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ユリウスの墓  作者: 狗山黒
3/5

バラの威厳

 お姫さま、あなたを閉じ込める塔から出る方法を教えましょう。この花、口付けすればよいのです。ただ、一つ口付けをすれば。

 ようやく昇り始めた太陽の下、一人の女が犬を伴い散歩をしていた。冷たく澄んだ朝の空気が、肌を刺す。犬の口からは白い息がもれ、女の口からは唄がこぼれる。ありふれた、朝の風景。

 だが、静寂は長くは続かなかった。凍り付いたように静かな朝には、似合わない犬の鳴き声。女の手を離れ、犬は駆けていく。

 そこはいつも通り過ぎるだけの、小さな教会。犬は教会に向かって、唸り、吠える。異臭を香水で隠したような、そんな匂い。

 意を決して、扉を開けば、ああ、これで何度目だろう。女の目に飛び込んだのは、男の遺体。間違いなく「薔薇の帝王」の蛮行である。声を上げることもできず、女はそこに座り込んだ。


 人里離れた、森の中にひっそりと建てられた教会の中、黒い薔薇の上に裸体の男が横たわっていた。神に捧げられた贄と同じ格好の遺体。交差させられた脚、ナイフの刺さった胸の上で組まれた手、故意に顔は背けられ、目蓋は開いたまま光のない目が、天を射抜く。何より首に刻まれた「贄」の文字。それが神への贄であることの証拠だった。


 「薔薇の帝王」だの「死の王」だの、市民はろくでもない名をつける。被害者や遺族の気も知らず、まるでお祭り騒ぎだ。警備隊に所属する男は、そう唇を噛んだ。

 連日出回る新聞には、猟奇的な犯行についてだけでなく、的外れな推理や軍、警備隊への批判が列なる。男は怒りに任せて新聞を破り、暖炉に放り込んだ。

 市民は軍や警備隊が何もしてないと思っているのか。そんなわけないだろう。こちらも犯人を捕まえようと必死だ。苛立ちを抑えられず蹴った椅子が、倒れた。

 王家の花である薔薇を下敷きにするなど、不敬もいいところ。王家に不満のある者の反抗に違いないと、軍や警備隊は即座に考えた。凶器は、貴族の紋章が入ったナイフ。今、貴族である者にとって、この犯行は失う物が多すぎる。貴族を追われた者が犯人に違いない。彼らは、爵位を剥奪された者及びその家族についての調査を始めた。爵位の剥奪は、そう頻繁にあるものではない。少し調べれば、以前貴族だった者などすぐ分かる。

 爵位を奪われ、庶民に身を落とした者を端から調べた。犯行に及ぶことが可能な者は、僅かだったが、それより問題だったのは、全く行方が分からない者が一人いたことだ。

 カザンラク家の次男。父親が国教を破門されたことによって、貴族階級を追われた。長男は侯爵家に養子にとられ、長女次女は嫁にいっている。母親は病死、父親も死んでいる。だが、次男だけ足取りが努々分からない。母親が病死するまでの足取りは掴めているのだが、それ以降はさっぱり、母親の墓の居場所も知れない。

 素人にも分かるだろう、カザンラク家の次男が最も怪しい。そもそも、捜査線上に挙がった他の者達は皆、物理的に犯行が不可能だった。魔法使いであれば話は別だが、魔力のある者はいなかった。

 殺人が行われた時間も、遺体が遺棄された場所も疎らで、特定には至らなかった。仲の悪い魔法使いへの協力は避けたい。解法は違ったが、答は正解だった。しかし、その正解を示すことができない。完全に手詰まりだった。

 それでも、すべてはいずれ終わる。

 一月と空けず、発見された男の遺体。これまでと同じようで、まるで異なった様相を示していた。

 「薔薇の帝王」が「薔薇の帝王」たる所以は、手向けの花に薔薇を選ぶことにある。しかし、薔薇の香りすら、そこにはなかった。彼らの胸を刺し続けた凶器のナイフもない。

 彼が、自分達の追っていた男であることは、一目瞭然だった。病死した母親、冥府へ逃げた父親、どちらにもよく似た薄幸そうな顔。血を浴びて黒ずんでいるが、彼の髪色はカザンラク家特有の紅い薔薇色。

 彼の名は、ハンス・カサブランカ・カザンラク。百合の名を持つ、殺人鬼。

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