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僕は語る 3

 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆



 突然の婚約が決まって少しした頃、フォリーがある提案をしてきた。

 それは――


「クラージュ、冒険者になればいいんだよ」


 ――そんな、何とも意味不明な内容だ。


 フォリーは相変わらず変なことを言うな、と思っている僕に、なぜ冒険者なのかを彼女が説明してくれた。


 曰く、強くなるには騎士になるのが手っ取り早い。しかし、騎士になるには高い入学金を払って学校に入る必要がある。貧しい村に住む平民には到底支払えない。

 では他に何があるかといえば、騎士の一段下の軍に所属する選択肢がある。だがこれは、力自慢が試験に合格しなければならない。

 軍とは、強い者がより強くなるために入り、国や町村を守る意識の高い者たちが集まる所だ。であれば、現状弱い者が強くなるために行く所ではない。ましてや、守りたいのは姉なのだから、意識も当然違う。ということは、軍も却下となる。


 そうなると、残るは冒険者だ。

 冒険者は危険な職業なため、若いうちから真剣に取り組み、遅くても十五歳のうちに資格を取らなければいけない。だからこそ、魔術士要員であれば七歳から、そうでなければ十歳以上十六歳未満であれば誰でも冒険者見習いになれる。そして見習いは必ず先輩冒険者と組まされ、冒険者家業について色々と教わる決まりだ。無駄に命を散らさないように。

 そして冒険者の利点は他にもある。最初こそ貰える賃金は少ないが、資金を稼ぎながら知識や技術が学べる。これは我々のような庶民にはとても有難い。


 だから冒険者になれば、お金を稼ぎながら強くなれるよ、とフォリーは言った。


 フォリーの家は子沢山一家で、次男が冒険者をやっていたため、その少し年の離れた兄から、冒険者について話しを聞いたのだと今では分かる。


「どうかな?」


「別に冒険者にならなくても、鍛錬を続けていればいずれ強くなれると思うけど」


 僕は率直な意見を述べた。


「でも、ずっとクラージュを見てるけど、あんまり強くなったように思えないよ」


「それはまだ、そんなに時間が経ってないし……」


 痛いところを突かれた僕は、言い訳がましいことを言っていた。


「それは何も知らずに自己流でやってるからだよ。でも、ちゃんとした先輩に教われば、もしかしてクラージュもすぐ強くなれるかもしれないよ」


 フォリーの言葉に心が揺らいだ。

 実際、村で戦闘技術がある者は、狩りを営んでいる人たちだけだった。しかし、日々の生活に追われ、子どもの僕に指導をする余裕などない。ましてや僕など他人の子なのだから。

 僕に父がいれば、もしかしたら教えてもらえたのかもしれないが、僕が生まれたときから父はいない。無い物強請りをしても仕方のないことだ。


 結局僕は、フォリーに少し考える時間をもらうことにした。




「やっぱりダメだよ。冒険者になったらこの村を離れるんだよ。それだとお姉ちゃんを守れなくなるし」


 僕は考えた結果を、幼馴染で婚約者でもあるフォリーに伝えた。


「う~ん、今のクラージュは、まだまだラフィーお姉ちゃんに守ってもらわないといけないくらい弱……力がないんだよ。――ちょっと嫌な言い方になっちゃうけど、今のクラージュがいても、ラフィーお姉ちゃんの役には立てないと思うの」


 フォリーの言葉は、僕の心に深く突き刺さった。――が、それは事実であることを、他ならぬ自分が一番良く知っていたのだ。


「だからね、冒険者になるのが一番の近道だとあたしは思うんだ」


「…………」


 僕は何も言えなかった。

 フォリーの言うことは尤もだ。僕の自信を打ち砕く酷い言葉を投げかけられたが、それは僕を思っての言葉だ。感謝こそすれ、憎むようなことはない。


 それでも、姉から離れることなど考えていなかった僕からすると、離れる決断はそう簡単にはできないのだ。


「それとね、あたしはクラージュの婚約者になったでしょ? だったら、妻として夫を支えたり手助けできるようになりたいの」


「家事を頑張るってこと?」


「違う違う。あたしも冒険者になって、剣で戦うクラージュを、あたしが弓矢で援護するの」


 パシュっと擬音を口で発しながら弓を射る真似をするフォリーは、「いい考えでしょ」と、にこやかに言う。


 フォリーは実家の農家を手伝う傍らで、害獣を弓矢で追い払ったり、時には射止めたりしている。十歳の女の子にしてはかなり有望らしく、将来は狩人になることを勧められているくらいの腕前だった。


「あまり言いたくないけど、実際はフォリーの方が僕より強いよね? それに、フォリーが僕に守ってもらう必要ってない気がするんだけど」


 自分が弱いことを自覚していても、婚約者より自分が劣っていることを口に出すのは嫌だ。それでも事実を受け止め、僕はそのことを口にした。


「まぁ~、強さで言えば今はそうかもしれないけど、弓は一射毎に時間がかかるし、攻め寄られたすぐにやられちゃうよ。だからあたしは、近付いてくる遠くの悪いヤツを少しでも減らすお手伝いで、最後はクラージュがズバッとやっつけてくれるのが理想かな」


 フォリーの言わんとしていることは分かる。

 確か弓兵は、絶対的な安全圏から射撃ができる状況なら強いが、距離を詰められると一気にやられてしまう脆さがある、と聞いている。


「あたしはね、ラフィーお姉ちゃんを守るというクラージュの気持ちが一番大事だと思うの。それでも、あたしだってクラージュに守ってもらいたい気持ちはあるのよ。だけど、あたしの場合はただ守られるのではなく、一緒に強くなって、クラージュの助けになりたいの」


 色々な話を聞かされ、賢くない僕の頭は混乱する。それでも分かったことが二つあった。

 一つは、フォリーが僕と共に成長することを望んでいること。

 そしてもう一つは、僕のことを本当に良く考えてくれて、僕のために頑張ろうとしてくれていることだ。


 僕は勢いでフォリーと婚約をしてしまったが、あまりの激流に抗うこともせず、ただ流れに身を任せていただけだった。

 だがそれではダメだ。過程はどうであれ、僕はフォリーの婚約者になった。それであれば、何れ夫婦になる者同士で意見を摺り合わせ、協力するのは大切だ、と思うようになっていたのだ。


 これはフォリーの策略だったのだろう。当時の僕は、その考えにすっかり感化されていた。


「フォリーには申し訳ないけど、僕の一番の目標はお姉ちゃんを守ることだよ」


「それは知ってるよ。だからあたしは、ラフィーお姉ちゃんを守るついでに守って貰えればいいの」


「ありがとう」


「でも、さっきフォリーに言われたとおり、今の僕ではただの足手纏でしかないと思う」


「……そう、だね」


 フォリーは自分で言っておきながら、当の本人である僕の口からそんな言葉が出てしまうと、少しだけバツの悪そうな表情を見せた。


「でも、フォリーと一緒に頑張れば、今より早く強くなれそうな気がするんだ」


「それって……」


「冒険者を目指してみようかな……って、ちょっと思ったよ」


 表情に暗い影が差していたフォリーだったが、僕の言葉で満面の笑みに変わる。


「うんうん、二人で頑張れば、すぐに強くなれるよ」


「そう……なれるかな?」


「大丈夫、クラージュは頑張り屋さんだから、すぐに一人前の冒険者になれるよ」


 優しい笑みで力強く言い切ってくれるフォリーの言葉に、僕の中でやれそうな気がメラメラ湧いてきているのを感じる。いや、既にやる気に満ち溢れているのだ。

 そして、二人で一緒に頑張ろうと言ってくれたフォリーであったが、やはり僕のことだけを案じてくれていた。しかも、僕が女性と接触するのを拒んでいることを知っているフォリーは、僕の手を取りたそうにしていたが、それも我慢してくれている。

 そんな彼女を姉のオマケではなく、婚約者として守ってあげたい、と心に変化があったのを、僕は少し感じた。



 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆



「どう聞いても、若い二人の恋物語なんだが?」


「いや、この冒険者になることこそが僕が利用された部分なんです」


「そーなのか?」


「最後に会った日に、ハッキリ言われましたから……」



『そうだ、せっかくだから教えてあげるわ。あたしね、冒険者のお兄ちゃんから色々聞いて、一度は村から出たいと思ってたの。そしたらアンタが、急に強くなりたいって言い出したでしょ? だから、それを村から出る口実にしたの。それでもいつかあたしは、アンタと村に戻るつもりだったのよ。一度くらい外の世界を見たかっただけだし』



「――と言った感じで」


「んじゃ、最初は単に好奇心だったのが、村を出た結果、外の世界にすっかり感化されたって感じだな」


「ですね」


「でもよ、坊主の存在や決意が村を出る口実だったのは確かだとしても、それはあくまで外の世界が見たい好奇心だけであって、坊主との婚約そのものが利用されてたのとは違う気がすんな」


 僕にはオダスの言わんとすることが分からなかった。


「どういうことですか?」


「赤毛の嬢ちゃんは、何れは二人で村に戻る気があった。だから当初は、坊主に対する愛情も存在していた。でもその気がなくなった。――じゃあ、なんでその気がなくなった? その気をなくさせたのは、坊主の行動に問題があったからじゃねーのか?」


 オダスの言葉に、僕はピンと来なかった。


 僕に問題なんてあったのだろうか?

 

 これは大事なことだ。僕は自分の行動を思い返すことにした。


 お読み頂きありがとうございます。

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