6曲目『アナウンスの練習をしよう』
五月一日。四条畷駅の改札前。緑化センターの店頭。
江袋高の生徒でごった返す大通りの片隅で、俺はある人物を探していた。
――あくまで偶然を装って接近する。
そうすれば待ち伏せしていたなんて思われないだろう。
「……誰を待ってるの?」
不意に背後から声をかけられた。
俺はとてつもなく驚いたが、よくよく考えてみると明らかに男の声だったので、落ち着いて振り向いたら、そこには美少女風美少年がいた。
「東野……お前、トランプしてたはずじゃ」
「洋祐が先輩とスピードしたいとか言い出してさ。だからボクも帰ることにしたんだ」
東野の言うスピードとはトランプを用いた二人対戦ゲームのことだ。素早い手さばきが重要になるゲームなので、お喋りしながら遊べないのが特徴。そりゃ東野も帰ろうとするはずだ。
「――それで、古城は誰を待ってるのかな?」
いつになく楽しそうな目をしている東野。
ひょっとして推理小説に出てくる探偵にでも憧れていたりするのだろうか。
そんな雰囲気を感じた。
「ノーコメントというわけにはいかないのか」
「それはダメ。ボクに腕を組まれたくなければ、とっとと答えたほうが良いよ」
東野は妖しく笑う。
こんな公衆の面前で腕なんて組まれたら、それこそ探している人物――早苗から変な目で見られかねない。
もしかすると東野は俺が女性を待っていると考えた上でそんなことを言ったのだろうか。
だとしたら……相当勘の良い奴だ。小手先でごまかすのはやめておこう。
「……遠山早苗だ。四條畷学院に通う、俺の幼馴染を待ってるんだ」
「へえ……ふーん……」
含みのある笑み。
だが彼はそれ以上何も訊かないでいてくれた。このあたりが東野の優しいところだ。
しばらく二人で雑談しながら待っていると、遠くで見慣れた人物が踏切を越えたのが見えた。
黒のセミロング。袈裟掛けの藍色水筒。間違いない。
「あれだ、あれが早苗だ」
「え……あの人……」
「どうした東野、知り合いか?」
「…………」
何やら気まずそうな表情を浮かべる東野。
いったいどうしたのだろう。まさか早苗のことを知っているのか。
「おい東野、どうしたんだよ」
俺は思わず彼の肩をポンと触ってしまった。
すると彼は、両手で身を抱えるようにして俺の手から逃れようとした。
この怯えたような目……まさか。
「――東野、もしかして俺がストーカーの類だと思ってるのか」
「え、違うの?」
失礼な。そんなわけないだろう。
そもそもだからといってお前が怯える必要がどこにあるんだよ……。
俺は東野に、早苗との関わりを掻い摘んで話した。
例の件についても少しだけ教えておいた。
「なるほどね。どうして彼女が知らないふりをしたのか、古城は気になるんだ」
「そういうことだ」
「ふむ……単純に話を盛り上げたかったんじゃないの?」
「盛り上げる?」
俺の反応に東野の目がキラリと光る。
「だってほら、それ知ってるとか言っちゃったら、そこで話が終わっちゃうじゃない。たまにしか会えない間柄なら、なおさら気まずい感じにはしたくないでしょ。きっと向こうも気を遣ってるんだよ」
「……なんかショックだなあ」
早苗に気を遣われているなんて、あんまり考えたくない。
「まあボクの推測だけどね。その早苗さんのことはよく知らないし……」
はてさて。
そうやって喋っているうちに、いつの間にか列車は京橋方面に発車してしまっていた。
もちろん、早苗や多くの乗客を乗せて。
鳴り響く踏切の警報音が俺の中の虚しい気持ちを倍増させる。
「……ごめん、引き止めちゃって」
平謝りしてくる東野。言うまでもなく彼に罪はない。
「いいよ。むしろ話を聞いてくれてありがとうな」
こうなったら……直接遠山家に乗り込むしかなさそうだ。
☆
五月某日。快晴。
加地前先輩のたどたどしい一斉送信メールにより、放課後のとある教室に集められた俺たち放送部員は、そこで彼女から『ある提案』を告げられた。
「アナウンスの特訓をやりたいと思います」
一人で教壇に立ち、若干得意げな笑みを浮かべる先輩。
カッターシャツの上から『第五八回・Bコン大阪大会準優勝』と書かれたタスキを掛けているあたりに、彼女のアナウンスに対する自信のほどが窺える。
――あのタスキに嘘はない。
去年、先輩は予選落ちした俺たちを引き連れて、東京の全国大会に出場した。
大阪大会では準優勝した先輩だったが、全国では歴戦の猛者たちを相手に振るわず、惜しくも予選で敗退してしまった。そこから先は楽しい東京観光の思い出しかない。
先輩たちは秋葉原、松岡と東野と俺は浅草巡り。
葛西さんは一人でユーシューカンとかいう所に行っていたらしいけど、まさか兵器博物館の遊就館ではないだろう。そのあたりは全くの謎だ……。
ここで先輩が「ゴホン」と咳をする。
「良いですか皆さん。今年は残念ながら新入生がいません。しかしだからといって技術の継承――すなわち初歩の練習をしなくてもいいと言うわけではないのです」
テンションが上がりすぎて敬語になってしまっている先輩。
「今は五月、例年なら新入生に技術を伝授しつつ、上級生たる自分たちもまた技術の再確認をしている頃合いです。ところが今年はそれが出来ませんでしたからね……だから特別に再確認のための特訓をやりたいと考えたわけです!」
先輩は黒板を力強く叩いた。
黒板にはすでに『特訓』の文字が書かれていて、場の雰囲気をちょっぴりシビアにしている。
「さて……ふむふむ」
先輩はおもむろに腕を組み、目の前で整列する俺たちの顔を舐めるように見ていく。
どういうわけか俺の顔だけ素通りしたような気もするけど、多分気のせいだろう。
「そうね、じゃあ……まず東野くん!」
「はい!」
「黒板の前で原稿を読んでみて! 今のやつでいいから!」
「ええっ!?」
明らかに狼狽する東野。
どうやらアナウンス原稿を持ってきていなかったらしい。
そもそも先輩の呼び出しメールが『三年二組のきょうしつでおちゃかいしましょう!』というものだったので、仕方ないといえば仕方ない。
「先輩、僕と東野は原稿が手元にないので後にしてください」
そう言いながら、印刷していた自分の原稿をポケットにくしゃくしゃとしまい込んでいく男がいた。
言うまでもなく松岡だ。こいつはいつもそういう奴だ。
しかし今日の先輩はひと味違っていた。
「残念でした! みんなの分の原稿はちゃんと用意してあるからね!」
彼女はペロリと舌を出し、教壇の棚から四枚の原稿用紙を取り出した。
これにはさすがの松岡も抗えない。観念した様子で先輩から新しい原稿を受け取る。
「ありがとうね、祥子ちゃん。おかげで兵士の脱走を防げたぜ!」
どうやら仕掛け人は葛西さんだったようだ。
先輩から「ありがとう」の言葉を聞いて、彼女はグッとガッツポーズしていた。
「さあ、トップバッターの東野くんから……始めてもらいましょうか!」
先輩は胸ポケットからストップウォッチを取り出した。
一番打者に指名された東野がおずおずと教壇の前に出る。顔色が優れないように見えるのは緊張しているからだろう。相手が部活の仲間とはいえ人前で発表するのは度胸の要ることだからね。
「――一分三〇秒。それ以上は認めないから!」
先輩の言葉で、俺はアナウンス部門のタイムリミットを再確認する。
やがて、誰かが手を叩いた。合図の音だ。
☆
気が付くと家の前に立っていた。
ずっと考え事をしながら歩いていたらしい。
姉にドアを開けてもらい、玄関に荷物だけを置いて、俺は再び家の外に出る。
何も持っていないのは不安なので一応財布と携帯ぐらいはポケットに忍ばせておこう。
時刻は夕方。ラジオドラマを聴いただけで帰ってきたので、いつものように夜遅くというわけじゃない。
「ふふ。そろそろ気まずい質問の時間だね」
それにしても東野が邪魔だ。
話のオチを教えてくれないのは卑怯とか言って、わざわざ京橋までついて来たまでは彼の自由としても、影からこっそり俺たちの会話を盗み聞きするつもりとあれば話は別だ。
どうにかしてこいつを追い返す、もしくはどこかに縛り付けておけないだろうか。
「あれ……その子は?」
不意に姉に声をかけられた。さっきは不機嫌そうにドアの鍵だけ開けて自室に戻っていたのに、どうやら玄関先まで夕刊を取りに来たらしい。
そうだ、姉だ。
「姉さん! こいつの性別はどっちだと思う?」
「性別って……どう見ても女の子じゃない」
よし、引っかかった。
「ふふふ。実は"彼女"は姉さんの大ファンらしいんだ」
「……古城、話が読めないというか、ボクそういう冗談は嫌いなんだけど」
一部から苦情が来ているけど、ここは無視させてもらう。
「へえ、私のファン。高校生なら多いかもね」
「それで……姉さんに服を作ってもらいたいんだって」
「待って、それって仕事の依頼!?」
姉はキラリと目を輝かせる。
売れない服飾デザイナーである彼女は、日頃から仕事に飢えている。最近はそれなりに仕事が入るようになってきたらしいけど、デザインだけ任されることが多くて自分で服を作らせてもらえないのが悩みだと言っていた。
「一人一人に合った服を作るのが私の使命、そして誇り……久方ぶりに水を得た気分だわ。敬もたまには役に立つじゃないの。それでこそ私の弟ね、褒めてつかわす!」
「いや、服とかいらないですから!」
話の流れに抗おうとする東野。
だが姉の押しの強さには到底敵わない。
「バカ! すっぽんぽんで生きていくわけにはいかないでしょう! それに男の子用の制服を着ているのはあなたなりのおしゃれなのかもしれないけど、似合わないし不格好よ! 脱ぎなさい!」
「真顔で似合わないって言われた!」
東野は顔面蒼白、そのまま一目散に逃げ出そうとしたが、いくら彼が元陸上部の俊足とはいえ、短距離で国体出場の経験を持つ我が姉よりも速いわけがない。
橋の袂にあるコンビニの前でガッチリ捕獲された彼は、ほとんどされるがままの状態で我が家の玄関まで引きずられてきた。
「古城……いつか酷い目に遭わせるからね……」
「今度、京都のラーメン横丁で好きなだけラーメンを食べさせてやるから、許してくれ」
「だったら耐えるよ……恥辱に……ふふふ……」
彼はそう言い残して、姉に手を引っ張られる形で家の中に姿を消した。
あの様子だとこれまでにも何度かおもちゃにされた経験があるみたいだな……あんな華のある容姿に生まれても、どうやら苦労ってやつからは逃げられないものらしい。
普段から松岡に良いように使われているあたりからして、東野は運のパラメータが極端に低いのかもしれない。
ブルルっとポケットが震える。
メールが来たようだ。送り主は……姉?
『件名:だましたな』
驚きの速さでバレた。
姉さん、本当に東野の制服を脱がしてしまったのだろうか。
恥ずかしさで顔を真っ赤にした彼の姿が目に浮かぶ。
『本文:まあ声の低さでわかってたけどねー。ちゃんと男の子用の服を作ってあげるから安心してね♪』
どうやらそういうことだったらしい。
良かった。男性用の服なら東野もダメージを受けずに済む。
ラーメンだって上手くやれば奢らずに済みそうだ。
「最初から普通に紹介しておけばよかったのかな……ははは」
ここでまたもやポケットが震える。
今度の送り主も姉だった。何の用だろう。
『件名:そうそう』
『本文:服の製作費と依頼料はどこからもらえばいいのかな?』
メールにはシーツに包まって、こちらを睨んでいる東野の写真が添付されていた。
何故だろう。どういうわけか財布が空っぽになりそうな予感がする。
☆
君はあまり優しくないよね、と彼女は言った。
ただでさえダメダメなのに性格まで悪いとなると、もう褒めるところが無いよ。
会って早々、辛辣な口出しを喰らってしまい、俺はちょっとばかり気を悪くした。
だが彼女は謝らなかった。
「敬ちゃんは……私から何を聞きたかったのかな?」
「だから、どうして親戚の葛西のことを知らないみたいに扱ったんだ、って!」
それが気になって仕方なかった。
「ふーん。そんなの聞いて、どうすんのさ?」
早苗は他人事のように笑った。
まるで至極『どうでもいい』かのように。
「――敬ちゃん。そんなことより違う話をしようよ」
彼女はそう言って、アイスコーヒーに口をつける。
「いや、だからその話をちょっとだけでも聞かせてくれよ」
俺も出された麦茶を軽く口に入れた。
「どうしても聞きたいの?」
「そのために来たんだからな」
あれから俺は急いで遠山家の門をくぐった。
晩御飯の時間になる前にお邪魔しないと迷惑になると考えたからだ。
どこか懐かしい匂いのするリビングルームに通された俺は、そこで風呂上がりの早苗と出会った。
そこから先はずっと平行線。
早苗から時折『優しく』罵倒されながらも、俺は話を聞きだそうと粘り強く努力してきた。
「ふふ。敬ちゃんったら。しつこい男は嫌われるわよ」
近くを通りがかった早苗のお母さんに、軽くたしなめられる。
そう言われると聞き出せなくなるのが男の情けないところだ。
うーん。そこまで気にすることじゃないのかなあ。
「……そもそも私は敬ちゃんの言う『カサイさん』が祥子ちゃんだとは思わなかったよ」
「え?」
「そりゃ祥子ちゃんが同じ学校に通ってるのは知ってたけど、彼女が放送部に所属してるってところまでは聞いてなかったし。名字だって、そっちのカサイさんは三笠の『笠』と井戸の『井』で笠井なんだと勝手に思い込んでたし――大体、まさかそんなところで繋がりがあるとは思わないじゃない」
「ああ……そういうことか」
俺は喉に刺さった魚の骨がスッと取れたような気がした。
たしかに俺は『カサイさん』としか言ってなかった。
それでは話が繋がるはずがない。俺だって最近まで二人が親戚だと知らなかったわけだし、単にちょっとした行き違いがあっただけのようだ。
「納得してくれた?」
早苗はニヒヒと笑った。
「ああ。納得したよ。なんか無理に聞き出してごめんな」
「別に良いよ。どうせ敬ちゃんだし」
「ケーキは食べたのか?」
「うん。美味しかったよ。そうそう、あの時も今日と同じようにお風呂に入っててさ。だから出られなかったんだよね」
セミロングの髪をわしわしと拭う早苗。
「――クシュン!」
小さなくしゃみ。
どうやら風呂上がりにすぐ話を始めてしまったため、まだ髪をちゃんと拭けていなかったようだ。
放っておけば風邪をひいてしまいかねない。
「……そろそろ帰ったほうが良さそうだな」
「良いよ良いよ。ゆっくりしてって」
「いや、今日は帰るよ。また駅で会おう」
「じゃあ……いつ会う? なんてのは野暮なのかな!」
彼女はまたニヒヒと笑う。
「野暮……かもな」
ここで会う約束を取りつけるのはしつこい男のやることだ。
それにそんなに頻繁に会っていたら話す内容がなくなってしまう。
「そうだね。じゃあ、またいつか!」
手を振る彼女に玄関先まで見送られ、俺は遠山家を抜け出す。
おかげ様ですっきりできた。
家に帰ったら、東野と一緒に近所のラーメン屋にでも行こうかな。
☆
五月某日。夕刻。三年二組の教室前。
東野から始まり、俺と松岡を経て、最後に葛西で終わった『アナウンス特訓』の後、みんなの『評価メモ』を書くと言い出した先輩のおかげで、俺たちは教室の外に出されていた。
どうやら『特訓』でわかったことをメモ書きの形で全員に配るつもりらしい。
ありがたいことだ。
ぼんやりと窓からの風を浴びる。
夕方の四階廊下は人通りが少ない。ここにいるのは俺たち放送部員だけだ。
「ねえ、古城」
ふと東野に話しかけられた。
見ると、松岡が珍しく葛西さんとお喋りしていた。二人の間にはどことなく不穏な空気が漂っているのでおそらく睨みあいになっているはずだ。
ああいう連中に関わりたくない気持ちは俺にもよくわかる。
「どうした東野。ラーメンの件なら小遣いもらってからにしてくれよ」
「いや、そっちじゃないよ」
東野の目がキラリと光る。
なるほど探偵モードというわけか。
彼は左手であごを触りながら、立ち話を始める。
「――例の件なんだけどね」
「早苗が知らないふりのやつか? あれはもう解決したって言ったろ」
あの件はあの後のラーメン屋できっちりと語らせてもらった。
曰く『オチが欲しくてついてきた』のだから、彼としても満足だったはずだ。
「いや……ちょっとおかしいところがあるんだよ」
東野は可愛らしく口角を上げる。
そういえば姉の作った服はもう彼の家に届いたのだろうか。あの服よりも姉がお遊びで着せていたフェミニンな服のほうが似合っていたような気がするけど、彼にそれを言えばまた怒らせてしまうのでやめている。
「おかしいところって何だ?」
「……彼女はどうして古城を罵倒したのか、だよ」
「ああ……あれな……」
あの日、会って早々から、早苗は俺のことをボロカスにけなしてくれた。
どれもこれも嫌になるほど的を得ていて、まともに反論できなかったけど――何より例の件が気になっていたので当時はさほど気に留めなかった――あれはいったいどういう意図があっての言動だったのだろうか。
「古城は原因に心当たりがあったりするの?」
「そうだな。パジャマ姿を見られて怒っていたとか」
「それなら古城を引き止めたりしないよ。ボクの考えは……」
東野はここで喋るのをやめた。
加えて、彼はいきなり後ろを向いてしまったので、俺には何がなんだかさっぱりわからない。
もしや早苗の真意に気づいたのだろうか。
だったら教えて欲しい。俺は彼の肩を叩いた。
「ダメだよ。これはボクからは言えない」
背中越しの拒絶。
「おいおい……ちゃんとオチまで教えてくれよ」
「古城が自分で考えることだね」
「うう……まさか無いとは思うけど、早苗がその……俺を好きだったり?」
「……間抜け」
東野はこちらに蔑みの入った笑みを見せて、また松岡の元に戻っていった。
結局、何がどうわかったのかは藪の中。
自分で考えろといわれても、ヒントさえない中でいったいどうすればいいのか。
気になることは無くならない。
「みんなー! 書けたよー!」
教室から加地前先輩が出てくる。
彼女は片手に四枚の紙を携えていた。おそらく例の『評価メモ』だ。
いったいどんな内容なのか、ちょっと緊張する。
「はい、これは古城くんの分!」
先輩からメモを受けとる。
メモは当たり前だけど手書きだった。丸っこい文字がなんとも先輩らしい。
内容は七項目の箇条書きとなっており、先ほど俺が披露したアナウンスについて色々と指摘してくれていた。
『まず鼻濁音ができてないよ。しっかり練習しよう!』
『単語のイントネーションはちゃんと調べておいて!』
『本番で息継ぎ失敗したら笑われるよ!』
『発声練習が足りてないから息が苦しくなるって前に言ったのに!』
『もっとハキハキ喋らないと何を言ってるかわからないからね!』
『もうちょっと大きな声でも大丈夫じゃないかなあ!』
『わたしが読んでみせた通りに一度やってみてね! 何事も真似からだよ!』
ハハハ……ありがたい。
おかげで、かなりやる気が出てきた。
他の連中も意外そうな顔をしている。いつも適当な加地前先輩がこんなにしっかりとした指導をしてくれるとは思っていなかったのだろう。
当の先輩はドーンと胸を張り、照れくさそうに鼻の下をかいていた。
「ふふふ……普段舐められがちなわたしだからこそ、こういう時にビシッと指導をすることで先輩としての威厳を維持しないといかんのよ……」
そんでもって本音がだだ漏れになっていた。
「先輩、そういうことは口にしないほうが身のためですよ」
「なっ……心の中を盗み聞きとは、褒められないよ松岡くん!」
だだ漏れになっていたことに気づいてないあたりが実に先輩らしい。
俺はいただいたメモを八つ折りにして自分の生徒手帳に挟み込んだ。いつでも見返せるようにしておけば、またやる気を出すきっかけになることもあるだろう。
廊下の窓から、温かい初夏の風が流れ込んできた。
もうすぐ――大会の季節がやってくる。
☆
『こんにちは、DJ葛西です。本日はリクエストをいただきましたガンダム特集となっております』
『私はあまり詳しくないのですが、ウィキペディアによると『機動戦士ガンダム』とは昭和五四年に放映されたテレビアニメのことだそうです。再放送を期に爆発的なヒットを飛ばし、二年後には映画化、さらに数年後には続編も制作されました。今でもガンダムの名を冠した作品は作られ続けています』
『物語についてはこんなDJみたいな短時間では語れません。自分でDVDを借りてください』
『なお本日はガンダム特集となっておりますが、選曲自体はシリーズ全体から私が選りすぐったものになっています。ガンダムシリーズは長々と続いているだけあって良い曲にも恵まれているそうです。私はあまり詳しくありませんが……』
『はい。ではさっそく行ってみましょう』
『一曲目、岩崎元是で「いくつもの愛をかさねて」。平成五年から翌年にかけて放映された機動戦士Vガンダムの挿入歌です。中盤から登場し続けていたアドラステアの艦長がここで死にます』
『二曲目は堀光一路で「シャアが来る」。恐ろしい強敵が迫ってきそうなタイトルですが、実際は彼がひたすらボコボコにされるシーンで流れます。でも名曲だそうです』
『え……好きなMS? ……東野。その話は後にしましょう』
『では二曲続けて、どうぞ!』
「やっぱりキュベレイとか?」
「ジャベリンよ」