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誰かが死んだと知ったなら

暗い夜道だった。全く無警戒な住宅街は、こんな田舎では当たり前だ。一切の不安を抱えている様子もなく寝静まっている。その静寂の中に、都会人でも迷い混んだかのようなてきぱきとした足音を響かせて歩いている。単調で無機質な足取りで、しかし頭の中は葛藤で混沌としていた。人生の岐路といっても過言ではない問題を、高校生にして抱えることになるとは。迷っているわりにいつもより早い歩調は、頭より体が先に決心した為だろう。歩き続けやっと体に追い付いた思考が辺りを認識すると、すでに目的地についていた。

「307号室……だったよな。」

このマンションの住人に用がある。自分のポリシーに従うことに決めたのだ。欲望といってもいいだろう。誰のためでもなく、ただ自分のためだけに。それが後悔することになろうとも、それをやれと、脳が、神経が、体が叫んでいる。もう限界だ。誰だってどこかに必ず限界がある。理性では敵わない、絶対的なものを、人は奥深くに秘めているものだろう。その例である自分にそんな言い訳をしながら階段を上る。早く早く。もうすぐそこだ。鍵は開いているだろう。よく知っている。あいつはそういう性格だ。もはや迷いは全くない。日常と変わらない動作で部屋へと入る。明かりのない部屋だが、あいつがいる確証があった。暗闇に目が慣れないが、やはりいる。窓の外からの明かりを背にした影が言葉を発した。

「いらっしゃい、“おにいちゃん”。思ったより早いね。」

「どうやらここに来た理由がわかってる様だけど、随分余裕があるな。」

そうだ。全て終わらせるのだ。これは欲望で、今はその終着点。

「そりゃあね。ラスボスって言うのは、往々にして最強であり、故に余裕があってもいいんじゃない?」

クライマックスな自覚があるらしい。やっぱり鋭いな。

「知っている限りだとラスボスは、追い詰められて焦ってるやつばっかだと思う。」

「そうかな。じゃあ裏ボスにしとこうかなあ…………。ま、とりあえず会話パートはこの辺にして、何て言うんだろう。かかってこいや?」

物騒?な物言いだなあ。どうしたものか。

その言葉のあとには、静かな緊張が走るだけだった。

ただ一言。

「さようなら。」

妙な言葉を合図にお互いが踏み出し、命に届く距離へ飛び込む。



曖昧な意識に、何かの音が響く。声だ。

「…………ちゃん。おにいちゃん。おきろー。ってうわっ!急に起きないでっ!」

“おにいちゃん”という言葉で咄嗟に体が反応した。が、うまく体が動かない。寝ていた体を起こそうとするが、上に乗っている重荷がそうさせてくれないのだ。あれ?夢でも見てたのか。一生に一度きり級の飛び起き方をしたな。混乱する頭を整理して。

「あの、どちら様?」

僕の上に乗ってる少女は一体。

「まだ寝ぼけてるの?あなたの妹に決まってるでしょ。」

まぁそうだよなあ。ただ、この状況が理解できない。

「何で僕の部屋にいるの?」

「いや、おにいちゃんが私の部屋にいるんだし。」

今気付いた、ここは僕の部屋じゃないな。知らないし、この天井。色々寝ぼけてるみたいだ。

「何でだ?」

「おにいちゃんが昨日私のマンションに来たんだよ。最近物騒だからって。」

「ああ、いや、そうだった。すごいボケてるな。」

「しっかりしてよ。そっちこそ危なっかしいじゃない!」

思い出してきた。僕の2つ下の妹、晴世はなぜだか独り暮らしをしている。義妹と言った方がいいか。僕は父子家庭で育ったのだが、ついこの間ちゃっかり再婚し、義母が我が家にやって来た。その時、こっちに引っ越してくるのを渋ったその娘である義妹が、もとより住んでいたマンションに住み続けている。まあ、年頃だしわからなくもないが、家賃は誰が出してるんだ?謎の太っ腹ぶりだ。話が逸れたか。さて、義妹の家にいる経緯を纏めると、最近この街で連続失踪事件が起こっている。大事件である。よって、新婚旅行だか何だかで不在の親に代わって僕が安全確保に来たわけだ。それが昨日のこと。どうやら一夜を共に過ごしてしまったらしい。義妹だからって、手を出したりしない。断じて。いや、そんなこと考えてもいないが。それにしても。

「こんなとこで、よく眠れたもんだなあ。」

「床でいいって言ったのおにいちゃんでしょ?さすがに同じ布団じゃあ……。」

言いにくそうに晴世が告げる。僕も気まずい。しばらくの沈黙。

「いや、なんというか……この状況でってこと。て言うか、ずっと思ってたけどおにいちゃんってなんなのさ。」

話を逸らしたい。

「そう呼ぶのが流行ってるって、なんかの雑誌に書いてあったよ。ぎゃるはりゅーこーにびんかんなのよ!」

なんの雑誌だろうな。えぐいな。初めて挨拶に来たときからおにいちゃんと呼ばれている記憶があるが、こいつに背を向けたら後ろから刺されそうな気が何故だかしている。理由はないし、そんな様子はかけらすらないが。でももしかしたらこの子、妖怪とか宇宙人とか殺し屋とかかもしれないし。そういった緊張感を、何故か僕は一方的に感じている。ある日突然、2つ下の妹が出来たらそんなものなのだろうか。だがそんな状況にも関わらず。

「なぜ僕は寝坊している!」

そう。熟睡した結果、時刻は12時をまわっている。高校生である僕は、午前の授業をすべてすっぽかしたのだ。

「それは昨日おにいちゃんがうちに来た瞬間に、ずっこけて頭打って気絶したからでした。」

なるほど。なんで転んだのかはわからないが。どうりで記憶が曖昧なわけだ。では気絶した僕を、床に寝かせてくれたのは君か。

「そうなると僕は床で寝るなんて言ってないんじゃ………。」

「そうなるわねっ!」

こうして僕は床暖房の暖かさを知ったのだった。



僕は学校を休んだ。今から行ったって仕方ない。頭は、打ち所がよかったのか悪かったのか、怪我はなく記憶が少しとんだだけだ。一応療養は必要である。サボりではなくて。

「ちゃんにいは、いつ帰んのさ。」

それからしばらくリビングでぐだっていたら、そんなことを言われた。業界的妹は、暗に帰れと言っているのだろうか。結局こいつもサボってるし。

「ところで、晴世は中学にちゃんと欠席の連絡したのか?」

ごめん、ちゃんにいは業界用語わかんないから、とりあえずお茶を濁すわ。ちなみに僕は高校二年、晴世はうちの高校附属の中学で三年だ。受験勉強組があまり多くないため、割とゆるい校風だが、連絡くらいしといた方がいいだろう。

「もう今朝にはしといたよー。」

はやいな。僕が起きる前じゃないか。サボる気満々だったか、僕を心配してくれたのか。どちらにせよ無断欠席ではないわけだ。いい子だな。

「ならよし!」

「でさ。おにいちゃんはいつ帰るの?」

普通に呼ばれたら、言い逃れできない。帰りたいのは山々だけれど。

「帰り道知り合いに会ったら面倒だから、夜になってからでいいでしょうか?」

お伺いをたてる。

「うむ!くるしうないぞよ。」

許可をもらえたのだろうか。いきなりふんぞり返ってるけど意味わかって言ってんのか、こいつ。

「ははー。有り難うごぜうまする。」

あれ?僕こそ大丈夫かこれ。

「ならばほれ。」

晴世が台所を指差す。おや、これはもしや。まあとりあえず、無視してみよう。

「くるしうないぞよ。」

ずいっと近づいてくる。やっぱりそうか、夕飯作れってことだな。まあ、仕方ない。重い腰を持ち上げて、一言決めてやろう。

「その身をもって、お召しになられよ!」

もう全然自分でもわからない。



夕飯は割とうまくできたと思う。何がってこの家にある食材だけで、ちゃんとした形にできたのだから。材料くらい買ってくればいいのだけれど、妹ごみ、いや妹ぎみがそんなの待てないと駄々をこね始めたのだ。こいつ、妹になってからまだ長くないのに、全然ふてぶてしい。まあ、ぎくしゃくするよりいいか。

「うんまいな!おにいちゃん!」

「まあ、家事は結構やるから。」

家庭事情的にな。

「まだ若いのに大変だったのね。ぐすんっ!」

お前もな!!そして、ぐすんは口で言うものじゃない。はつらつに言うと尚更無意味だ。

「じゃあこれ食べて片したら帰るから。」

「あ、そういえば。頭大丈夫?」

「こらこら、いきなり挑発的な発言はやめなさい。」

兄として指導せねば。

「ダメみたいね。じゃあ頭の怪我は平気なの?」

ああ、そういうことね。わかってたけど。

「まあ、ちょっと記憶が曖昧だけど、ぶつけた前後の記憶だけだし。外傷はないよ。」

「そっか。それじゃあ良かった。」

心配してたのか。ちょっとそっけない気もするけど。そういえば、ここに来た理由を忘れるとこだった。

「まあさておき。晴世、ここからが本題なんだけど。」

「本題ってなんだい?」

いや、寒すぎだろ。ゴッサムだろ。これは何より難題だ。……これも寒いか。

「僕がここに来た理由は、知ってるだろ?」

「最近話題になってる事件でしょ。」

「そうそれ。話によると、失踪した被害者は特に共通点はないらしい。要は、誰がいなくなってもおかしくないということだ。」

「何もわからず突然巻き込まれるなんて、悲惨な話よね。その人たちにも未来があったのに。」

「不謹慎だけど、明日は我が身かもしれないからな。それで、守ってほしいことがある。」

「大丈夫!おにいちゃんは私が守るから。」

自信たっぷりの笑みを見せる。そうじゃないんだよな。笑えばいいってわけじゃない。

「まず、夜は外に出ないこと。何かあったら、すぐ電話すること。登下校ひとりの時は、俺が送るから。」

「夜食が買えないじゃない!!」

「実はな。夜食は食べるのが夜なら、昼に買ってもいいんだ。」

「な、なんですって!?」

天然か。いや、ぶりっ子だな。どっちも違うか。

「まあとにかくだ。今日は戸締まりをちゃんとして、あとはもう寝なさい。」

「イェス、マイオニイチャン。」

「いい返事だ。じゃあ皿洗って帰るから。」

「悪いねえ。」

悪いと思っているんだろうか、悪気を感じない。



帰り際にもう一度、念をおしておいたが大丈夫だろうか。生返事だったような。帰路について一人で歩いていると、不安が頭をよぎる。まあ、晴世もそこまで抜けたやつじゃない。多分。

「大丈夫だよな。」

どんだけ過保護なんだ僕。ふと、財布を置いてきたらしいことに気付いた。どうしよう。まだ戻れる範囲だ。戻ってついでに再確認するか。面倒だな。

「よし、戻ろう。」

過保護だった。向かいながら晴世に電話を掛けるが、出そうにない。あいつはいつもマナーモードだもんな。あのまま寝たのか?まだ5分くらいしかたってないと思うけど。少し急ぐ。一応メールでも連絡しとこう。そんなことをしながらマンションの前に着くと、妹の部屋の電気が消えていた。やっぱりもう寝たのだろうか。早すぎだろ。まあ風呂の可能性もあるな。とりあえず部屋の前まで向かう。

「おーい晴世ー。」

本当に寝ていたら申し訳無いので、控えめにノックをする。何の物音もしない。

「そういえば、これ。」

この家鍵がダイヤル式だったな。まさかとは思うけど、無用心な番号じゃないよな。気になったものは仕方ないので、“0000”を押してみる。ガチャッ、とロックが解除され軽い電子音が鳴る。おーい、鍵の意味ないぞ。チェーンもかかってない。鍵に謝れ無用人め。

「もしもーし、晴世さーん。」

中を覗くとやはり真っ暗で、静まり返っていた。なんだかこの雰囲気、嫌な予感がする。急に全身に緊張が走る。

「ヤバイな。」

何て言うんだろう。所謂ラッキースケベ的な何かが待ち受けているんじゃないか。もしくは泥棒と勘違いされて襲われるとか。わかんないけど。とにかく、触らぬ神に祟りなし。財布は諦めよう。

「撤退。」

ぼそりとそう呟いた僕は、息を殺しほぼ無音で扉を閉めた。施錠の時に、無神経に鳴った電子音に怒りを覚えたが、どうやら無事任務を完了したらしい。よし、帰ろう。財布は明日晴世に持ってきてもらおう。鍵のことも注意せねば。そうして、僕は再び帰路についた。途中、同じクラスの友人を見かけたけれど、とりあえずばれないようにスルーする。今はもう何も考えたくない。なんというか、疲れた。休んだはずなんだけれど。あんまりサボるっていうのも、楽じゃないと思った1日だった。とまとめてみる。いや、サボりじゃないけど。



「それにしてもおかしい。」

全くおかしい。自分の知っている常識を全てひっくり返しても、この答えは出てこない。となると、ついに自分がおかしくなったのじゃないかと、そう思うしかないだろう。あいつの姿を見た時は、ただ思考停止して無視したけど、家に帰って頭が冴えてくると混乱してくる。

「何でだ?」

答えが出ない自問自答に、思考が際限なく沈んでいく。あのとき、声をかければなにかわかったのだろうか。いや、たらればでは答えは見つからない。今疑えるのは、自分の目か、それとも精神か。そうなってくると、なんだか何でもありな話になってしまうので、否定したいところではある。

「とにかくまあ……あれだ。」

自分に言い聞かせて、落ち着かせる。そう、まずは確認をすれば良いのだ。急がなくても、明日学校に行けばわかるはずだ。その結果次第で、もっと理解不能な状況になるかもしれないけど。

「あり得ないはず。」

オカルトは信じない。だって、それを信じるということは、今この世界でしっくりとはまっている法則を、根本からごっそり凪ぎ払うということだ。だからあり得ない。それが目の前に起きたとしても、信じないところから始めるだろう。言ってしまえば、逃避なのかもしれない。信じたくない、が本音だ。それが身近なものなら、尚更目を背けたくなる。

「だってあいつって……。」

そう。友人であるそいつが、信じたくない物そのものだったら。

「もう死んでるだろ?」

あり得るわけない。倒れそうな自分を支えるように、もう一度心のなかでそう呟いた。

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