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10曲目『決する時を迎えよう』


     ☆     


 六月三日。日曜日。

 Bコン予選大会当日。

 会場の府立朝陽寺高校は幾多の高校生でごった返していた。

 ほとんどは女子生徒で、男子生徒の数は少ない。

「だいたい男女比は七対三ぐらいかなあ」

 東野が周りにいる生徒たちを適当に数えていた。

 毎年この日は、あまりお近づきになりたくない類の生徒から、是非お近づきになりたい生徒まで、多種多様な個性が集う。

 一口に放送部といっても学校によって色々なのだ。

 例えば――全愛学院。ミッション系の女子高だけあって引率の先生はきっちりシスターの格好だ。生徒たちも水色のワンピースと他にはない制服を着用している。

 私立の月面フリーダム学園は制服がない私服校のようで、毎年それぞれが個性的な服装をしている。全身真っ黒な服を着ていたり、逆に全身緑のスーツだったり、ちょっと行き過ぎている生徒もいるけど、みんな笑顔で何だか楽しそうだ。

「うわあ、赤地に青の水玉模様の裃だよ!」

「あれは恐ろしいな……まあ、あそこまで行くと多分着替えさせられるだろ」

 東野と松岡が月面の女子を話題にしているけど、あんな格好をしていても相当の実力者だったりするから侮れない。

 何しろ全愛学院と月面フリーダム学園はどちらも毎年のように生徒を全国に送り込んでいる地元の強豪校だ。うちみたいな零細放送部とは違って、部員の数だって段違い。平気で四十人ぐらいいたりする。ちょっと分けてほしい。

「どうも、お久しぶりです加地前さん」

「あら! 全愛の村中久子むらなかきゅうこちゃんじゃない!」

 先輩は話しかけてきた水色ワンピの女子生徒と握手を交わす。

 たぶん彼女は部長さんなのだろう。後ろで何人かの生徒が待機していた。

「加地前さん、発声はどちらでされるおつもりですか?」

 村中さんは天使のようにニッコリ微笑む。

「あ、一緒にやれたら楽しいね!」

「ええ。よければご一緒したいと思いまして……」

 嫌な予感がした。

「――ぜひ後ろの殿方と加地前さんで、こちらに来てくださいませ」

「合点! じゃあ行きましょうか、松岡くん!」

 去年も観たような気がする展開だった。

 松岡は黙っていれば可愛いならぬ『黙っていれば現代風のイケメン』なので、どこに行っても引っ張りだこになる。やはり雰囲気だけではない『本物』は美人と比べて数が少ない希少種だからだろう。全愛の生徒たちからも、まるで佐渡島のトキのように丁重に扱われていた。

 残された俺たち四人で発声練習の場所を探す。

 九時半から全体の開会式があり、アナウンス部門の発表は十時から始まる。事前に配られたプログラムによると俺の出番は午後からなので、しばらく時間があるみたいだ。

「わかってると思うけど、後の人はみんなの発表を録音しなきゃいけないんだからね」

 機嫌の悪そうな東野から軽く肘打ちを受けた。

「どうした、やきもちか?」

「嫉妬だよ! なんで松岡ばっかりって!」

 耳を真っ赤にして怒る東野。野太い罵声がこっちの耳に響く。

「へへえ、その動転っぷりは認めてるも同じッス!」

「睦美ちゃんは乗らなくていいから。そもそもボクにそっちのケはないよ」

「そうっスかあ? かなり怪しいッス!」

「……そんなことより早く発声するわよ」

 じゃれ合う二人を睨みながら、葛西さんはいつものように「ふう」とため息をついた。


 朝陽寺高校の裏手に小さなカラオケ屋がある。

 去年、人口密度の高い会場を嫌った卒業生の先輩が探し出した、本当に小さなカラオケ屋だ。

 一応チェーン店なので『入ったらママさんがいた』なんてことはない。

「う、歌いたいッスねえ」

「我慢なさい。開会までの三十分、きっちり声を出しておくだけだから」

 伊藤ちゃんがカラオケの子機を触りながらうずうずしていた。

 気持ちはわかるけど、こればかりは葛西さんのほうが正しい。

「さあ、やるわよ」

 号令一下、四人で出来る限りの発声練習をする。

 ありがたいことに今日は三十秒の壁を突破できた。

 入ったばかりの伊藤ちゃんは二十三秒。まだまだ未熟だけどいずれ追い抜かされそうだ。

「うう……やりすぎて喉が痛いかもしれないッス」

「……ほら、のど飴舐めてなさい」

 伊藤ちゃんにのど飴を袋ごと渡す葛西さん。

「ありがとうッス! お礼は必ず!」

「いいわよそんなの……」

 葛西さんは照れたような表情を見せる。

 この二人、意外と良いコンビなのかもしれない。


 発声を終えて、一人当たり九〇円の部屋代を払い、カラオケ屋を後にする。

 朝陽寺の校門をくぐったところで、おもむろに東野が話しかけてきた。

「どうだい古城、今回は決勝まで行けそう?」

 なかなかシビアな質問だ。

 自信満々に行けるとはとても言えないし、どう答えるべきか。

「東野こそどうなんだよ」

「ボクはまた他の生徒にビックリされるだけだよ……で、古城は?」

 質問に質問を返してごまかしたつもりが通用しなかった。

 仕方ない。ちゃんと答えよう。

「……俺は無理だろ」

「どうして?」

「だってほら、この手の大会ってやっぱり女性のほうが……」

「そんなことないよ、敬ちゃん。一昨年の一位は男子だもの」

「へえ、そうなんだ……って」

 おいおい。嘘だろ。

「応援に来た……わけじゃないよ。新聞部の取材なんだ!」

 俺は驚いた。ビックリした。腰を抜かした。

 放送部の大会の会場に遠山早苗がいた。

 畷高新聞部の腕章をぶら下げて、夏服に胸を張る彼女の姿があった。

「えっ、この人、古城先輩のお友達ッスか」

「おい古城、誰だこの……この人!」

「古城くん! いくらで買収したの!」

 伊藤ちゃん、いつの間にか合流していた松岡と加地前先輩がそれぞれ声を漏らした。

 ずいぶん失礼なことを言われた気もするけど、まあ良いんだ。

 そんなことよりも――目の前の早苗よりも、もっと気になることがあった。

 早苗の後ろに、同じ四條畷学院の夏服を着た女の子がいる。

 その女の子がどういうわけか……東野にそっくりなのだ。

 もちろん俺の隣にはちゃんと東野がいるので、あれは東野本人ではない。しかしそうなるとドッペルゲンガーということになり、二人のうちのどちらかは死んでしまうことになる。

 とりあえず早苗に聞いてみることにしよう。

「早苗、その子はいったい……」

「ふふふ。やっぱり気になるんだ。東野くんにそっくりなんだってね。一応妹さんらしいよ」

「東野の妹!?」

 まさかこの世にそんな可能性があっただなんて、完全に盲点だった。

 東野よりもわずかに背が高い東野妹は、早苗の陰に隠れてじっとしていた。

「なるほど……東野の妹か。これは期待できるな」

「ちょっと洋祐! 久遠くおんは渡さないからね!」

 どうやら彼女は久遠ちゃんというらしい。

 さっきからモジモジしていて……すごく可愛い。

 ああいう姿を見ると、つくづく東野は生まれ方を間違ったと思う。

「ほら久遠! お兄ちゃんのお友達に挨拶して!」

 東野は早苗の後ろから東野妹を引っ張り出した。

「えっ……いや……」

 嫌がる彼女に、何やらボソボソとささやく東野。

 瞬間、東野妹の顔が真っ赤になったが、兄妹には兄妹のルールがあるのだろう。あまり関わりたいとは思わない。

 改めて彼女は俺たちの前に立った。

 何やら意を決した様子だ。目が輝いている。

「あの……初めまして松岡先輩! 東野久遠です!」

「ああ、どうも」

 会釈をする二人。

 ああ、やっぱり顔ですか。

 俺が悔しさに肩を震わせていると、そこを早苗にポンと叩かれた。

「ふふ。頑張ってね、敬ちゃん」

「……どういう意味で?」

「もちろん、この大会で……だよ」

 早苗はニヒヒと笑い、校門の柱から朝陽寺の校舎を見上げる。

 とてもお洒落な校舎だ。

 歴史ある公立高に相応しい気品を備えている。

「――敬ちゃん、ちょっと時間ある?」

「無い。今から開会式だからな」

「それが終わったらあるよね。だって敬ちゃん、午後の部だし」

 どういうわけか押しの強い彼女に、俺は少々違和感を覚える。

「そりゃ午後の部だけど……録音とかあるしさ……」

「それは新聞部の後輩にやらせるから! お願い! ちょっと来てほしいの!」

 わざわざ頭を下げてきた早苗。

 彼女にそうまでさせて、断るわけにはいかない。

「わかったよ」

 俺は彼女の手を取り、顔を上げさせた。

「あ……敬ちゃん」

「お、おう」

 わずかに上気したような彼女の頬にちょっぴりドキっとしたけど、顔には出さないようにする。

「……じゃ、終わったら校門まで来てね!」

 楽しそうに手を振る早苗、その横で松岡に熱視線を送る東野妹。

 何だか波乱の予感がした。


     ☆     


 住道駅の時計台が十九時を告げていた。

 胸の部分に大きく『大東市』と書かれたモニュメント状の時計台は、住道を代表するランドマークの一つになっている。

 紫色の夕焼けが遠く生駒山を黒く染める。

「どうして降りたの、話でもあるの?」

「あるんだよ、祥子ちゃん」

 私の後ろに立つ人物――遠山早苗は、眉間にシワを寄せた。

 いつ見ても完璧な女だ。少しぐらいは自信のある容姿ですら彼女には敵わない気がしてならない。

 本当に、いつ見ても嫌になる。

 格好だってそう。どうしてこう文句の付けようがないのか。

 だんだんイライラしてきた。

「祥子ちゃん……私の敬ちゃんと随分仲が良さそうだったね」

 モニュメントと私たちはオレンジ色の電燈に照らされる。

 こんなにも優しい光に包まれているのに、遠山早苗の顔からはまるで温かみを感じなかった。

「その敬ちゃんが古城のことなら、あんなのに気はないわよ」

「どうして?」

 彼女は首をひねる。

「どうしてって……だって古城だし」

「……そうだね。所詮は敬ちゃんだもんね」

 フッと悟ったような目をする彼女。

 この女はいったい何が言いたいのだろう。何を悟ったつもりでいるのだろう。

 目の前の彼女が抱える『何か』が、私の口元をわずかに歪ませる。

「――そんな顔しないで。わかってた話だから」

「どういう意味よ」

「敬ちゃんに価値なんてない……わかってた、中学三年生からわかってた」

 言い終えてから、彼女は泣き出した。

 地面に膝を突いて、うつむいて、ポロポロと大粒の涙をこぼし始めた。

 私は何が起きているのかさっぱりわからなくなり――ひとまず彼女の近くに寄ってあげることにした。

「ありがとう、祥子ちゃん……」

「……いったいどうしたのよ、あなたらしくもない」

 私はポケットから予備のハンカチを取り出し、彼女に手渡す。

 柔らかに微笑む彼女の顔は、それはそれは、温かみに満ちたものだった。

「……敬ちゃんのことがずっと好きだったの」

 彼女はおもむろに語り始めた。

 これまでの人生、全てを敬ちゃんのために捧げてきた。

 敬ちゃんが求める完璧な人物になるために、青春の全てを捨ててきた。

 でも完璧な人物に近づくたび、彼の価値がわからなくなっていった。

 あんな男のために自分を差し出す必要があるのか、ずっとずっと考えるようになった。

「きっと私は敬ちゃんに愛想を尽かしてたんだと思う……そんな悪い女になりたくなんてないのに、でも敬ちゃんの隣を歩くなんて嫌だって考えちゃって、恥ずかしいと思うようになって……だって敬ちゃん、不細工でダメダメだから……!」

 いっそ捨ててしまえばいい。何度もそう考えた。

 捨てるも何も、元より今となってはそこまで交流がないのだから、問題はないはずだった。

 ところが……別の考えが頭を過ぎってしまった。

「でも、でも、敬ちゃんを捨てたら! 私は今までみたいに頑張れるかどうか、わからない!」

 目をつむり、涙をこらえようとする彼女。

 なるほど、私の追い求めていた――遠山早苗の背中は、全部古城敬のためのものだったのか。

 あんな平均的にダメな男のために、彼女は超人的な名誉を勝ち取ってきたのか。

「いつも盗聴してたから、それで敬ちゃんのすごいって思えるところを拾おうと思ったけど、そんなの全然なくて!」

「え、盗聴!?」

「直接、話を聞くようにして、敬ちゃんのすごい話を聞き出そうと努力もしたけど!」

「ちょっとあなた、盗聴は犯ざ……」

「うるさい! でも敬ちゃんはやっぱりダメだった! ダメだったんだよ! あの人は空っぽでダメダメだった! なにもやる気が無い、ただ惰性でご飯食べてるだけの男だった!」

 そんな空っぽの彼には――満足できない。

 いつの間にか彼女の中で手段と目的が逆転してしまっていたのだろう。

 敬ちゃんを得るための努力が、努力を続けるための敬ちゃんになってしまっていた。

 彼女がそのことに気づいているのか、いないのか……私にはわからない。

「こんなのってないよ、私はやることをやってきたのに、賞品があんなんじゃあ、もうダメだよ……」

「………………」

 それにしても、他人事ながら酷い言われようだと思う。

 何もしていない、自分からは何もしない。才能もまるでない。

 たまに斜に構えていて、たまにとてもムカつく。

 決して温和な人物でもなければ、優しい男でもない。

 色々とズレてるし、どことなくミーハー。

 周りの評価をとても気にしていて、心の底ではいつもビクビクしている。

 そのわりには面倒くさがりで、常に何かを諦めている。

 ネガティブな意味で、どこにでも転がっている格好悪い男……古城敬。

 でも――『悪いこと』は何もしていない。

 そりゃ理想にはほど遠いかもしれないけれど。

 そこまでダメだと言われるほど、突き抜けてダメな奴ではない。

 あいつに悪口を言われる資格はない。

 それでもなお、何もしていない彼が許せないなら、優秀じゃない彼が許せないなら……変えてしまえばいい。

 間違っているか、葛西祥子。

 いいや間違っていない!

「遠山早苗!」

「……な、なに、翔子ちゃん」

「あなたはさっき青春の全部を古城に捧げてきたと言ったわね!」

「どうしたの、声大きいよ」

「でもあなた自身は古城に何か与えたことがあるの!? 無いんじゃないの!?」

「……えっ」

 キョトンとした顔の遠山早苗。

 一気にたたみかける。

「あなたが欲しかったのが、とても格好良くて性格の良い『社会的に認められる』古城敬だったのなら、あなた自身があいつをそう変えてしまえばいいじゃない!」

「私が……敬ちゃんを変える……?」

「そうよ! 空っぽの古城をあなたが好きな色で満たしてやるの!」

「……無理だよ」

 遠山早苗は左右に力なく首を振る。

「くっ……あなたは親戚の私の顔すら覚えられないくらいに病的にただ一人のことだけを考えて、捉えて、暮らしてきたから……あまりにも社会を知らなすぎるから、社会的な認知が、迫害が、恐ろしく怖いんでしょう! そりゃ見えない敵は怖いものね! ラプターが世界最強なのはそういうことだもの!」

「……そんなことは」

「だから古城の横にいるのが嫌だと言った! 彼といると、世間の目、特に周囲の目が恥ずかしいから! 本当は大好きなのに! でも、あなたが彼を変えてしまえば、社会的にちゃんと認められるように変えてしまえば、問題なんて……なくなるはず!」

「…………!」

「本当に大好きなら、彼をいい方向に導いてあげなさいよ! 遠山早苗!」

「…………」

 彼女はしばらく考え込んだあと、急にぶつぶつと呪文を唱え始めた。

「……たしかに二年前の受験の時も私が教えていれば一緒の学校に行けたかもしれないし、去年の冬の定期テストでやたらとわからないって言ってた二次関数の三問目だって私ならわかったし、それにあのテストの歴史の二問目は間違いなく以仁王だった……あと五月のバーベキューでは旭ポン酢を持っていけばみんなの人気者になれたはず……この大会の原稿だって私ならもっと読みやすく書けたと思う、そりゃ面白い話題は出せないかもだけど、敬ちゃんが普通に話している中でも聞き取りやすい単語をピックアップして、ふんだんに混ぜてやれば今の奴よりはもっと耳触りのいい発表に……服装だって私が選んであげたらもうちょっと見栄えがするかな、でも元が敬ちゃんだから目立つようなのは……いっそ髪を染めてしまうのはアリかもしれないけど似合わないだろうなあ……意識改革にはなるかもしれないか、いや絶対に嫌がるし……」

 何を言っているのかよくわからなかったけど、かなり怖かった。

「ええと……やる気、出てきた?」

「……ううん。やっぱり無理だよ」

「どうして?」

「だってそんなの傲慢だもの、人の人生を変えるなんて」

 そう言って、大きくかぶりを振る遠山早苗。

 人の人生を変えるのが、傲慢か。

 それをお前が言うのか。

「あなたは古城にずいぶんと振り回されてきたのに?」

「それは私が勝手に頑張っただけで……」

「なによ、元を正せば、あの男が身の程を知らずに完璧な女の子なんて求めたのが始まりじゃない。そのせいであなたは青春を失ったんでしょう。だったら復讐してやりなさいよ。やられた分だけやり返しても、誰も非難しないわよ」

「…………!」

 彼女はすくっと立ち上がり、その双眸でこちらの目を見つめてきた。

 とても綺麗な瞳だった。

「……そうかもしれないね。祥子ちゃんの言うとおりかも、しれないね」

 私にニヒヒと笑みを向ける遠山早苗。

 この笑みでいったいどれだけの男性を引っ掻き回してきたのだろう。少し気になる……。

 ――不意に、彼女に両手を握られた。

「ありがとう、祥子ちゃん」

「へ?」

「おかげで理論武装できた。敬ちゃんを好きでいても大丈夫だって――自分自身の理性に立ち向かえるようになったよ」

「あ、あらそう」

 まさかお礼を言われるとは思わなかったので、少々トギマギしてしまう。

「あとね、さっき気づいたの。敬ちゃんのこと、私が言う分には平気なんだけど、他人に悪口を言われるのはすごく嫌だった。やっぱり好きなんだなあって……ちゃんと気づけて良かったなあ……」

 別にあなたのために理屈をこねてやったわけじゃない。

 ただ、あなたが走るのを辞めてしまうと、追うべき背中がなくなってしまうから。

 モチベーションが維持できなくなるから。

 あなたには古城を好きでいてもらわないといけなかった。

 ただ、ただ……それだけの話なんだけど。

「だから、ありがとう!」

 そんなことを彼女に言うつもりにはなれなかった。


     ☆     


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