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BONUS TRACK『ケリをつけよう』


     ☆     


 ある日の昼休み。

 俺たちはいつものようにDJ放送と校内インフォメーションを終え、例によって次の授業が始まるまで部室でゆっくりしていた。

 別に早めに教室に戻っても良いのだけど、その日はなんとなく全員がのんびり気長に構えていたのだ。

 相変わらず小動物系の彼女を欲してやまない松岡は、その日シフトに入っていなかったこともあって一枚の大作ポスターを仕上げにかかっていた。

「やわらか、ふわふわ、コスパがいい――この三点で攻めれば女は落ちるはずだ。だから全体的にお菓子の絵をまぶしておく。さらにお得な情報も記しておくとしよう。いつもお菓子がありますので、放課後はみんなでティーパーティしませんか……と」

「それだどガールズバンドの募集みたいになっちゃうよ、洋祐」

「わかってねえな。僕はあずにゃんみたいな後輩が欲しいんだよ!」

 ちょうど紅茶を飲んでいる東野のツッコミに、松岡は『ふくぶちょう』と書かれたタスキを身につけて対抗する。わざわざ自分で作ったらしい。

 そんな彼らのところに伊藤ちゃんが近づいていく。ちょっぴり含み笑いをしているのは彼女がこの空間ほうそうぶに慣れてきた証拠だろう。

「あれ。この間のソフト部との合コンはダメだったッスか?」

「おお……ムツミン殺す」

「いきなり殺害予告されるレベルッスか!?」

 近くにいた東野を盾代わりにするムツミンこと伊藤睦美ちゃん。

 もっとも彼女もソフトボール部の面々が決して松岡好みのロリ系女子でないことはわかっていたはずなので、おそらくこういう流れになることも予期していたのだろう。

 松岡はわざとらしくため息をつき、

「いや、マジで冗談抜きでぶち殺したくなったぞ。なんだあいつら。出会って三分で上腕二頭筋を自慢されるし。あと制服をたくし上げて腹筋を見せられた」

「それはそれは眼福だったんだろうね」

「いくら女子のおなかでもアレはダメだ。めっちゃ割れてんだぞ」

「ちなみに自分も割れてるッスよ……見ます?」

「ああもう。なんでムツミンはスポーツ系なんだよ! なんで東野はダミ声なんだよ! やっぱり僕の青春ラブコメはまちがってる!」

 元々始まってさえいないものにケチをつける松岡はともかく、ウチの学校でも男子のみの体育系選抜クラスではやたらと上半身を晒していたりするらしいので、もしかすると身体を鍛えている人には見せたがりが多いのかもしれない。

 なお近ごろ放送部のダーティな空気に当てられたのか、若干ながら腐り気味の伊藤ちゃんは「ダミ声でなければ男でもOKみたいッスよ!」と東野をけしかけていた。あれはむしろからかっているようでもある。

 いずれにせよ新しく入ってきた一年生がああやって溶け込んでいる姿は微笑ましいものだった。

 どこぞのケーキ屋の娘とは大違いである。


「あら。なんなのそのタスキ……とても不愉快ね」

 つい先ほどまで全校のスピーカーから流れていた女性の声が、ミキサーの前でわいわい騒いでいる三人組に向けられる。

 本日のディスクジョッキー・葛西祥子。

 ちょっとずつ剥がれつつあったメッキの一枚を自ら取り外して「ガンダム特集第二弾」をやってのけた彼女は、好きな音楽を紹介できたのが楽しかったのか、ほんのり頬を上気させていた。

 一方で鋭利な目つきは松岡の「ふくぶちょう」のタスキを切り刻んでしまいそうである。

「ふん。ただの事実だろうが」

「私はあなたを副部長とは認めていないのよ。一人とはいえ意見を違える者がいるのだから、あなたもそれを尊重すべきなのではないかしら」

「抜かせ。全会一致では何も決まらないとポーランドのセイムが証明してるんだよ」

「何も決まらないといえば、ラジオドラマの台本の報酬はいつになったら決まるのかしらね」

 お互いに引こうとしない二人。

 ついにはダンダンと足の踏み合いまで始めてしまった。

 二人とも見た目だけなら美男美女なのにどうして毎回こうなってしまうんだろう。

 同じくゲンナリしている東野や伊藤ちゃんと顔を見合わせていると、今まで一人でもくもくと日の丸弁当を食べていた加地前先輩が「注目!」と立ち上がった。

 しかし葛西さんと松岡はメンチの切り合いを止めない。

「やめて! わたしのために争わないで!」

「そう思うなら私を次期部長に据えてください。それでみんな解決します」

「ケッ。どこまでも独善的な奴だな!」

「二人ともやめて。わたしは……この際だからジャンケンで決めても良いと思うの!」

 わざとらしい萌え袖からチョキを出している加地前先輩の提案に、二人は目をパチクリさせていた。ずっと揉めてきた話だけにそんな単純な解決策は誰も予想していなかったのだ。

 しかしながら、次の部長である副部長を選ぶ権限を持っているのは他ならぬ唯一の三年生・加地前先輩であり、彼女がそう決めたのならそれに従うのが「禅譲」のルールである。

「わかった。今日ここでケリを付けようじゃねえか」

「私もそれでいいわよ。理不尽な思いつきで決まった人事よりは納得できるもの」

 なぜか背伸びをしたり屈伸をしたりと準備体操を始める二人。

 何となく俺は葛西さんに尋ねてみる。

「あのさ。まさか必勝法とか持ってるのか?」

「あるわけないでしょ。別に負けてもまた文句を言えばいいだけよ。こっちには心から認めるつもりなんてないんだから……ところで、古城は応援してくれるわよね」

「する気はあったけど今ので失せたよ」

 新学年から色々あったけど、やっぱり葛西さんは変わっていなかった。

 相変わらず本音がダダ漏れでビックリさせられる。

「さて……始めましょうか!」

「いいぜ。今日こそお前を黙らせてやる!」

 レフェリーを務めているつもりの加地前先輩を挟んで(放送部だけに)マイクパフォーマンスを行う二人。一発勝負のジャンケンだけに気合の入り方がいつもと違う。

 それこそ変に緊張させられるインフォのマイクよりも気合が入っているんじゃないだろうか。

 ん?――インフォのマイク?

 そういえば今日のインフォ担当は伊藤ちゃんだったはずだ。

 いつもなら加地前先輩や育成コーチの葛西さんが近くについてフォローしているはずだけど、あいにく先輩は今さらお弁当を食べていたことからもわかるとおり四限目に体育の授業があって来るのが遅れていた。

 一方の葛西さんもスタジオでDJ放送をやっていたから、おそらく誰も伊藤ちゃんの世話をしていない。

 俺はとてつもなく恐ろしいことを想像してしまった。

「ま……まずい!」

 今にもジャンケンを繰り出しそうだった二人の間を通り抜けて、俺はミキサーの横にあるインフォメーション用マイクに飛びつく。

 電源スイッチは点けっぱなしになっていた。

 そして――ミキサーもONになりっぱなしだった。

 つまり、どういうことかといえば、今までの会話は全て校舎内のスピーカーに流れており、俺たちの私的な会話が――学校中に放送されてしまっていたわけだ。

「やっちまった……」

 俺はミキサーのスイッチを切って、ミキサーの机に突っ伏す。

 その様子から他の部員たちも何が起きていたのか、すっかりわかってしまったらしい。

 やがて、すぐ隣の職員室から顧問の若松先生がやってくると、先生は「それでどっちが副部長になったんだ?」とひょうきんな顔で尋ねてきた。


     ☆     


『というわけで、今日はリクエストをいただきましたガンダム特集の第三弾「めぐりあい宇宙そら編」でした』

『先ほどビームシールドを連結させたジャベリンが、ゴトラタンのビームを弾く場面についてお話をいたしましたが、やはりああいう小さなシーンの中に作っている人のセンスが……』

『ともあれ今日はここまでとさせていただきます。来週は「逆襲の葛西編」で逢いましょう』

『それと先週の放送事故について、担当DJの私からもお詫びがございます』

『とある男子生徒のやわらか、ふわふわ、コスパがよければ女は釣れるとの発言については私としても首をかしげるばかりです。あの人はいつもああなのでいずれ厳しい処分が下されることを私も望みます』

『とある女子生徒がお腹を見せようとしていた件についても厳しい声を聞いています。私としては彼女は流されただけであり、全ての責任は煽った男子生徒にあると考えています。私も女子として松岡の退学を求めます』

『しかしジャンケンについては一つの遊びであり、私たちはああいういい加減な形で決めるような部活ではありません。誤解を招くような行為をしたことについてはお詫び申し上げます』

『私としても適正な審査を元にしっかりとした副部長を選ぶべきだと考えています』

『ジャンケンの結果についてはお察しください』

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