Act 4-1 「ヒロとその後」
黄土島から脱出して、その後……
食堂前テラスは本日も快晴の為、学年を問わず、数多くの生徒が円形テーブルを囲み、賑やかな活気を満たしていた。わたしは親友である「ハル」こと「佐藤春美」の到着を待つ為、一人場違いな空気を作りながら、黙々と空っぽになったオレンジジュースのストローを甘噛みし続けていた。
一カ月。そう、あの漂流島の一件からほぼ一カ月が経とうとしていた。
わたしたちはあの忌々しい殺人鬼、双葉の魔の手から逃れ、虹クラゲ号の事故救助にあたっていたレスキュー隊により、無事救助された。
双葉が火を放ち、燃え盛った旅館は思いのほか大規模なものだったらしく、たまたまそれに気づいた対岸の住人が通報してくれたおかげで、わたし達は魔の孤島からやっとのことで脱出できた。
救助された直後、わたし達は一躍センセーショナルな人物として脚光を浴びてしまった。なにせ、わたしとハルを含め、5人しか見つからなかった大規模なフェリー事故の生存者がたまたま話題沸騰中の漂流島にて発見されたというのだから、これに興味を抱かないマスコミ関係者はまずいないだろう。
オマケに時効寸前だった2億円事件の犯人と謎の連続殺人犯まで同じ島で発見、逮捕されるという特ダネの三重奏により、テレビやネット上ではお祭り騒ぎが起きた。
わたしとハルは何日かルポライター達の洪水のような質問責めの洗礼にほとほと参っていた。しかし、ほどなくして国民的人気アイドルグループD-tactが突然の解散宣言。人々の関心はそちらにシフトチェンジされ、そのおかげでわたし達は平静の日常を取り戻した。
わたしとハルは現在いつも通りの高校生活を送っている。夏休みが明け、新学期開始直後は、色々と他の生徒から事故の詳細について質問されたり、勝手に写真を撮影されたりと、好奇心の集中砲火を浴びたけど、やっぱり一週間もすれば興味も薄れ、わたしは読書好きなおとなしい文系女子の定位置に再び落ち着いた。
わたしとハルがどんなに質問されても、一貫として「よく覚えてないっス。」の一点張りだったことが功を成したのだろう。
わたし達はこの事故の詳しいことはなるべく他の人には話したくはなかった。なぜならお互いに殺された人間の姿を目の当たりにしてしまったワケで、島での一件は早く忘れたかったからだ。
事件以来ハルはボストンバッグを見るだけで死体の表情を思い出してしまい、トラウマを抱えてしまったらしい。わたし自身もしばらく廃病院でさまよう悪夢にうなされていた。
そんな心身ともに狼狽してしまったわたし達に対して、あの羽田さんは違った。前向きだった。
羽田さんはあの島から救助され、そのまま警察に自分が2億円事件の犯人であることを自首し、現在贖罪の段取りを着々と進めている。盗んだ2億円に一切手をつけていなかったことと、自ら出頭したことが考慮され、罪は若干軽くなるそうだ。
「これからしっかりと罪滅ぼしをしようと思う。自分の心の中にあった黒い靄が少しは晴れてきた感じだ。」
羽田さんはわたし達に充てた手紙にその様に綴っていた。元は真面目な良い人なんだと思う。確かに事故にあった人を見殺しにしてしまい、大金を盗んでしまったことは大きな罪だけど、わたしにとってはかけがえのない親友を助けてくれた恩人でもある。がんばって罪を償って欲しいと思う。
わたし達に大きな変化を与えた漂流島での一件。その中でも特筆すべきは、やはり、ある一人の男と巡り合ったこと。これに尽きる。
「ヒロ!ごめんごめん、また近藤先生に捕まって遅れちゃった。」
ハルがいつもと変わらないキラキラとした演出効果を錯覚させるような明るい笑顔の小走りでこちらに向かってきた。漂流島の一件からは完璧に立ち直ったているようだ。
「ヒロ、話があるって…やっぱりあのことなんでしょ?」
「そう、アイツとやっと話ができるようになってね。」
わたしが今日、ハルを呼び出したのは言うまでもない、なかなか表に出てこなかったアイツが、ようやくわたしの声を聞いてくれてこの場に来てくれるという約束をしてくれたからだ。
アイツの名前は「ヨシヒコ」双葉に膝をお見舞いし、わたしとハル。そして羽田さんを絶体絶命のピンチから救ってくれた命の恩人だ。
「じゃあ、ヨシヒコ、お願い。」
その男の正体はわたし。
詳しく言えば解離性同一性障害によって生まれたわたしの中のもう一人の人間。そう、わたし鈴木寛子は、二重人格だった。
わたしの中のもう一人の人格が、「ヨシヒコ」なのだ。
「おぅハル、久しぶりだな。」
SMAPも解散しましたね……




