Act 3-6 「ハルと絶体絶命」
絶体絶命!!
「形勢逆転だ!やっぱりオレはツイてる!」
双葉の左腕が私の首にめり込み、右の頬には今にも突き刺さらんばかりにナイフを付きたてられている。
首筋に当てられる生温かい吐息が一層に恐怖を掻きたて、体が震え、動かない…私を拘束している男は先ほどまで陽気に接していた双葉洋介とは全くの別人、連続殺人犯としての一面を発揮した狂人と化していた。
「よせ!双葉!その子は関係ない!」
羽田さんの声も届いていないようだ…双葉はひどく興奮して鼓動が高まっている様子が私の背中からも伝わるほどだった。
「ハル!」
ヒロの声に、双葉は反応を起こした、右手のナイフを私ではなくヒロの方に向け始めたのだ。
「あんた…寛子って言ったっけなぁ…助けたいのか?この子を?」
嫌な予感が私の中で爆発しそうになった、双葉が今まで殺してきた女性の特徴は「黒髪ロングの髪型」そしてヒロの髪型も…。
すると突然双葉は持っていたナイフをヒロの目の前にふわりと投げ捨てた、一瞬、観念したのかと思ったらそんなことはあるはずが無かった、双葉はすぐさまポケットから別の折りたたみナイフを取り出し、私に突きつけ、ヒロに対して何やら喋り始めた。
「その髪型でオレの目の前に立ったことを後悔するんだな…。寛子、ナイフを拾え!拾ったら自分を刺し殺せ! そうすれば、この子と羽田は見逃してやるよ…もちろん2億もオレのモノだがな…。」
私の頭の中は沸騰するように熱く、めちゃくちゃに揺れ動いた。交換条件にヒロに自害をさせるなんて…そんなこと絶対にさせないし、出来るわけがない。
「ヒロ!駄目よコイツの話なんて聞かないで!どうせ全員殺すつもりよ!私に構わず二人とも逃げて!!お願い!!」
「黙れ!クソ豚が!」
私の訴えが癇に障ったらしく、双葉は渾身の力で私の首を絞め、ナイフが少し首筋に触れて生温かい血液が滴り落ちた。
「やめて!!」「やめろ!!」
ヒロと羽田さんが同時に声を上げ、ほんの一瞬、辺りには後ろで燃え盛る炎の音だけが静寂とも言える「間」を作り上げた。
「わかった…。」
ヒロは一言、殆ど聞き取れない程の音量で一言つぶやき、ゆっくりと足元のナイフを拾い上げた。
「ハル…ごめん。」
………………………………
もうやめて!悪夢なら覚めて!ヒロが今、まさに、私の目の前で…自分を殺そうとしている!そんな現実なんて認めない!認めたくない!
「おぉぉー!これはすげぇ!すげぇよ!友達の為に自ら命を投げ出すつもりだ!すげぇ!美しいよ!!美談だ!!おもしれぇよ!!」
双葉の下品なセリフが絶望感に拍車を立てる。
「…ひとつだけ言わせて…。」
突然ヒロがいつもとは違う雰囲気の口調で喋りだした…。
「双葉…だっけ?あんたの名前…?」
「………!どうした?……怖気づいたのか…?」
双葉も動揺している…?
もしかして、これって……………体育倉庫の時の…?
「ナイフってのはこう使うんだよ!」
一瞬だった。
ほんの一瞬の出来事だった。
ヒロの右手にあったナイフが気付いた時には双葉の右手の甲に突き刺さり、文章には表わせないような絶叫が私の耳を振動させた。
拘束の解けた私はとっさに双葉を振りほどき、恐怖の呪縛から解放された。
さらに次の瞬間、目の前を颯爽と通り過ぎる影が双葉の頭を両腕で捕えながら飛びあがり、強烈な右膝を殺人鬼の顔面にめり込ませた。
ナイフを投げつけ、飛び膝蹴りを見舞いする一連の動作は流水のように全く無駄が無く、美しくも感じた。そして信じられないことにそれをやってのけたのは、紛れもなく、あのヒロだったのだ。
双葉がゆっくりと倒れ、泥水のしぶきが私の顔を汚した。数秒の静寂が出来た、気持ちが若干の落ち着きを取り戻すと、前方には予想外の出来事にあっけにとられ、瞬き一つせずにこちらを凝視している羽田さんの姿があった。
尻餅をついて座り込んでいる私の目の前に一人の人間の影が私に覆いかぶさった。恐る恐る上を見上げると、そこにはいつもとは考えられない程の凄みを発散しているヒロが私を見降ろしていた。
「よう、また危ないところだったな!」
ヒロは笑みを浮かべ、そう言い、手を私に差し伸べた。
膝蹴りは危険。