裸の女が踊り狂う
ある日、僕は部屋の窓から通りを眺めていた。
すると、目の前の通りに裸の女が現われて踊り始めたのだ。
「一体、何をトチ狂っているのだろうか?」と、僕は不思議に思った。
その時には、女の裸を見て興奮するとか、近寄ってさわってみたいとか、もっとよく観察してみたいとか、そういう感情は起こらず、ただただ不思議に思っただけだった。
そうして、「遠くからこうして眺めているのが一番安全だ」という結論にいたった。
ここはあるアパートの一室で、アパートの前の通りはそれほど人通りが多いというわけではない。むしろ、閑散としているといった表現の方が近いだろう。
それにしてもだ。それにしても、若い女がこんな場所で裸になって1人で踊ったりするものだろうか?
見たところ、女の年齢は20代かそこらに見えた。遠くからでよく確認できないが、とにかくクネクネフニャフニャと奇妙な踊りを踊っている。
「踊り…だよな?アレは」
と、僕はつぶやく。
先ほどまでは、踊りだと思っていた僕だったが、もしかしたら違うのかもしれない。
「何かの儀式…ってことはないか?たとえば、悪魔を呼び出すための召還術とか」
だが、そんな儀式を、わざわざこんな場所で行うだろうか?人通りは少ないとはいえ、仮にも公道で。
「あるいは、それが悪魔を呼び出すために必要な条件なのかもしれない。誰の目にもつかない部屋の中でではなく、誰もが目にすることのできる公衆の面前で儀式を行う必要があるのかも…」
僕は、そんな風に考えてみた。
そうこうしている内に、2人組の警察がやってきて、裸の女はとっつかまって、どこへやら連行されていった。
おそらく、近所の誰かが通報したのだろう。ま、当然の結果だ。
僕はそう思いつつも、同時に少し残念でもあった。
*
その日はそれで終わりだったが、翌日になると、また女は現われた。
もちろん、裸で踊っている。昨日と同じように、クネクネフニャフニャとわけのわからない踊りだ。
「それにしても大した体力だな」と、僕は妙な部分に感心してしまう。
確かに、そんなに激しい踊りではない。けれども、アレを何分も何十分も続けているのだ。放っておけば、何時間でも踊り続けていそうだ。それには、結構な体力が必要だろう。
そんな風に考えながら、女の奇妙な踊りを眺め続けていると、しばらくしてまた2人組の警察がやって来て、女を連行していった。
*
そんなコトが何日も続いた。
女は通りで裸になって踊る。僕は、それを遠くから眺める。やがて、2人組の警察がやって来て、女を連れ去る。
特に時間は決まっていないが、毎日毎日、一連の行為が繰り返される。
やがて、警察は来なくなり、女が1人で踊り続けるだけになった。さすがに、警察の方もあきらめてしまったのだろう。
「やれやれ、あの女はどうしようもない。特に害もないし、放っておこう」
などと言って、放置されてしまったようだ。
おかげで女は、自由に踊れるようになった。来る日も来る日も、好きなだけ裸で踊り、ひとしきり踊り倒すと、あきてどこかにいってしまう。
そんな日々が繰り返された。
そうこうしている内に、僕はハタと気づいた。
「そうか!わかったぞ!あの女は、世界を変えようとしているのだ!」
そう!女は、この退屈な世界に一石を投じようとしたのだ。ついに、僕もそれに気がついた。
人々は、毎日毎日、同じ行為を繰り返している。全てがパターン化され、システム化されてしまい、実に退屈な世の中だ。
そんな世の中に誰かが革命を起こさなければ。女は裸で踊ることで、それを体現しようとしたのだ。
そのコトに気がついた僕は、さっそく部屋を飛び出すと、通りへと駆け出し、女の側に並んで踊る。踊りながら、1枚、また1枚と、服を脱ぎ捨てていく。そうして、最後に残ったパンツ1枚もパッと素早く脱ぐと、パンツを空中へと投げ捨てた。
「ああ…なんと気持ちよいのだろうか。自由がこんなに素晴らしいとは」
裸の女に並んで、スッポンポンの丸裸で踊りながら僕はそう思った。
最初、近所の人たちや通りを行き交う通行人たちは、そんな僕らは奇異な目で眺めていた。
だが、数日もすると、その視線も段々と変わっていく。それが、当然のコトとなり、なければならぬモノとなっていく。そうして、1人、また1人と裸のダンサーが加わっていく。
数ヶ月が過ぎた頃…
街中の人々が、通りに出て裸で踊り狂っていた。
ついに、僕らは新しいシステムをこの世界に構築したのだ!
だが、そのコトに気がついた僕は、そっと裸の集団から抜け出し、いそいそと自分の部屋へと戻っていった。そうして、静かに服を着ると、また以前の生活へと戻ったのだった。
なぜかって?
決まっているだろう。
世界の人々が裸で踊るようになれば、裸で踊るのが当たり前になってしまう。それが新しいシステム。新しい常識だ。それは、退屈でつまらない世界だ。
だったら、僕は逆を行く。服を着て、部屋の中で静かに暮らす。本でも読みながら。それが、この世界に対する反逆なのだから。