僕は震える
パーティから追い出され、婚約者を失った僕は、気が付いたら人気のない公園のベンチに座っていた。無意識のうちにここへ逃げてきたのだろう。
いつからここにいて、どれくらいの時間をそうしていたのか分からないが、陽の位置を見るに、結構な時間が経っていると思われる。
だがこうして意識が戻ったのだ、いつまでも放心しているわけにはいかない。であればどうするかといえば、考えるしかない。
どうしてこうなったのか、を。
◇ ◇ ◇
僕は幾許かの時間を費やしたか分からないが、冒険者になるまでを長々と思い返してみた。だが、やはり原因は分からなかった。
思い当たる節といえば、夢精をしたことを母に伝え、女性に触れるなと言われたことだろうか。
母の教えを守ったことにより、フォリーとの距離ができてしまったのかもしれない。
それとも、チビガリなオレが強くなりたいと思ったことが、結果的に村を出る原因になっている。もしかすると、村さえ出なければ幸せだったのでは……。
しかし、強くなりたいと思ったのは事実で、こうなった今でも強くなる夢は諦めておらず、この思いは自分で否定したくないのだ。
では、フォリーに促されたからとはいえ、自分で選んだ冒険者という道。ここにに何か問題はなかっただろうか?
そもそも、冒険者見習いとなってからの記憶は、パーティの中にいたにも拘らず、ほぼ一人で行動していたものしかない。
代わり映えのない休日の鍛錬、押し付けられるメンバーの雑用、狩りでさせられる単独行動。記憶にも残らない単調な日常ばかりだった。……いや、どんな魔物を相手にしたかくらいは覚えている。だが、そもそも依頼内容を聞かされることもなかったのだ、戦う魔物が少し違うだけで、やはり同じような日常が繰り返されているだけであった事実は覆らない。
唯一日常が変わったといえば、一年前に加入した回復師の少女とのことだろうか。
彼女だけはこっそり僕の手伝いをしてくれていたのを覚えている。
初期にいた回復士は、僕の怪我が酷いと仕方なしに治していたが、少女回復師は少しの怪我でも治してくれた。しかも彼女は付与魔術が使えたので、こっそり僕に魔術の付与をしてくれたりもしたのだ。
とはいえ、それでも僕は女性と距離を取りたかったため、彼女と親しくなることもなかったわけだが……。
だがアロガンは、『女性だけのパーティが作りたかった』と言っていたことを思い出す。
ひょっとすると、僕があの少女と親しいと勘違いし、その腹いせに僕を……などと考えたが、そもそも『女性だけ』の部分からして僕が邪魔だったのだ。腹いせ以前の問題でしかない。
それに今考えているのは、冒険者になったことに問題が有ったか無いかだ。パーティを追い出されたことなど、もはや問題ですらない。
そうしてグダグダ考えてみると、一つの結論に達した。
この五年間の僕はいつ何時でも、『強くなる』ことばかり考えていたのは確かである。
パーティという仲間がいるはずの環境にも拘らず、僕は常に一人で自分のことを考えて、自分のために行動していたのだ。
ということは、村で自己流の訓練をしていた頃と何も変わっていない。
それ即ち、冒険者になる必要はなかった……と言う事実だ。
僕は気付かない方が良かった事実に気付いたことで、なんとも言えない喪失感に襲われた。
村を出なければ、母や姉と離れずに済んだ。
村を出なければ、フォリーと別れずに済んだ。
村を出なければ、こんな気持にならずに済んだ。
村を出なければ、村を出なければ、村を出なければ……――
暫くして僕は肌寒さを感じ、意識が現実に引き戻された。
そして、すっかり冷え込んだ体とともに、冷静さを取り戻した頭で考える。
起こしてしまった行動、済んでしまった過去、それを悔やんだところで現実は何も変わらない。
僕は守るべき姉を村に残して出てきてしまったのだ。であれば、強くなって帰るだけ。
一緒に帰るはずだったフォリーはもういないけど、僕のすべきことは何も変わっていない。ただ強くなることだけを考えるんだ。
確かに、フォリーがいなくなったことで、心にポッカリ穴が空いたような寂寥感がある。でもそれはきっと、時間が解決してくれる……はず。
僅かに僕の体が震えた。
それは夜風にさらされたからなのか、それとも心が感じた寂しさからなのか、自分自身でも分からない。
ただ、いつまでもここで悩んでいても仕方ない、ということは分かる。
だから僕は、大人しく宿に戻って寝ることにしたのだ。
◇ ◇ ◇
パーティから追放されてから数日、僕は毎日冒険者ギルドのパーティ募集の掲示板を眺めていた。
婚約者とパーティを失ったとはいえ、僕には目指すべき目標がある。姉を守るために強くならなければいけなにのだ。悲観にくれて俯いているわけにはいかない。
しかしながら、僕は正式な冒険者になったとはいえ、見習いのGランクを脱しただけで最下級のFランクだ。ソロでできる仕事など殆ど無い。だからこうして掲示板を眺めているわけだが――
そんな僕に、如何にも荒くれ者といった風貌の大男が近付いてくると「よー坊主」と、話しかけてきた。
僕はそんな風貌の大男にビビる……でもなく、普通に話しかける。
「あ、どうもオダスさん。戻ってきてたんですね」
「おう、昨日の夜にな」
この大男はオダスといい、僕が初めて天都の冒険者ギルドにやってきた際に声をかけてくれ、天都でできた最初の知人であり唯一の知人でもある。
オダスは髭面で怖そうな見た目と違い、実は優しい世話焼き屋さんなのだ。
「ところで坊主よ、Fランクに昇格した日にパーティを追い出されたんだってな」
「……ええ、まぁ。よく知ってますね」
「ちょっとした噂になってたからな。それより腰据えて話すぞ」
オダスはそう言うと、ギルド併設の酒場へ強引に僕を連れてきた。
「そんな顔すんなって。無いも根掘り葉掘り聞き出そーってわけじゃねーんだ。坊主の今後が心配だからよ、余計なお世話かもしんねーが、ちっとばかし話しをしよーってだけだ」
僕は自分でも気付かぬ間に、嫌そうな表情になっていたようだ。
それはそうと、天都には僕とこうして話しをしてくれる人などこのオダスを除いて誰もいない。
ここ数日、あまり考えないようにしていたが、一人ではどうしても悶々としてしまい、つい考えては負の感情になっていたのだ。
であれば、せっかく話しを聞いてくれるオダスがいるのだ、この際だから色々と聞いてもらうことにした。
「そー言やー、あの赤毛の嬢ちゃんはどうした?」
「フォリーは、パーティと一緒に行ってしまいました」
フォリーは絶世の美女というわけではないが、顔立ちは整っている。しかし、情熱的な性格を現すような、燃え盛る炎の如き赤い髪こそがフォリーの特徴で、オダスは彼女を赤毛の嬢ちゃんと呼んでいた。
「赤毛の嬢ちゃんは坊主の婚約者だよな?」
「婚約者でした」
「……まぁ何だ、婚約者に対して手の一つすら握らなけりゃ、愛情も覚めるってもんだぞ」
「でも……」
オレは母と交わした約束がある。それを頑なに守り、女性との接触を避けていたのだ。それが例え婚約者であろうとも。
その約束は今から六年前、僕が九歳だった頃のあの出来事により交わされた。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「お母さん、僕……白くてネバネバしたオシッコ漏らししちゃった……」
「もぉ~、九歳でお漏らしなん……えっ、今なんて言ったの?!」
「良く分からないけど、ネバネバした白いオシッコを漏らしちゃったの……」
「…………」
起きたら股座に違和感があり、お漏らしをしてしまったのだと僕は気付いた。
僕は九歳でお漏らしをしたことを恥ずかしく思ったが、正直に母へ伝える。
そういえば、あの時の母は困った顔をして黙ってしまっていたな……。
その後、着替えを済ませた僕に、母が色々と教えてくれた。
難しくて分からないことが多かったが、「意味は何れ分かるでしょうから、今はお母さんの言った言葉をしっかり覚えておいてね」と言われ、僕は母の言葉を真剣に頭に叩き込んだ。
そんな母の言葉で、特に大事だと言われたのは――
『貴方は精通をしたから、もう子どもを作れる体になったのよ』
『女性に触れたり、ましてや抱きしめたりしたら子どもができてしまうから、絶対に自分から女性に触れては駄目よ』
『女性から触れてきても、極力距離を取りなさい』
――ということだった。
僕はまだ九歳の子どもなのに、子どもの僕が更に子どもを作るのは無理だ、となんとなく理解でき、母としっかり約束をした記憶がある。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
当時の遣り取りを思い返した僕は、あの頃と変わらぬ気持ちをオダスに伝える。
「オダスさんやフォリーは、それだけで子どもはできないと言いますが、僕はお母さんの言葉を信じてます。だから僕は、一人前になるまで女性と触れ合ってはダメなんです」
「坊主の母ちゃんを悪く言う気はねーが、何でそんなことを教えたんだかなー……」
口から顎にかけてフサフサとした髭を貯えたオダスは、その髭をゴシゴシと弄りながら少々困ったような表情を浮かべた。
「それはいいとして……良くねーけど……、坊主には目標があったよな? 何だっけ、オオカミに襲われた姉ちゃんを守るとか何とかって」
「ああ、そうですね」
僕には姉を守るために強くなる、という目標がある。
以前オダスに聞かせた話しを、僕は再び語った。
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