたことを、ギルドに伝えて処罰してもらうか?」
「……いや、いいです」
「何でだ?」
「何というか、もう彼らに関わり合いたくないんです」
もはやパーティのことも、元婚約者であった女性のことも、できることならば記憶から消したいくらいなのだ。
仮に彼が何らかの罰を受けたところで、気分が晴れるとか思わない。そんなことより、本当に記憶から消え去って欲しいと思っている。
「俺からギルドに報告することもできるが、坊主の証言が必要になる。しかし、当の本人にその気がねーなら、俺が無理に勧めるわけにもいかねーからな。――まぁどっちみち、アロガンは第十皇子の権力で以て握り潰す……って訳にゃいかねーか。この天帝国では実力がなければ皇子と認められねーからな」
実力主義の我が天帝国では、生まれた順番も、母が正妃か側妃かなど関係なく、本人の実力がなければ、皇子であっても天帝の子である天子と認められない。
第十皇子であるアロガンは、僅かに与えられた権力と金で冒険者をやっている。
冒険者として力を磨き、『何れは天帝の座を』などと思っているのかと、僕は勝手に想像していた。だが彼は『女性だけのパーティが作りたかった』と、僕にだけ聞こえるようにコッソリと言っていたのを覚えている。
それが本心だとすれば、アロガンの目指しているのは天帝ではなく、女性に囲まれた生活なのだろう。……いや、好きなだけ女性を囲うためには、強くなって天帝になればいい。
どちらにしても、彼は純粋に天帝国のことを考えているのではなく、私情優先の男なのだろう。
そんな男に僕は……。
「色々と考えてもらってるのに、何もできなくてすいません」
「謝ることじゃねーよ。んなことより、これからどうする気だ?」
「……えっ、あー、僕はソロでやっていける力なんてないですから、何処かに入れてもらえるのを待つしかないです」
ぼんやり考え事をし、嫌な気持ちになっていると、オダスは僕に今後のことを聞いてきた。慌てて思考を引き戻した僕は情けない本心を口にし、つい項垂れてしまう。
「俺ん所に入れてやりてーのは山々だが……」
「オダスさんの所は僕みたいのが入って良いパーティではないですから」
「すまねーな」
「こちらこそ、気を遣わせてしまってすみません」
僕が最下級のFランクにやっとなれたというのに、オダスはSランク冒険者だ。
Sランクといえば、もはや生ける伝説であり、なぜ僕のような者の面倒をみてくれるのか分からない。
そして当然、彼のパーティメンバーもAやBランクの猛者ばかりで、Fランクの僕が入って良いわけがなかった。
「いっその事、実家に帰るってのはどうだ? もう冒険者になるって目標は達成したんだ、後は姉ちゃんを守るって目標を叶えりゃいーんじゃねーか?」
「いいえ、目標は『強く』なることであって、冒険者になることではありません。なので、強くなってないと意味がないんです。いくら冒険者になっても、姉を守れる強さがないなら、僕はまだ帰れません」
パーティ内で振り分ける貢献ポイントが貰えず、参加ポイントの累積で冒険者になれたが、実力がないことなど僕自身が一番良く知っている。例えポイントが貰えて今より早くFランクになれていたとしても、僕の実力は低いままだったに違いない。
こんな情けない状態、ただ冒険者の資格を取っただけの僕。そんな弱い僕が実家に戻っても、胸を張って”姉を守る”とは到底言えない。
「ん~、坊主がまだやる気なら、何処か入れてくれそーなパーティを探してやってもいーんだが……」
「本当ですか?」
「探すくらいは問題ねー。だが……、変な言い方になるが、坊主の実力が低いことは俺も知ってる。そんな坊主を受け入れてくれる所があるか、正直分からんぞ」
「それでも構いません。ご迷惑でなければ、お願いします」
Sランクの紹介なら受け入れ先はある……などと甘い考えは持っていない。
オダスは面倒見の良い人物であるが、己のランクや力を誇示して、無理やり押し付けるようなことはしない人だ。それでも、ほんの少しだけ可能性が広がったことに、僕は密かに安堵した。
とはいえ、色々と失ってからまだ数日、僕の心中は穏やかではない。本当の意味での平穏など、いつ得られるのか……もしかすると、一生かかっても僕に平穏が訪れないような気がしてきてしまう。
色々なことを時間が解決してくれる、そう自分に言い聞かせているが、そうそう簡単には割り切れないようだ。
それでも、こうしてオダスに話す……いいや、吐き出すことができた。それだけでも、僕の気持ちは少しだけ軽くなったような気がした。
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