Act 2-9 「ハルの羽田への疑惑」
ハルの調査回。
「春美ちゃん…」
双葉が今までとは一転して、陽気な口調とは違うシリアスな雰囲気の口ぶりで話しかける。
「なんですか?」
「気にならないか?」
突然の振りに私は双葉が何を言いたいのか皆目見当がつかなかった。
「なんの事ですか?」
と返すと双葉はじれったそうな口調で
「羽田のことだよ!」
と当たり前だろ、と言わんばかりにやや荒ぶった口調で言う。
「羽田さんの…?どういう意味なの?」
私にとっては、浜辺で助けられた後、励ましてもらい、さらに今、寛子の捜索に雨の降る中に出向いてもらっている。いわば恩人だ。卑しい二面性をあの人が持っているハズなど無いと絶対の信用を寄せていると表面上の感情では見せていたが、どうしても不審に感じる所はあると裏では感じる所があった。
「あの人はよ、観光目的でこの島に行きたい。だなんて俺に言って船渡しを依頼してきたけどよ、やっぱどうも怪しいんだよな。」
「ふざけたこと言わないでよ!」というようなスタンスで双葉に対応するも、双葉はお構いなしに話を続ける。
「まずよ、映画の影響でここに来た、だなんて言ってたけどよ、どうもあの人、その映画を見ていないっぽいんだよな…。」
「そうなの?」
「まさかあんな結末だったとは!とか、登場人物全員にあんな共通点があったとはー!とか話を振っても、そうだっけ?とかそうだったなとか、面白味のない返事ばっかりでさ、映画そのものに興味が無いって感じだったぞ。」
「ただあなたと話をしたくなかっただけじゃないの?」と口先まで出かかったけどとりあえず言わないことにした。
だけど実は私も若干同様の疑問を抱いていた。映画に感動してこの島に来た、などと言ってはいたが、カメラの一台も持たずに手ぶらでうろついていたのは少し変だなと感じていた。
「それによ、あの人ここに来る時はどでかいボストンバッグを抱えて来てたんだけど、さっき会った時は持ってなかったよな、どこかに置いてあるのかも知れないけど、そもそもなんであんなでかいバッグが必要だったのか怪しい。三泊四日の旅行にでも行くのかと思うぐらいのでかいバッグだ。この島に行く為の荷物にしちゃ多すぎる。」
双葉と話をすればするほど私が心の中で抱いていたほんの埃の一粒のような羽田への不信感が徐々に巨大化していく。
だけど、まだ会って数時間しか経っていない羽田という人間に対し、謎の信頼とも言うべき安心感もあった。私はその安心感を裏切ることなど出来なかった。
「双葉さん…あの…ちょっとすいません…。」
「なに?」
私は取り敢えず話を一旦逸らしたかった。
「なんか背中にキズがあるみたいなの、なんかズキズキして、鏡がある部屋で確かめたいんだけど…。」
「え!?…そうか、それなら二階にトイレがある、鏡ならそこにあるかもしれない。」
「二階…分かった。」
本当のところは背中に痛みなど感じていなかった。ヒロの安否、羽田の正体、あらゆる不安が心に積もり、これ以上双葉とは話をしたくなかった。
取り敢えず気持ちをリセットするために一人になりたかった。
「階段を登ってすぐ左側、あ、あとこれ持っていきな。」
双葉はポケットからペン型の小さなLEDライト私に貸してくれた、何度もここに来たことがあるのだろう、本当に用意がいい。
「ありがとう。」
双葉も私の気持ちを察したのか、余計なことなど一切喋らずに最低限のことしか喋らなかった。
ヒロは無事だろうか?羽田さんは本当にただ観光でここに来たのか?様々な思いがミックスされ、心が圧縮される。二階へと続く階段を登るにも力が入らない。錆のついた手すりにしがみつき、ゆっくりと足を持ち上げた。
廃旅館の二階に辿り着くと、まず一階とは違う重い空気があることを感じる。軽く見渡すと、二階の窓のほとんどは割れていて、窓枠だけがかろうじて窓というアイデンティティを保っている感じだ。
私は何の気も無しに二階の荒れに荒れた廊下に立ち尽くした、足元には剥がれた壁の破片や割れたガラスが散乱している。
相変わらず外は大雨、灯りは双葉から手渡された小さなLEDライトの頼りない光線のみ。今更ながら、この廃旅館の醸しだすオカルトじみた恐怖のオーラに圧倒される。一直線に伸びた廊下のさきにはライトで照らしても何があるのか分からないほど濃い闇が鎮座し、異世界へ誘おうとでもしているような錯覚も覚えた。
こんな時、ヒロがいたら半泣きで私にしがみついてくるんだろうな。
ヒロの微笑ましい行動を想像し、つい小さな笑みをこぼし、気持ちの落ち着きを取り戻した。
大丈夫、絶対羽田さんが見つけてくれるハズ。
私はほんの少し元気を取り戻した、双葉の待つ一階に戻ろうときびすを返すと、廊下の奥でライトの光を鋭く反射させる一つの物体に目を奪われる。
近寄って見てみると、そこには両開きの大きな扉があった、その扉は取手につながれた鎖と大きな南京錠で封印がされていた。
しかも奇妙なことに、扉自体は50年以上の年季の入った風格を醸し出しているのに関わらず。その扉を閉ざす鎖と錠だけは新品と言っていいほどの輝きがあった。それ故にライトの光を一際大きく、明るく反射させたのだ。
なぜこの扉だけが最近になって鍵が付けられたのだろうか?誰が?何のために?
しかも良く見れば扉を繋ぐ鎖には工具でねじ切られたような跡があった。一度何かで鎖を強引にねじ切り、南京錠のロックなど関係無く扉が開かれたようだ。
気になった私は髪に付けていたヘアピンを一本外し、南京錠の鍵穴に挿し込む。これしきの鍵をピッキングすることは造作もないことだった、2分ほどで解錠に成功した。
扉を押し開けて中に入る。その部屋は8畳ほどの広さ、多分リネン室に使われていたみたいだ。大きなカゴや、今やただのぼろ布と化したシーツと思しき物が散乱している。
床を光で照らし、注意深く目を凝らすと、何やらこの部屋には似つかわしくないボストンバッグが7つも置かれている。
そのバッグも見るからにごく最近に作られた物と分かる。
ひょっとしてこの島にちょくちょく冷やかしに来る連中がキャンプ道具などを勝手に保管しているのか?その程度の予想でボストンバッグのジッパーを思い切り引き下げた私はすさまじい後悔をすることになった。
私は悲鳴を上げた、小学生の頃、学校の帰り道で見知らぬ親父に生まれたままの姿を見せつけられた時も悲鳴を上げたが、その比ではない。肺の中の空気が全て吐き出されたかのような、自分の口から出てきたことが信じられないほどの全身全霊の絶叫だった。
その音は廃旅館を縦横無尽に反響した。
一階にいた双葉が、猫のように素早く私の元へと駆け込んできた。
「大丈夫か!?」
私は腰を抜かし、異様な水玉の汗を大量にまとっていた。
「春美ちゃん!どうしたんだ!?」
「双葉さん…あ…あれ…。」
「このバッグに、何かあったのか?」
双葉はジッパーの開かれたボストンバッグを覗き込み、絶句した。
そのボストンバッグから見えた物は紛れもなく人間の、女性の顔だった。
その女性の顔は時が止まったように固く、冷たく、間違いなく命を終えた死体だった。
「マジかよ…。」
私はまさかの事態に混乱を隠し切れず、真冬のプールに飛び込んだかのように全身を震わせてしまっている。けど双葉は違った、何かを悟ったかのように部屋の何も無い一点をまっすぐ見つめている。
「羽田の正体が、分かったかもしれない…。」
「どういうことなの?」
決定的な確信を掴んだ双葉は、やや動揺しつつも私に説明をした。
「知ってるか?最近S県で女が次々と行方不明になるって事件があるんだ、確か人数は6人だった。」
「まさか…羽田さんが…?」
「間違いない、その事件の犯人だ」
今まさに親友のヒロを身を挺してまで捜索してくれいている恩人が、凶悪な所業の犯人だとは信じたくなかった。
けど次の双葉の発言で、その心は一切信用できるものではなくなった。
「その、端っこにあるボストンバッグ…俺がこの島に羽田を連れてきた時に持ってたバッグなんだよ、大事そうに抱えてたんだ、その青いボストンバッグを…!」
予想が確信に変わった瞬間だった。
「つまり…羽田さんは殺した女性を隠すためにこの島に来たって…!?」
「そういうことだろう…多分…。」
この部屋にあるバッグは7つ、今までわかっている行方不明の女性は6人。羽田は7人目の死体をこの島に運び、そしてこの廃旅館リネン室に放置、全ての作業が終わった後で偶然私を発見した。ということになる。
「もう一つ、大事なことがある、行方不明の女は皆同じ髪型、黒髪のロングヘアーの女だけがいなくなっている…話に聞くと君の友達の髪型は…。」
「まさか…ヒロを探しに行った本当の理由って…。」
ヒロの髪型は長く、色は染めていないのでもちろん黒い。
「…ヒロが…殺されちゃうの!?」
解いてはならない魔の方程式が出来上がってしまった。
「ヤバイぞ!とにかく急いでここからでよう、あいつが戻ってくる前に!」
この呪われた廃旅館から、一秒でも速く脱出しなければならない。そしてヒロを探さなければならない。なんとか立ち上がり、双葉と共に一階の出口へと向かう。が、その足は無情にも止めざるを得なくなる。
「どこだ―――!どこに行った!!」
階下から声がした。
羽田さんの声だ。
ヘアピンで南京錠開けるヤツってホントに出来るのか?




