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夢を探して虹を見る  作者: 浦坂茉空
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道化師

あの日から暫らくの時間が過ぎた。

そして見慣れた、代わり映えのない日常がじわじわと命を蝕んでいく。

いや、正確にいうと、大きく代わり映えがないだけで日々様々なものが移ろいでいる。

私の場合は、飾り気のない白い部屋に固定された空間にほぼ変わることのない景色。

そして移ろい続けることは、私の近くにいる人々の顔ぶれだ。

去り行く人の中には、嬉しい去り方をする者もいるが、その反面悲しい去り方をする者もいる。

そして私も恐らく近々、その去っていく者の一人になるだろう。

その日の深夜遅く、月明かりに照らされながら少女は静かに息を引き取った。


ふと耳に聞こえる微かな水の音。

生命の気配が感じられない暗闇。

目を開けてみて一番に驚いたのは何よりも最後に見た景色との差異だった。

「ここは……一体どこ?」

しかしその問いに答えてくれる者はいない。

仕方ない。歩いてだれか探してみることにしよう。

本当はゆっくりと眠りにつきたかったのだが……

その少女は覚束ない足取りで歩きだした。


歩き出すこと十分程たった頃、既に体力は殆ど残っていない状況に陥っていた。

呼吸が整っておらず、肩で息をしている。

まさに息も絶え絶え、満身創痍の状態だった。

そんな揺らぐ視界の中に白色の壁が薄っすらと見えた。

何もそれ以外に目印になるものがないのでなんとなく、その場へと歩を進める。

そして壁に行き着いたところまでは良かったが、特に何の変哲もないただの壁にしか見えない。

試しに壁に手をついてみると、その手は壁の向こう側へとすり抜けるようにして通ってしまった。

恐る恐る壁の向こう側と行ってみる。

その部屋には安置するようにして赤色の液体が入ったグラスが台座の上に置かれていた。

それ以外この部屋にはなにもない。

仕方ないので、覚悟を決めてその液体を飲み干す。

あれ?思っていたよりも甘い。

そう思った直後、全身にもう慣れてしまった痛みを超える程の激痛が趨った。

どうやら自分の予測は思ったよりこの液体よりも甘かったらしい。


「っ!……」

予期せぬ程の痛みで崩れ落ちるように、膝から倒れ込む。


しかしその激痛もほんの一瞬で過ぎ去る。

次にぼんやりと目に映った光景は、宙に浮いていて、こちらを覗き込むようにしてみている人だった。

見た目は中性的なので、ぱっと見では男性か女性かを見分けるのは難しい。

だがその顔には、「面白い」とでも言いたげな表情を浮かべていた。

そして突拍子もなく

「キャハハハハハ!」

と、高笑いを始めた。

「面白れぇな、お前。あれに耐えきれるなんてなぁ」

耐えきれる?……

先程の赤い液体を飲んだ事についてだろうか……

それに、今の状況を見て、「面白い」とは到底思えない。

「なぁ、お前もっと楽しく生きてみたくねぇのか?」

その質問には突拍子も、脈絡もなにもあったものではない。

「それは……そうですけれど……」


「ならさぁ、まずは立ち上がってみろよ」


立ち上がれといわれても、まず意識を保ち続けることですらやっとのことなのだから、それはかなり大変なのだが……

あまり無茶苦茶言わないでほしい。

どうしようもないので体力が立ち上がれる位まで回復するまでひとまず安静にしていよう。


そして、二十分……ようやく後立ち上がれる位まで体力が回復した。


「お前なぁ……体力なさ過ぎだろ。よくそれで生きて来れたなぁ……」


「まぁ……そうですね……それはよく言われます。それよりも、あの赤色の液体について何か知っているのですか?」


「お前があの液体を飲んで死んでいないからな。面白くてな、こういう奴も居るんだな……てっさ」

生きているかどうかで面白いというのは到底理解不能だ。

「あの液体は、劇薬だったということですか?」


「いや、劇薬じゃねぇし、あれお酒だからな。でも並大抵の人間だったら、命の保障はねぇな」


「えっと……じゃあ今私は……〖生きていない〗ということですか?」


「さぁ?どうだろうな?確かめてみるのか?」


そう言われて、心臓が有るであろう部分に手を当ててみる。


………ドクン………ドクン


よかった……自分はまだ生きているようだ。

不思議だ。こんなことを考えるのも本当に久しぶりだ。


それに気がついたら不死者だった、とか洒落にもならない。

それに先程から、明らかに感情の変化が普段と違う。

いつもより生きていくことに対して前向きな気分になる。


「まっ、お前が生きていようが、いまいが、ここで活動しているということは確かだからな。それで十分だろ」


「それを言ったらお終いですよ」


「なぁ、お前。俺の特技を覚えてみる気はないか?覚えておいて損はしないはずだぜ」


「えっと……特技とはどういったものですか?」


「一言で言うと〖自分の姿を変える〗というものだな。どうだ、覚えてみる気になったか?」


自分の姿を変える……

それは別人になれる可能性がある、ということだ。

ならば、覚えておいて損はしないかも知れないが……


「その特技を使った後、しっかりと元の姿に戻れるのですか?」


「あぁ。もちろん戻れるぞ。でなければ普通使わないだろ」


「そうですよね……」


言われてみればごもっとも、それは至極当然のことだろう。


「分かりました。是非とも教えて下さい」


「やっぱり、そう言うと思ったぜ」


それからしばらくたった後……


「あれっ?普段と違う感覚……」


そう、手先足先に至るまでいつもと感覚が違う。

もしかして……成功した……のかな?

自信が持てないので、聞いてみることにする。


「あの……しっかりと出来ていますか?」


「まぁ、第及点って所だな。まっ、それぐらい出来れば構わないだろ。試しに自分の姿を見てみたらどうだ?きっと面白いぞ」


そう言って、彼(?)はどこからともなく大きな鏡を取り出した。


自分からすれば、驚きの光景だが、彼にとっては、きっとなんでもない日常茶飯事の一部なのだろう。


せっかくなので鏡で確かめてみることにすると……

「誰……」

そう、そこに映っていたのは、自分ではない〖誰か〗だった。

「誰って……お前なぁ、それは紛れもなくお前自身なんだぜ」


そう言われても、全く身に覚えのない容姿である。

緑色の髪に蒼色の瞳、それが今みている自分で有るはずの人物の特徴だった。

変わったことはそれだけではない。

今まで抱えてきた痛みがまるで感じられない。

これはいったい……


鏡を見て呆然としている自分を見て、

「いっとくけどな、その技は姿をその場しのぎで、姿を誤魔化すようなものじゃねぇぞ。」


そう、その言葉で確信を持てた。

痛みがないのは、自分の体だったものとは、今は違う体になっている、ということに他ならないという事の証明ともいえるものだった。

それは、自分にとって喜ばしくもあり、悩ましくもあるものだった。


その理由は、〖今まで抱えてきたものを背負わなくてもいいが、自分ではないような感覚で生きていく〗のと、〖今まで抱えてきたものを抱えたまま、自分として生きていく〗のと、どちらが良いかとは、一概には言えないからだ。


そんなことを考え続けていると、

「まぁ、どう生きようがお前の勝手だ。どちらが良いかなんて、後々考えて行けば良いさ。」


「そんなものでしょうか?」


「お前みたいにグダグダと考えていたら、時間なんてあっという間になくなるぞ。お前らは使える時間が決まってんだから、もっとその時間を楽しく使えよ」


「あはは……善処します」


「まっ、それがお前らしくもあるんだろうけどさ」


その言葉を聞いた後、元の姿に戻ってみる。


「っ!」

痛い!痛い!痛い!

強打するような痛みが全身に奔る。

その痛みと、痛みによって零れそうな涙を必死に堪える。


「おいおい、大丈夫かよ」


「だ、大丈夫ですよ……」


「だらしないなぁ、あぁだらしない。痛いなら痛いって言えよ。気ばっか遣いやがって。他人にじゃなくて、お前自身に気を遣えよ。もっと自分を大切にしやがれ」


痛いに悶え苦しみながらも、その声だけは鮮明に聴き取ることが出来た。

それとともに意識は遙か彼方へと飛んでいった。




重たい瞼を開いて、天井を見上げるが、暗くてほぼ何も見えはしない。

ここがどこか確かめるべく体をゆっくりと起こしてみる。

僅かに痛いが、先程に比べれば大分良くなったほうだろう。

誰かが掛けてくれた毛布を見て、迷惑を掛けて申し訳ないという気持ちが湧いてくる。

きっと彼にこんなことを言えば、また呆れられるかもしれないな……


「おっ、やっと目が覚めたか」


「ええ……お蔭様で……ありがとう御座います」


「堅っ苦しいぜ、もっと気楽に話してみるのも悪くねぇはずだぜ」


そう言って彼は、満面に悪戯な笑みを浮かべた。


「この人生はお前のもんだ。好きにやりな」


「あの……そういえば先程の現象の原因って……」



「ああ〖お前が抱えてるもの〗は完全に消えた訳じゃねぇからな。今回は解除と偶々タイミングが被ったんだろ。あんまり気にしすぎんな」



「そうですか………」


その言葉を聞いて少しばかり落ち込んでしまったが、そればかりは、「仕方ない」と割り切って生きていくしかないのだろうか……


「じゃあ、俺は面白いものを探しに行くぜ。そしてこれはお前への餞別だ。」


そう言って彼は、こちらに袋とローブのようなものを私へと投げ渡した。


「有難う御座います」

その言葉を聞きながら、彼は後ろを向き

「絶対に死ぬんじゃねぇぞ!!」


彼はそうはっきりといって去って行った。


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