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H2Y  作者: 大塚めいと
8/22

Act 2-4 「ヒロと死体」

廃病院っていいよね。





 外は本格的に雨が降っていた、地面はぬかるんで足を踏み込むと泥のしぶきが舞い上がった。わたしは走った。もうこのまま自分の家まで走り続ける勢い。今のわたしのスタミナは絶え切ることを知らないようだ。






 数分前に霊安室で目の当たりにした謎の[死体]。[死体]の性別は女性、顔はうつ伏せになっていたので分からないが、黒い長髪とその体つきから間違いはないと思われる。

(女装が趣味の男という可能性もあったけど…。)






 そしてその情報から[死体]がハルでは無いことも分かった。






 死体の背中に刺さった刃物から判断するに、間違いなく何者かに殺されたものと判断できる。






 さらにその[死体]は死体になってからそれほど時間は経っていないことも分かった。一瞬視界に入れただけで分かるほど、刃物にこびり付いていた血液に瑞々しさが残っていたからだ。






 つまりその[死体]を作り上げた犯人もあの廃病院に残っている可能性もある。






 要するに、この廃病院にとどまることは非常に危険である。






 自分がすべき行動はただ一つ「ダッシュで逃げろ!」だった。






 足に怪我を負っていたことなんて蚊がたかった程度にしか気にならなくなっていた。とにかく自分の後方にそびえたつ魔性の建造物から距離を離すこと。それだけが大事だった。






 「あッ!」






 メロスの如き自身の疾走に急ブレーキをかける。この走りを止めた犯人、それは一本の橋だった。






 先ほど廃病院内で見た漂流島ポスターの地図によれば、廃病院は一つの大きな川と海により分断され、さながら孤島のようになっていた。

その川を渡す為15mほどの錆の付いた鉄で構成された一本の橋が架かっている、それが病院へ渡る為の唯一の導線だ。






 だけど今、島にとって重要な役割を担うその橋は…






 「切れてる…途中で…。」






 コンクリートで作られたその橋は、ちょうど中央の部分が削り取られ、向こう側までの約4mは足場が無かった。向こう側に渡るには、橋の代わりになる板か何かを架けるか、それとも走り幅跳びの要領で向こう側まで飛び越えるかのどちらかをしなければならなかった。






 だけど右足を負傷、雨で滑りやすくなった足場、さらにわたしが過去に計測した走り幅跳びの最高レコードは3m15cmという三つの不安要素により、後者のプランは8mはあろう高さから、川底に突っ込むことになることは間違いない。






 それなら前者の向こう側まで、代用の橋を架けるプランなら…。






 だけど現実はことごとく残酷だ、向こう側まで渡せる4m以上の丈夫な板や角材の類は何一つ落ちていなかった。それらの存在を期待できる場所はただ一つ。






 「霊安室…。」






 ほんの一瞬だけ目視しただけで、はっきりとは確認できてはいなかったけど、霊安室には死体の他に、大きな脚立の様な物が放置されていたと思う。その脚立で橋を架ければ向こう側に渡れるかもしれない。






 ただ、病院に戻ったら正体不明の殺人鬼に殺されてしまう可能性もあった。かといってこのままの状況では病院から脱出もできない。だけど…。






 もしかしたら、ハルもあの病院にいるのかも知れない…そうだとしたら、ハルがあの[死体]のように殺されてしまうことだってあり得る。






 未だに確認できていない親友の安否。迷いは一気に絶ち消えた。






 わたしは再び正体不明の殺人鬼が潜んでいるかもしれない魔の廃病院に引き返すことにした。






 ハルの捜索と橋に架ける足場の確保。恐怖で心臓が大げさなリズムを刻んでいる、わたしは今こそが人生で一番の正念場なのだろうと感じた。

10年分ぐらいの勇気を前借りして振り絞る。そして廃病院へと足を踏み出した。






 が、その前に一つの疑問が生じる。






 わたしがここに運ばれた時は、どうやってこの橋を渡ったのだろうか?












廃病院って怖いよね。

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