小説の主人公による語り 1
彼、今日は随分帰りが遅かったね。もう寝たのかな。お、そういえば今日はあの娘の誕生日だったっけ。うまくやったかな……いや、あの調子じゃあな。
僕? 僕は粗末なロイド氏執筆の粗末な小説の粗末な主人公さ。粗末とはいえ、僕に生を賜うてくれたのだから、返せない程の恩を彼からはお授かりしているのだけれどね。彼、能天気でさ。小説を書くにしても毎日書く時があれば、ひと月書かない時もあってちょっと疲れるんだ……。
ん、何で君と直接話せるか? それはね、僕は彼の頭の中にいて、彼は君の頭の中にいるからだね。つまり、ロイド氏を介して、僕は君の頭の中にいることになる。だから直接話しかけられるんだよ。ちょっと難しかったかな。このことについてはあまり深入りしない方がいいと思うけれどね。
ところで、疑問に思っていることがあるんじゃない? 僕に意思があるなら、彼の思う通りには小説が進行しないではないか、てね。え、そんなこと思ってない?
…まあいいや。説明するとね、自然の摂理と言うか、さも自明の理であるかの様にうまあく廻っているんだよ。実は、僕の意思と彼の意思は通じ合っているんだ。彼がしようと思ったことを僕もしたくなる。逆に僕がしようと思ったことも彼はしたくなる、という具合にね。だから矛盾は生まれないという訳なんだよ。
不思議だなぁ。世の中の仕組みはどうなっているんだろう。
こんな面白い世界を作って、神々は一体何をしようというのだろうか。