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H2Y  作者: 大塚めいと
15/22

Act 3-2 「双葉と炎上」

双葉のターン。





 オレはこの廃旅館のことなら天井のシミの数だって分かるくらいに熟知している。






 たとえば3階にある掃除用具をしまうロッカーの場所。それくらいは目を閉じたって分かる。オレはその中に隠れて羽田をやり過ごすことに成功した。あとは死体の処理と札束の回収だ。






 本当に今日はツイてない。羽田をこの島に送って船の予備燃料を取りにこの旅館に来たら妙な女が秘密の部屋の扉をボルトカッターで無理やり開けてやがった。






 さらにそいつは部屋の死体を見つけるや否や、カメラで写真を撮りまくる始末。「スゴイわ!」だとか言って興奮しながらシャッターを切っている姿は浅ましいことこの上ない。死体を見たら子供みたいに喜んで写真を撮りまくる。そんな大人にはなりたくないもんだな。






 取り敢えず邪魔だったから後ろから首を締めた。それから2~3発ほど殴ってやればおとなしくなるだろうと思ったが、この女、思ったよりも力が強い。






 長く伸びた爪で何度も手を引っ掻かれて思わず首を締める力を緩めちまった。その隙にオレの手を振り払って逃げちまったんだが、ありがたい事にカメラは床に落としたままだ。

もしあの女が記者だったとしたらプロ失格だな。





 本来ならこのカメラに収められた画像がこっちの手に入れば別にこのままあの女を放っておいても良かった。その時オレはサングラスと帽子をしていたから顔も見られて無いはずだしな。まぁ死体の場所を移すのは面倒だがしょうがない、ポリシーに反する殺しはなるべくしたくはなかった。






 だけどオレは見ちまったんだ、颯爽と廊下を走る女の後ろ姿を。オレを振り払った際に束ねていた髪がほどけてあらわになったその髪型をオレに見せつけやがった。肘まで伸びた黒髪を。






 オレは爆発しちまったんだ。






 オレが追いかけ始めた時には女の姿を見失ってしまっていたが、どっちにしろあの女も帰りの船がくるまではこの島から出ることは出来ない。取りあえず姿を隠しそうな場所を手当たり次第に探すことにした。






 30分ほど探したのだろうか、廃病院へ渡る為の橋に異変があることを発見した。あの橋は途中で途切れてしまっている。どっかの誰かが向こうに渡る為に長い板切れを架けてあったのだが、それが無くなっている。






 あの女はバカだ。これじゃ私は廃病院に隠れていますと言っているようなもんだ。






 板切れを落としてしまえば廃病院まで来られないと思ったみたいだが、オレはこの島のことは何でも知っている。その橋に架かっていた板切れはすぐ近くにある建物の工事に使われていた足場の一部であり、その場所に大量に放置されていることをオレは知っていた。






 別の板切れを橋に架けて難なく廃病院にたどり着いた。そしてまずは受付近くのトイレから捜索することにした。






 ドアを開き、そこには誰もいないことを確認すると、廃病院の奥から大きな足音が聞こえた、あの女かと思ったが、その音の正体は違った。






 廃旅館で女を発見した1時間ほど前にこの島に船渡しをした羽田だった。まるで幽霊に追われているかのような必死の形相で走って病院の外へ出ていった。






 トイレのドアでオレの姿は隠れていたので羽田に存在は気付かれなかったが、気になる。一体羽田は何故あんなに必死になって逃げ去って行ったのか?






 廃病院の一階の奥には霊安室がある。そこに何かあったのだろうか?羽田が戻ってくる気配は無かったのでオレはそのまま霊安室を調べることにした。






 オレは幽霊だとかUFOといった類のオカルトはまるっきり信用していない。霊安室だろうが墓場だろうが霊現象など絶対あるハズは無いと考えていたから一切の恐怖を感じることは無かった。

(さっき幽霊に追われているかのような、などと表現したがあくまでも表現方法の一つとして使っただけだ。実際に幽霊がいるとは思っていない。)






 霊安室のドアを開く。






 オレは驚愕した。






 その驚愕は恐怖から来る物ではなく、一体なぜこうなった?という疑問を孕んだ驚愕だ。






 まず霊安室の床のタイルが一枚剥がれている、そのタイルが剥がされた下には大量の札束があった。






 そして青いボストンバッグが一つ床の上に寂しく放置されている。このボストンバッグは確か羽田がこの島に来る時に持ってきていたものだ。






 そして部屋の隅は…探しに探した一人の女がカゴの中の小動物のようにビクビクと震えてこっちを見ている。






 札束にボストンバッグ…そういうことか…






 オレは持っていたナイフを一突き。取りあえず女を殺した。






 女の死体は後で廃旅館に運ぶとして、問題は目の前で黄金色に輝く札束だ。思わぬ臨時収入に歓喜した。羽田が持ってきたボストンバッグに床下の札束を全て詰め込む。






 オレは夕方になったら羽田を船で迎えに行く手筈になっていた。金は一旦廃旅館の秘密の部屋に隠して、羽田を送った時とは別の船着場に隠してあるボートに乗り、あたかも時間通りに羽田を迎えに来た体を取れば大丈夫だろう。金はまた明日にでも取りに行けばいい。






 だけど計画ってのは何事も予期せぬ邪魔が入るものだ。金を廃旅館の秘密の部屋に隠し、さて、船着場に行くかと廃旅館を出ようとしたその時、まさか羽田とこの場所で鉢合わせるとは…。






 さらに面倒くさいことに、あの春美だ。






 フェリーが事故ってこの島に流れ着いただと?一体今日という日はどれだけ偶然が続けばいいんだよ?






 さらに不運なことに外はいつの間にか大雨だ。一晩この島で過ごさなくなっちまった。まぁ秘密の部屋には頑丈な鍵をかけているし、なんの部屋かと聞かれたら船の予備燃料を隠している部屋だと言えばそれで良かった。実際死体と一緒に燃料も隠していたわけだし。






 だけどよ。なんで? マジでなんでだよ? あの女、春美。






 どうやったのか知らんが、秘密の扉の鍵を開けちまった!ボルトカッターを持参して観光する女の次はピッキングができる女子高生だと!マジで最近の女はどうかしてる!

羽田と春美には悪いが、顔を見られちまった以上は死を持って口を封じさせてもらう。さっき外で馬鹿でかい音がしたが、間違いなく非常階段が崩れた音だ。悪いな春美ちゃん、本当は死なせたくは無かったが仕方がない、君が鍵を開けたのが運の尽きだ。






 「さて、コレでよし。」






 オレは船の予備の燃料を廃旅館2階から1階にかけてまんべんなく撒き散らした。






 この廃旅館を始め、島内の建物のほとんどが低コストで作られ、火災対策などほとんどされていないと聞いたことがある。






 廃旅館の外に出てジッポライターを投げ入れるとあっという間に炎が広がった。雨など関係なしに轟々と雄叫びを上げる炎。秘密の部屋の死体も同様に燃えていることだろう。

女の長い黒髪で顔全体を覆い、スダレをくぐる時の様に髪をかき分け、露わになった顔が日に日に崩れ落ちる様。それを観察することが俺にとっての至上の快感だった。






 ワイナリーが葡萄を発酵させ、飲み頃のワインが出来るまで何度も状態をチェックするように、オレは何度もこの場所に足を運び、死体の髪をかき分けて熟成の度合いを確認していた。






 それがライフワークだったが、今日でひとまず休業だ。非常に残念ではあるが、また別の場所と素材を見つければいい。それだけだ。






 廃旅館に残された羽田はこのまま焼け死ぬか、それとも3階から飛び降りるかのどちらかだ。焼け死ぬならそれでよし、飛び降りたならのた打ち回っている間にナイフを突き立てれば問題ない。






 この島に来るのも今日で最後だろう、死体を隠すのにはもってこいの場所だったが、まさか映画の題材にされて観光客が増えるとは思わなかった。そろそろ潮時で別の隠し場所を探そうとした矢先にこの札束の山だ。肩にかけたボストンバッグの重みが心地良い。まさに至福の重みだ。






 しばらくオレは廃旅館の燃えあがる様に見入っていたが、いかんいかん、非常階段と共に崩れ落ちた春美の死体と、3階から飛び降りたかもしれない羽田の姿を確認しなければ。






 廃旅館の入り口とは反対側に回りこむ。非常階段の残骸がぬかるんだ地面にめり込んでいた。






 パッと見て春美の死体は見つからない、鉄くずの下敷きになってしまったのだから当たり前かと思い、ふと上を見上げると、予想外の光景が再び目に映り込んだ。

3階の窓から長いロープが垂らされている。と言うことは…。






 焦って後ろに振り返ると、巨大な壁が目の前にあった、いや、壁の様に巨大に見えた羽田の巨体だった。壁の正体が羽田だと分かったその瞬間、オレのアゴに強烈な衝撃が走り、その衝撃は脳みそを振動させた。






 ああ、やっぱり今日はツイてない。












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