Act 2-7 「ハルと双葉洋介」
新キャラ登場。
「どうしよう…羽田さんに何かあったら…。」
「大丈夫、大丈夫!あの人は体もデカイし、この島の地理には詳しいみたいだから心配しなくても死ぬことはないって!」
さきほどこの廃旅館でたまたま鉢合わせた男。その正体は羽田を小型の漁船でこの島まで運んだモグリの船渡し「双葉洋介」だった。
一旦羽田さんを島まで運んだ後、指定の時間に再び迎えに行くつもりだったが、大雨の気配を感じ取り、すぐ島に引き返したらしい。
「春美ちゃんはゆっくり休んでなよ。俺が見張ってるからさ。」
羽田の肌は小麦色を通り越してチョコレートのように焼けている。その肌の上に直に羽織られた黄色いハイビスカス模様のアロハシャツ。コントラストが映える真っ白な歯が一斗缶の中で燃える焚き火の光を反射して輝いている。20代前半位の歳だろうか?
羽田の落ち着いた大人の雰囲気とは対照的に、子供のような無邪気さと明るさを全身から無条件に発散させるタイプ(いわゆるチャラい感じの)の男だ。
「この場所は俺もよく使ってるんだ、浜辺から近いから帰りのお客さんとの待ち合わせに指定したりする。あと万が一の時の為に船の燃料もここに隠してたりね。いやーまったくそんでさ、あの人をこの島に連れて来てよ、一旦港に戻って時間まで待ってようかと思ったんだけど、まあ空が急に荒れだすわで、すぐに引き返したんだけど、あの人が見つからなくて困ったよ!そこら中探し回ってさ、この旅館に辿り着いたんだけど、物音が下からするんだよなこれが、あの人かと思って降りて見たら………………」
頼んでもないのに双葉はひたすらにしゃべり続ける。
わたしは疲れた体を少しでも回復させたいが、この男がプロレス実況のよう休むヒマなく張りに張った高音の声で話し続けるため、ちっとも休めない。
羽田はこの雨の中、ヒロを探しに廃旅館を後にした、無傷で帰って来ることが出来るのか?不安で体が押し潰されそうになってしまう。
「ところで春美ちゃんは高校生だっけ?大変だねーこんなことになっちゃって、友達も無事だといいね。」
「うん…。」
双葉はうるさかった、しかしうるさいながらも良い意味で空気の読めない双葉のしゃべりはわずかながら、私のどんよりと濁る心に明るさを提供してくた。
「友達、えーと寛子ちゃんだっけ?どんな子なの?」
どんな子なの?と問われ、私の頭にとある記憶がフラッシュバックした。それは中学2年生の頃、まだヒロと知り合って三カ月程の頃だ。
「ヒロは…私の恩人よ。」
私は中学生の頃、一部の女子から執拗にイジメを受けていた。
荷物を隠されたり、教室の黒板に中傷の落書きをされたり、そんな事が頻繁にあった。
「私…昔イジメられてたの…態度が気に食わなかったみたい。」
ある放課後だった、私をいじめることにこの上なく精力をつぎ込む主犯格の三人に、体育倉庫に閉じ込められたことがあった。
「ヒドイ時にね、倉庫に閉じ込められたの、しかも冬の凍えるような時期にホースで外から水を入れられて散々な目に遭った。」
「そりゃヒデぇ、誰も助けてくれなかったのかよ?」
私を助けることでイジメのターゲットを移されることを恐れ、他の生徒たちは見て見ぬフリを決めていた、ただ一人を除いては。
「その時ね、助けてくれたのがヒロだった…。」
私はその瞬間を今でも鮮明に覚えている。倉庫に閉じ込められ、外で何が起きたかは分からなかったが、イジメっ子連中が悲鳴を上げながら逃走して行ったことは分かった。そしてゆっくりと重い扉が開かれ、夕陽の後光に包まれた寛子の姿が現れた。その表情にはいつものユルい印象は微塵も見えず、凛とした力強い凄味があった。
「その時からかな、イジメが無くなったの。一つも。」
「寛子ちゃんてそんなにスゴイ人なの…?」
双葉はあらかじめハルから聞いていたヒロの情報からは想像もつかないエピソードを聞かされ、その意外性に目を丸くして驚きを隠せずにいた。
「全然!普段は泣き虫で、本当におとなしいのに、時々頼もしい一面を見せるの。」
私はつい自分のことを話すかのように親友の武勇伝を意気揚々と語った。
「ホント、無事でいるといいな…。」
その恩人が未だに安否不明であることを思い出させる双葉の一言。
「そうだね…本当に…。」
数秒の気まずい間を割くように、双葉が再び口を開けた。
「そういえば羽田の旦那は大丈夫かね?」
羽田が廃旅館を発ってから既に二時間は経っていた。
双葉はチャラい。