子雀による語り 1
私は一匹の下等雀でございます。もうこの景色にも飽き飽きしていたところでございます。もう一週間程ずっとここにいるのです。殊更誰かを待っている訳ではありません。ただ、飛ぶことができないのでございます。
雀が小さいのをいいことに、奴らは襲ってくるのです。奴らは私共雀の何倍も身体が大きいので立ち向かうことさえできません。そして、一週間前、私は奴等に怪我をさせられたのでございます。いきなり私の右翼の根元を咥えてぶんぶん振り回すのです。奴等は遊びのつもりでやっているのかも知れませんが、大変な迷惑です。いいえ、もはや奴等のやることは鳥社会への冒涜に他なりませんから、立派な罪です。当時の色々混じった痛みたるや、翼と言葉の紬糸が千切れてしまうかと思う程なのでした。あの黒光りする恰好、きっと悪の組織か何かの制服に違いありません! お陰で右翼の根元が紅く滲んでしまいました。この椛が紅く色づいて見えるのは、その時に流れた血が葉に垂れたからでございます。この紅葉の様な紅色が視界に入る度、黒い出で立ちの狼藉者が翼を目一杯広げて急接近してくる恐怖を思い出すのです。私はいつ襲ってくるとも知れぬ脅威に怯んでこの木の上で羽を治癒しながら、登ってくる虫なんかを食べて飢えを防いでおりました。
三日程前のことでございます。痛みが大分引いていたので公園界隈をちょいと彷徨おうと、今にも垂れそうな雫を落とす程には鼻息を荒くしておりました。しかしいざ飛ばんとしても、翼がぱたぱた動くだけで何も起こりません。どんなに速く翼をはためかせても、身体が浮かばないのです。私は何日も飛んでおりませんでしたうちに、飛ぶ感覚を忘れてしまった様なのです。その事実にあまりにも胸を衝かれたので、私はその感覚を忘れるのと同じ時間をかけてただ呆然としておりました。かくして現在に至ります。
先程からこの木の傍の長椅子で、人間が暢気に寝ていらっしゃいます。恐らくはこの木を見て紅葉綺麗だななどとお思いなのでしょう。人間様は宜しいですね、命の脅威などどこにもありはしないのですから。
飛べなくては宛ても何も、失ったのと同じです。飛べない鳥は、取り柄なき生命体です。生を手にしていながら生態系の歯車たることができないのです。それは生物にとってすれば死も同然です。
私はやはり、死した生として彷徨ってゆかなければならない運命にあるのでしょうか……。