死んだ
死んだ。
理由は、分からん。
だいたい、死んだ本人に、死んだ理由なんてわかるはずもなく。
病気なら、だいたい想像はつくだろうが、いたって健康だった。
列車にも乗ってないし、道も歩いてない。空には、飛行機の影もなかった。
雨も降ってないし、カンカン照りでもない。
しいていえば、ちょっと人込みだったかも。しかしインフルエンザの菌がうつるにしても、潜伏期間というのがあるはずで、すぐにおっちぬなんてまず、ありえない。
死んだ年齢は。
うーん。
それが、なぜかよく覚えていない。
若かったような気もする。
でも、禿げで悩んでいた記憶があるから、あるいは年とってたかも。
なぜ若かったと感じたかというと、いま、自分はハングリーだからだ。
ひどく、おなかが空いている。
何か、食いてえ。
ふと、目を開けた。
どうやら自分は、今まで目を閉じていたようだ。
死んですぐ、だからか。
目を開けると、すぐにまぶしい光が目の中に差し込んできた。
「わ?まぶしいーっ!」
思わず、声を上げると、すぐそばで
「オホン」
という、たぶん中高年っぽいおばさんの声が、した。
目覚めたばかりのぼんやりとした目で、ゆっくりと見やると、推測通り、年のころアラフォーくらいのおばさんが、白いバスローブみたいのをまとって、突っ立っていた。
まぶしい理由は、そのバスローブの白い、あまりにも白すぎる、まるで漂白したみたいな白さゆえんだった。
「なんですか?おばさん」
声をかけると、おばさんは
「わたしは、おばさんじゃありません!おねえさん、です!永遠の18歳、アマテラス、です!」
と、どこかで聞いたことのある口調で、おばさんが怒った。
いや、自分がひっかかったのは、18歳のほうじゃなくて、アマテラスという名前だ。
その、どこかの国の神話に、確かアマテラスとかいう女神がいたとか、いなかったとか。
それに、自分も含め、おばさん…もとい!アマテラスさんがいる場所、なんだか白いふわふわの上だ。
雲?
雲にしては、なんだかすごいいいにおいがする。
それに、雲にしては、形がありすぎだ。
手を伸ばした。触れる。ちぎった。食べた。
食べたのは、腹が減っていたからだ。
「うん!いける!」
むしゃむしゃ食って、そこら辺の雲という雲を食い散らした。
ふと気づくと、アマテラスおばさんが、顔を真っ赤にして、鬼のような表情になってた。
あ、しまった。雲を食ってしまった。どうしよう。
でも、食ってしまったものはしかたない。
ここは、1日半待ってもらって、尻の穴から雲が出てくるのを待つか。
いや、おなかの中で雲は消化されて、違う形になってるかも…。
「スサノ」
うん?誰、それ?
きょろきょろしてたら、おばさんが
「まあ、いいでしょう。これで、あなたは正式に神格に戻ったんだから」
意味が分からん。
「わが弟、スサノ!あなたは、ゆえあって今まで、地上で暮らしていました。緊急事態が発生したので、寿命なかばで死んでもらい、ここに呼び戻しました」
え?ええ?えええええーーーーーーー?
急な話に驚いたが、なぜか、すぐに納得した。
たぶん、この環境のせいだ。
周りは、一面見渡す限りの、雲、雲、雲。
そして上は、抜けるような青空…と思い、上を見上げたら、なぜか、真っ暗だった。
夜かと思ったが、星も月もない。
しばし上を見上げてぽかーんとしていたら、おばさん、いやおねえさんが
「そう。いま、この星は、完全に死滅してしまっています。死滅して大気がなくなり、結果、宇宙空間が見えなくなりました。原因は、環境破壊、温暖化、そして第三次世界大戦、でした」
と説明。
夜空に月や星が見えるのは、大気圏があるからだというのは、どこかで聞いたことがある。大気圏がないと、真空のため、何も見えないのだそうだ。
「そこで、スサノの使命ですが」
指名?
「オホン、このおバカぶりは、100万年経っても変わりませんね?あなたが、これから地上に降りてなすべきこと、です」
ああ、使命ね?それくらい、知ってらあ!
「あなたは、この死滅した地上に、再び文明を作り、人類を栄えさせなければいけません」
どうやって?
「それは、あなたが考えなさい!」
って、それは無茶ぶりすぎっしょ?
困った顔をしていると、おば…じゃない、おねえさんが
「なにもないのもあれですから、これを持っていきなさい」
と小さな箱を、ポンと渡してきた。折り紙で作ったような、とてもとても小さな箱。
「それは、スクナ箱と言います。困ったときは、その箱を開けなさい」
少な箱とは、珍妙な。そんなもん、役にも立たん。
「ところで、おねえ…さんは、地上に降りないんですか?」
「ああ、わたしは、降りません」
なんで?
「誰もいない場所に行くと、顔がふけるから、です」
はあ?おかしなこという、おばさんだな?
でも、聞いたことがある。女子という生き物は、他人に見られてなんぼだと。見られることにより、若さを保つらしい。
「それじゃ最後に、質問、いいですか?」
「はい、何でも聞いてください」
「おねえさんがアラフォーってことは、余は、35歳ですか?」
自分のことを言う時、僕、とか、おれ、とか言おうと思ったのに、なぜか<余>という一人称が、出てきた。これじゃ、神さまというより、帝王だ。
「オホン!わたしは18です!だから、スサノは、15です!これを、見なさい」
おねえさんが、鏡を見せてきた。
そこには、なるほど中学生か、高校生くらいの余が映っている。
というか、余は、こんな顔をしていたのか?なんともぼんやりした、どこにでもいる、普通の普通過ぎる男子じゃねえか?どうせなら、超絶イケメンに生まれ変わりたかったよ!
ただ、気になったのは、おねえさんの姿が鏡に映った時、18歳の女子高生みたいに見えたことだ。鏡を通さずにリアルの目で見ると、アラフォーにしか見えんのだが…。
「それじゃ、おねえさん、さようなら。地上に降ります。では、お達者で」
と余は、雲からぽんと、なにげに下へ飛び降りた。