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僕は語る 2

「お母さんが知らないなら僕がなんとかする!」


 近くにナイフがあることに気付いた僕は、咄嗟にそんな言葉を口にしていた。

 僕はナイフを右手に持つと、左の掌を切りつける。そして、うつ伏せで寝ている姉に馬乗りになると、僕は血の流れるその手を、傷が塞がったばかりの姉の左肩に置いた。

 これは考えた結果ではない。体が自然とそう動いたのだ。


「お姉ちゃん、僕の血をあげるから元気になって! 大丈夫、絶対に僕が助けるから、僕の血を受け取ってよお姉ちゃん!」


「クラージュ、止めなさい!」


 普段は温和で声を荒げることのない母が慌てて立ち上がると、僕を姉から引き剥がそうとした。

 だが、小柄で非力の僕が、この時ばかりは母の力に抗い、姉から手を離さなかったのだ。


「お姉ちゃん、お姉ちゃん、死なないで! 僕の血を受け取って!」


 僕は必死だった。

 自分の行動が正しいかどうかなど関係ない。とにかく自分にできることをしたのだ。


「止めなさいクラージュ!」


 なおも僕を止めようとする母。そんな母をものともしない僕。

 叫び合う二人の声が響き渡る室内に、突如として異変が起きた。


 何と、僕の左手を中心に、限りなく白に近い金色の光が輝きを放ったのだ。


「「えっ?!」」


 意図せず僕と母の驚きの声が重なった。


「どういうこと?」


 状況が飲み込めない母は、現状を理解しようとしていたのだろう。だが、僕には良く分からなかった。しかし、分からないながらも『これで姉が助かる』という、根拠のない自信が芽生えていたのだ。

 だからこそ、姉に触れた左手を離さず、むしろ塞がったばかりの姉の傷を広げんばかりに押し付けた。姉に意識があれば、それこそ「痛い」と言われるだろうほどの力で。


 その時間がどれほどだったのか定かではないが、僕は不意に自分の体の違和感に気付いてしまった。


 僕は九歳のあの日から夢精が日課になり、あの日以降夢精から少し時間が経つと、イチモツは日がな一日(たぎ)っていたのだ。

 そんな僕のイチモツが、夢精もしていないのにあの時は萎んでいた……はず。

 そのことにほんの少しだけ意識が向いたが、今はそれどころではない、と姉に意識を戻した。すると、かつて見たことがないほど青白かった姉の顔色が、普段と変わらず……いや、いつもより血色が良くなっていたのだ。


「お母さん、お姉ちゃんの顔が元気な色になったよ」


 姉の傷が治ったかどうかは分からなかった。だが、治ったような気がした僕は、満面の笑みで母にそう伝えたのだ。

 母は恐る恐る姉の顔を確認すると、一瞬だけ驚きの表情を見せる。すると、両手で顔を覆い泣き出してしまっていた。


 その後、落ち着きを取り戻した母が、姉に馬乗りになった僕をベッドから下ろすと、まずはナイフで切り裂かれた掌を見てくれたのだが……驚くことに、そこには血の跡どころか、傷一つ残っていなかったのだ。

 なんとも釈然としない表情の母であったが、今度は姉の腕を手に取り、手首の辺りを掴んで安心したような顔になっていた。



 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆



 当時は分からなかったが、母のあの行為はしっかり血が流れているか確認していたのだと、今なら分かる。


 それはさておき、どうして僕がこの話をオダスにしなかったかというと、僕が姉を治したのが魔術ではなかったからだ。

 僕は当時も今も、魔術と呼べるよう立派な術は使えない。そもそも、あの時は魔法陣もなく、単に手の周辺が光っただけだった。さらにいえば、あれ以降は一度として不思議な力を使えていないのだ。

 そんな不思議でおかしな現象を他言すべきではないと、漠然と思っている。


「しかし何だ、坊主は姉ちゃんのために強くなって、生涯その姉ちゃんを守る決意をしたんだよな?」


 僕が他のことを考えていると、オダスが質問してくる。


「……ああ、そうですね」


「でもよ、姉ちゃんを守ると決めた坊主が、何で赤毛の嬢ちゃんと婚約なんかしてたんだ?」


「う~ん、何と言うか、上手いこと僕が利用されていたんでしょうね」


「どーゆーことだ?」


「それはですね――」


 僕はそう言って、フォリーとの馴れ初めを語った。



 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆



 強くなること決意してからの僕は、毎日毎日飽きもせず、体を鍛えて剣技を身に着ける努力に励んだ。

 そんな僕をいつも見学しにきている幼馴染のフォリーも、毎日キラキラと瞳を輝かせて僕を見守っていた。


 母から、女性に触れてはいけない、と言われたあの日から、疎遠とまでは言わないが、精神的にも物理的にも距離を取っていた幼馴染。それでも彼女は、ちょくちょく遊びにきていたのだが、僕が体を鍛え始めてからは毎日くるようになっていた。


「クラージュはすごいね」


「何がすごいの?」


「毎日毎日ボロボロになるまで頑張ってるのがすごいんだよ」


「だって僕は、強くならなくちゃいけないから」


 いくら距離を取っているとはいえ、幼馴染を完全に無視をするようなことはしない。


「どうして強くならないといけないの?」


「お姉ちゃんを守るためだよ。――僕が弱いと、お姉ちゃんが怪我をしてしまうでしょ? だから僕が強くなって、一生お姉ちゃんを守るんだ」


 姉を守るために強くなろうとしていることは、恥ずかしいことでも何でもなく、むしろ思いを口にすることで、僕は自分の決意をより強固なものにしたいと思っていた。


「ラフィーお姉ちゃんはいーなー」


「何がいいの?」


「だって、クラージュにずっと守ってもらえるんでしょ?」


「そうだよ」


「あたしもクラージュに守ってもらいたいなー」


 僕は何も答えなかった。何故なら、僕は姉のために強くなるのであって、姉を守ることだけ(・・)を考えていたからだ。

 そして、姉以外の人物を守るなど、僕からすると『何を言っているんだ?』状態で、全く意味が分からない、という側面もあった。




 頑張っても強くなれない僕が、諦めることなく鍛錬を続けること二ヶ月、フォリーもまた飽きることなく連日見学にきていた。

 そして彼女が口にする言葉は、相変わらず『あたしもクラージュに守ってもらいたい』だ。

 そんなことを連日聞かされ続けていると、『フォリーも守ってあげないといけないのかな?』と思うようになってくる。

 そして遂に――


「じゃあ、フォリーも僕が守ってあげるね」


 そんな言葉が僕の口から出ていたのだ。


「やったー」


 フォリーはぴょんぴょん飛び跳ね、それはそれは嬉しそうにはしゃいでいた。


「じゃあじゃあ、あたしはクラージュのお嫁さんになるんだね」


「ん?」


 フォリーが何を言っているのか、僕にはサッパリ分からない。


「どういうこと?」


「だって、クラージュはラフィーお姉ちゃんを一生守るんでしょ?」


「そうだけど」


「あたしのことも守ってくれるんだよね?」


「まぁ、そうだね」


「だったら、クラージュとラフィーお姉ちゃんの近くにいないと、あたしは守ってもらえないでしょ?」


「そう……だね」


「だから、あたしがクラージュのお嫁さんになれば、いつも一緒にいられるじゃない」


「あー、まぁ、そう……かな?」


「ほら、これであたしもラフィーお姉ちゃんも、ずぅーっとクラージュに守ってもらえるね」


「そうだね」


 何だか分からないが、フォリーに言われると、『そうなのかもしれない』という思考に陥り、腑に落ちない部分もありながらも、僕は納得してしまったのだ。


 そうとなると、フォリーの行動は早かった。

 彼女は早速自分の家族に説明すると、僕の母と姉にもそのことを伝えたのだ。


 フォリーの実家は農家で、パン屋である僕の家に麦を卸してくれている。そして、彼女の祖父母は農業から引退し、母のパン屋を手伝ってくれている関係で、家族付き合いは非常に良好であった。

 となれば、フォリーの言葉に異を唱える者など誰もおらず、あれよあれよという間に、僕とフォリーの婚約は決定事項となっていたのだ。



 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆



「なるほどな。まぁ婚約に至った経緯は分かった。でもよ、それの何処が利用されたことになるんだ?」


 ここまでの内容は、単に婚約に至った経緯を騙ったに過ぎない。

 僕が利用されたのは、この後のことなのだから。


 お読み頂きありがとうございます。

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