新たなる者
あれから話しながら歩き続けること、数時間後……
「もしかしてあれって……」
そう、見えてきたのだ。
出口、もしくは入口と思わしき場所が。
思わず二人の表情が和らぐ。
「ようやく外に出られますね」
「そうだね、やっとだよ」
「外はどんな場所ですかね?」
「深い森の中とか、辺境の地帯だったりしないといいんだけどね」
「それはそれで面白そうですけどね」
「面白いと言うよりは、危険な気がするんですけれど……」
そんな会話をしながら、目前まで迫った扉を開く。
「うわぁ……これは凄い綺麗ですねぇ……」
「そうですね……これは想像以上だよね……」
自分達の目の前に広がる大森林に思わず感嘆の声が上がる。
所々木漏れ日が差し込んで来ている大樹の数々はとても幻想的な景色だ。
それに雨上がりなのか、露が光り輝きより幻想的な情景を映し出している。
そんな大樹に囲まれたまま森の中を歩み出すが何せ、木々に囲まれていて目標にするものがないので、森の外へ出る方角がわからない。
「まぁ、悩んでいてもどうしようもないので、兎に角進みませんか?」
「いや、でも……取り敢えず、そうしようか」
歩き回り続けていると、段々と日が傾いてきて、遂には沈んでしまった。
前がよく見えなくては、もうどうしようもないので、今日一晩は野宿というわけだ。
焚き火をつけて、袋から取り出したパンで夕食を摂って、雑談を始める。
因みに、〖変幻自在〗を使って二人とも別人へと変装している。
何故彼女を巻き込んだのか、その理由は同じ境遇の人がもう一人ほしいという至極単純な答えだった。
それから数分後……
突然彼女が青ざめた表情で後ろを指さしながら震える声でこう言った。
「う、後ろ……」
「えっ……後ろ?」
後ろを振り返ると、何か白いものがぼんやりと暗闇の中から現れた。
内心ドキドキしながらそれを声や表情に出さないように心掛けながらこう尋ねる。
「………えっ……えっと……どちら様ですか?」
「貴女たちはここで何を?」
暗闇の中から声が返ってくる。
どうやら話が通じる可能性はまだ残っているようだ。
「森を抜ける道が判らなくて、迷子になってここで野宿していますが……」
「森を抜ける道……それならここから真っ直ぐ進めばでられますよ」
「本当ですか!これでようやく外に出られます。道を教えてくださってありがとう御座います」
丁寧に返答して、お礼を述べる。
「いえいえ、それよりも貴女方は一体何処から、見たところ森の深部から来たようですが……」
正直に言っても、どこかわからない所から来ました、なんてとてもではないが言えないので精一杯の作り笑いと共にこう答えることにした。
「あははは、これには色々と複雑な事情がありまして……」
複雑な事情、なんと便利な言葉だろうか。
その言葉を使うだけで殆どの人は気を遣ってそれ以上の追及をしないでくれるし、その事情については言及しなくても済むので、矛盾することが少ない使い道の多い誤魔化しの言葉だ。
「複雑な事情ですか……お二人とも若いのに大変ですね……」
「貴女もとても若く見えるのですけれどね……」
その女性は、白髪をツインテールに結んでいて、赤色の瞳をしている15歳位のうら若き美少女そのもののように見える。
「ところで貴女はここで何を?」
「私ですか?私はこの森の深部にある祭壇を管理しているのですよ」
祭壇……。もしかしてさっきいたあの場所はその祭壇だったということだろうか?
「強い波動を感じて、様子見に訪れてみたのですが……特にこれといった収穫がなくて……」
強い波動の正体とは、〖変幻自在〗を伝授してくれた彼のことか、もしくは、鏡の中から出てきたもう一人のリンネか、それとも〖虹の架け橋〗を使ったことか。
心当たりがありすぎてどれのことか、お生憎様なことに皆目見当もつかない。
「なるほど、それで何処かへ戻る途中で炎の明るさに気づいてこちらに来た……ということですね」
「その通りです。それにしても驚きましたよ。この森に、それもこの時間帯に来訪者がいるなんて」
ただこの森に入ったばかりの時は早朝だったのだが、今はもう深夜だ。
「あははは……」
苦笑いで返すほかないので、どうしようもない。
「ところで貴女の名前は?」
「私の名はリング・ベルーガです。でも名前はベルーガのほうなので、ベルーガとよんでください」
苗字から名前を言うのは日本では当たり前だが、別の場所ではそうとは限らない。
それと同じように名前がどちらかハッキリさせたい時はどちらが名前か言った方がいいのかも知れない。
「それでは、私はもう行きますね。まあ、困った時はお互い様なので、何かあったら頼ってください。力になれるように努力しますよ」
「ありがとう御座います。また会えたらいいですね」
「そうですね。それでは」
再び森の奥深くに去って行くベルーガを見送ってから、再び彼女と話し合う。
「ねぇ、お互いにリンネって言うとややこしくなるから、別の呼び名を考えない?」
そう。同じ名前の二人だとお互いの名を呼ぶときにどちらのことか兎に角分かり難い。
「そのほうがいいかも知れませんね……。何か具体案はありますか?」
やはりもう一人のリンネも同意見のようだ。
「私は一応、リア・ライズという名前にしようと思っているけど」
「なるほど……」
それから暫く考え抜いたもう一人のリンネはようやく新しい名前が決まったらしく、ゆっくりとこちらを見て口を開いた。
「私は、リイル・ルオンと名乗ることにします」
「分かった。お互いこの姿の時は、リアとリイルと呼び合うことにしようか。特にそれで問題ない?」
リアとリイル、これでも少し似ている気がするが、お互いの名前の名残があるのでこれで問題ないだろう。
「はい。大丈夫です」
「ならこれで決定ね。よろしくねリイル」
「此方こそ宜しく御願いします。リアさん」
お互いに新しい名前を呼び合って笑い合う。
新しい名前を持って、“生まれ変わった”ともいえる二人は再びスタートを切り出した。