小説の主人公による語り 2
「退屈なり。ああ退屈なり」
僕は人気のない広い公園のベンチに寝そべって無聊を託ちている。ベンチの傍に昂然と峙つ椛の葉がサンバイザーとなってくれるので仰向けでいられる。葉の幽かな紅色が視界を斑かして、葉身のひとつひとつが紅葉の早さを我先にと競い合っているみたいだ。
僕は今なんだかとっても感傷的だ。先週からロイド氏のテンションはだだ下がりだろ? これも神々の定めた自然の摂理の与り知るところだと思うのだけれど、彼のイメージが時々僕の頭に流れ込んで来るんだ。今も、誰に対してかは判然としないけれども、憤っているのがわかるね。しかしこれは、彼女とは関係ない気がするが……とまれかくまれ、僕はこのどうにも落ち着かない気持ちに邪魔されて何もできない己を嘆きついでに、椛を見てリフレッシュしようと踏んだんだ。見てよ、葉がうっすら紅いんだ。じきに紅葉シーズンだね。
ロイド氏はね、僕を恰好良く描写できない甲斐性無しだけれども、情景描写は正に文字が情景そのものであるみたいに上手い。去年、僕は大神社がある山で初めて紅葉した椛というものを拝見したけれど、あれ程美しいものは見たことがなかった。そこへ一度足を踏み入れれば、三百六十度囲む紅色と淡い空の色が相乗して神秘的な感覚を湧き出しているのを思考の頭越しに感じて、僕は不意に悲鳴を上げてしまった。それ以来は彼の描く世界にいるのも吝かではないなと思い始めた。この世界、ロイド氏に出逢ったのはつい昨年のことだけれど、それはずうっと遠くの昔であった様な気がして、懐かしい。
おや、よく見てみると、風はないのに枝が小さく揺れている。枝の上に鳥がいるのか。
鳥類っていうのは、人間を魅了する名状し難い何かを持っているよね。流線型のボディとか、飛翔に特化した翼とかさ、美しいでしょう?
ああ、僕も鳥になってあの大空を飛び回りたいなあ……。