僕は失った
「クラージュ、約束通りお前を正式な冒険者にしてやったぞ」
「ありがとうリーダー」
「ってことで、お前は今日でパーティをクビだ」
「……え? ど、どういうこと?」
僕はこれまでお世話になっていたパーティのリーダーであるアロガンに、突然クビを言い渡されたのだ。
確かに僕は小柄で非力な体の所為もあり、立派な戦力とは言い難い。それどころか、遊撃手と言う名の戦力外扱いをされていた。それでも日々の鍛錬は欠かさず、皆が嫌がる雑用をこなし、少なからずパーティに貢献してきた自負はある。
それが正式な冒険者になった途端にクビとはどういうことだ?!
僕は意味が分からず唖然としてしまった。
「お前は元々フォリーのオマケみたいなもんだろ」
オマケも何も、僕とフォリーは婚約をしていて、二人で一緒に強くなるために村を出てきたんだ。
「フォリーがお前と一緒じゃなきゃ嫌だ、お前を立派な冒険者にするんだ、って言うから、仕方なくお前もパーティに入れてやったんだ」
フォリーの言うことは尤もだ。二人で一緒に強くなる約束だったのだから。
「一、二年も見習いをやってれば、普通は正式な冒険者になれる。だからちょっとくらい面倒を見てやるつもりでいたら、お前は五年もかかりやがった」
それはリーダーがポイントを……って言っても言い訳か。僕の成長が本当に遅かったのも事実だし。
「お前と一緒に入ったフォリーは、一年足らずで正式な冒険者になったってのによ」
「それは……」
ダメだ、何を言おうとしても言い訳になってしまう。
「フォリーもよ、最初こそはお前を庇ってたけどな、終いには『もうクラージュのことは放っておいていい』って言い出す始末だ。けどよ――」
「ちょっ、アロガン! どうして言っちゃうのよ」
「おいフォリー、この際だからこのチビにはハッキリ言ってやった方がいいんだ。――なぁクラージュ、俺は約束は守る質だ。いくら落ちこぼれのお前でも、それを見捨てたとか言われるのも癇に障る。だから邪魔なお前でも、オレは最後まで面倒を見てやったんだ」
ちょっと待て、アロガンの性格なんてどうでもいい。それより、フォリーが僕を突き放すようなことを言ったのか? そんなはずはない。
「まぁオレのお陰で、やっとお前も正式な冒険者になれたわけだ。ってことはだ、俺がお前の面倒を見てやる義理は、もうなくなったってことだな」
「じゃ、じゃあ、僕とフォリーの二人で脱退、ってこと?」
「お前は人の話しをちゃんと聞いてたのか? パーティを去るのはお前だけだチビ」
それはおかしい。だって、フォリーは僕の婚約者で、二人で立派な冒険者になって村に帰り、そして結婚して――
「そうね、この際だからハッキリ言っておいた方がいいわよね。――クラージュ、あたしはアンタに失望したの」
僕が頭の中を整理していると、フォリーが全く感情の籠もっていない表情で言い放ってきたではないか。
しかも、僕はフォリーと長年一緒にいたが、喜怒哀楽の何も感じないこんな表情を、今まで一度として見たことがない。本当に初めて見る表情だ。
「強くなるって口ばっかりで、ちぃ~っとも強くならないし、体もチンチクチクリンなまま成長してないじゃない」
頼む、そんな目で僕を見ないでくれ。怒りでもいい、哀しみでもいい、とにかく何かしらの感情を見せてくれ。僕はそんな情けない気持ちになってしまった。
「それに、外に出てあたしは気付いたの。あんなちっぽけな村で何も知らない子どもだったあたしは、本物の世間知らずだったんだってね。――それとアンタ、抱きしめるどころか手すら握らないとか、どんだけ臆病なのよ」
おかしい。僕の知っているフォリーはそんなことを言う子ではない。
だが聞きたくもない言葉は、実際に彼女の口から発せられている。ひょっとして、おかしいのは僕の方なのか? 分からない。
それでも、臆病ではないことを伝えねば、そう思った僕はハッキリ言ってやる。
「そ、そんなことをしたら子どもができちゃうし」
少々どもってしまったが、これで僕の真意は伝わっただろう。
「アンタ、まだそんなこと言ってるの? そんなので子どもができる訳ないでしょ? ホント、身も心もお子ちゃまなのね」
「えっ? だって、お母さんが『女の子に触れると子どもができるから、絶対に触れてはダメ』って言ってたし、フォリーも大人になるまでは、清い関係でいましょうねって……」
「はぁ~、出た出た。何かあるとすぐに、お母さんが~、お姉ちゃんが~、って、アンタのそのマザコンとシスコンなことろが気持ち悪いのよ」
気持ち悪いだって? どうしてそんな酷いことを言うんだ? 僕が強くなりたい理由を、フォリーだって良く知っているはずなのに、どうして……。
大袈裟な溜め息を吐き、うんざりしているのが嫌でも分かるほど、フォリーの言動はあからさまだった。
それでも僕は、彼女が本気でそんなことは言わないと信じ切っている。が――
「さっきアロガンが言ったとおり、あたしはアンタと、とっとと別れたかったの。でもね、優しいアロガンがアンタを見捨てられないって言うから、ずっと我慢してた。まぁこれで、やっとアンタから開放されると思うと、嬉しくて仕方ないわ」
フォリーは本気で清々したような顔つきで言い放つ。歪んだ笑顔で。
つい今しがたまで、感情を見せてほしいと思っていたのに、実際に歪んだ笑顔を見させられると、僕の心は酷く傷ついた。
そして僕は、もしかしてフォリーはさっきから本気で言っていたのか、と漸く思い至る。
「じゃ、じゃあ、結婚は?」
もはや支離滅裂だった。混乱が混乱を呼ぶ僕の心は、フォリーとの最後の繋がりである『結婚』に縋るしかない状況に追い込まれていたのだ。
「ねぇ、今の話しを聞いて、どうしてあたしがアンタと結婚すると思えるの? 婚約なんて解消に決まってるでしょ」
「村で待つ、僕やフォリーの家族はどうするの? 皆が楽しみにしてたじゃないか」
結婚は当人たちだけではなく、お互いの家族が一つの家族になる。村でそう教わったはずで、それは僕だけじゃなくフォリーも聞いていたはずだ。
「そうだ、せっかくだから教えてあげるわ。あたしね、冒険者のお兄ちゃんから色々聞いて、一度は村から出たいと思ってたの。そしたらアンタが、急に強くなりたいって言い出したでしょ? だから、それを村から出る口実にしたの」
「なっ! それじゃボクを利用し――」
「ああ、勘違いしないでね。それでもいつかあたしは、アンタと村に戻るつもりだったのよ。一度くらい外の世界を見たかっただけだし。でもまぁ、今はそんな気さらさらないけどね。――だからあたしの家族に言っておいてよ、『あたしは二度と村には戻らない』ってね」
「か、家族を捨てるのか?」
「アンタねー、あたしが何人兄妹か知ってるでしょ? あたしが一人いなくても何の問題もない大家族なのよ。それに、今更あんな何も無い村に戻って一生を終えろと言うの? バカバカしい」
あの家族思いのフォリーが、こんなことを言うわけがない。きっと何かの間違いだ。
僕は必死になって自分に思い込ませる。
「フォリー、それなら――」
「おいクラージュ」
フォリーに昔を思い出させようと、何でもいいから話しかけようとする僕の言葉を遮り、パーティリーダーであるアロガンが僕の名を呼んだ。
「お前いい加減気付けよ。こんだけ言われて、自分がどれだけ嫌われてるか分からないとかありえねーぞ。そもそも、普通なら普段の態度で察するだろうに。自分の婚約者が他の男にしなだれてたりするのを見たら、嫌でも気付くってもんだ。お前、鈍いにも程があるぞ」
確かにここ数年のフォリーは、普段からちょっと余所余所しい感じはあったけど、それは僕が過度な接触を拒むことを彼女が知ってたからで、僕は自分が強くなることに夢中だったし……正直、フォリーのことを良く見ていなかった、かもしれない。
でも、たまにフォリーがアロガンのテントに入っていたのは知ってる。それでもあれは魔術の訓練のはずで、『んぁ、もう……あっ……だ、だめぇ~』とか言っていたのも、フォリーが頑張って練習していた証拠だ。
それに、魔術士や剣士の女、最初に所属していた回復士の女も、アロガンのテントで夜の鍛錬をしていたのも知っている。
昨年加わった幼い回復士の少女だけは、一人でテントに行かなかったっぽいけど、若いのに有能だと言っていたから、鍛錬の必要がなかったのだろうし。
それとしなだれていたのも、僕が女性に触れられないから、フォリーが疲れていたときにたまたま近くにいたアロガンに凭れてしまっただけだ。何もおかしなことはない。
「ホント鈍感よね。それに、ちょっと手を繋いだり体に触れただけで子どもができるとか、アンタは本気で思ってるみたいだけど、それならあたしはアロガンとの子どもがとっくにできてるでしょうに。――まぁ尤も、本当に子どもができることもしてるんだけどね」
フォリーが妖艶な笑みを浮かべた。それも僕の知らない表情だ。
先ほどから、フォリーは僕の知らない面ばかり見せてくる。……いや、今まで僕が自分のことに夢中過ぎて見ていなかっただけで、本当は普段からこうだったのかもしれない。
それでも、村にいた頃はそんな淫靡な顔はしていなかった。
それはそうと、本当に子どもができること? 何だそれは?! 子どもってのは、こぉ~、なんだ、ギュッて抱き締めてできるもんだろ? ってことは、フォリーはちょっと触れるのではなく、濃厚な抱擁をアロガンとしてた……のか?!
嫌な思いが僕の頭の中を駆け巡る。
「ってことでクラージュよ、お前がどんだけグダグダ言っても、これはもう決定事項だ。お前が正式な冒険者に昇格した手続きと一緒に、お前の脱退手続きも済んでるからな」
「何で勝手――」
「リーダー権限だ」
ボクの言葉を遮ったアロガンは、そう言うと小柄なボクの肩へ乱暴に腕を回し、耳元に口を近付けてきた。
「俺はよ、メンバーが女だけのパーティが作りたかったんだ。だからお前は邪魔だったんだよ。でもまぁお前に気付かれないように、隠れてコッソリってのも面白かったぞ。つっても、お前が鈍感過ぎて全然気付かねーから、途中からはお前はいないものとしてやってたけどな」
ボクにしか聞こえないような声で、アロガンは一人楽しそうに語る。
そんな彼が下卑た笑みで語る言葉を、僕にはさっぱり理解できなかった。
隠れてコッソリなどと言われても、何をコッソリしていたのか思い浮かばないほどに。
すると突然、頭の混乱度合いが増しているボクを放り出すように転がしたアロガンは、愉悦に満ちた表情でボクを見下し、フンッと鼻を鳴らす。
「そんじゃ俺たち、これから北の方で活動すっから。たまには天都に戻ってくるつもりだからよ、偶然再会したら飯でも奢ってやるわ」
「……お、お前なんかに奢って貰う筋合いは無い! ――なぁフォリー、君は本当にアロガンと一緒に行くのかい?」
僕が気力を振り絞って何とか言い返すと、フォリーの肩に手を回したアロガンは、無言で僕に背を向けた。
もうお前と話すことは何もない、と言わんばかりに。
フォリーもまた僕の問いに応じることなく、軽く一瞥すると僕になど興味がないような……それどころか、僕という存在が全く見えていない感じで視線を動かし、躊躇なく背を向けると、アロガンに寄り添い、赤い髪を揺らしながら去って行く。
そんな彼らを、離れた場所で見守っていたパーティメンバーの魔術士と剣士が追い、回復士の少女だけがそっと僕に近付いてくる。
「何もできなくて、ごめんなさいでした」
床に転がったまま呆然としている僕に、彼女は頭を下げてそれだけ言うと、慌ててメンバーを追って行ってしまった。
こうして僕は、記念すべき『正式な冒険者に昇格した日』に、訳の分からないままパーティから追放され、婚約者であった幼馴染の女性を失ったのだ。
お読み頂きありがとうございます。