北の森の魔女 "The Baba Yaga of the Northern Forest" ‐0.7
それを見た魔女はあまりの驚きで目を見開いた。
それは、小さな村につづくやや広い道の脇に立っていた。雨風を防ぐための屋根と壁がある。
騎乗のまま固まっている魔女に、近くを通り過ぎようとしていた農奴が声をかける。
「あんた、何してるんで?」
「いや。おまえはこれが何かわかるか?」
「いえ。ずっと昔から祀られている神像ですわ。何の神様かは知らんけど、村の守り神だっちゅう話で」
魔女はポケットから真鍮貨の束を出し、農奴に放り投げた。
「村長に会わせろ」
「へ、へぇ」
思わぬ収入を手に入れた農奴は、魔女の乗る馬の手綱を引き、村へと案内した。
村は、小屋が十数軒規模の寒村であった。それでも農地がしっかりしているのか、大きな畑が囲んでいる。
農奴はそのうちの大きめの家の前に手綱を結わい、中に入っていった。魔女も馬を降り、辺りを見回す。農奴たちはそんな魔女の事など気にかけないのか、それぞれの仕事に没頭している。
しばらくして家から初老の男が出てきた。
「私がこの村の長であります」
「わたしは……まぁいい。村はずれの祠について聞きたい」
「旅の人が、あの祠について何を?」
「わたしが見た限り、あれは非常に危険なものだ」
魔女の言葉に村長が驚きの顔をする。
「い、いえ。あれは、ずっと昔、それこそ厄災戦の頃から、この村を護ってきた神像です。それが危険などというはずはありません。それをあなたは危険という。何か根拠がおありで?」
「そうだな……わたしは、あれの正体を知っているからだ」
「正体?」
「あれは、マリンコに関わり合いがある」
突然のマリンコという言葉に、村長が息を呑む。
「そ、そんなはずはありません。今まで、私らの村には悪い事も何も起こっていません。流行り病もです。あの神像は村を護っているのです。あなたが何者か知りませんが、変な言いがかりをつけるのなら、すぐに出て行っていただきたい」
村長の強い言葉に、、魔女はそれもそうだな。と思った。村人が信仰の対象にしているものだ。それの処遇を決めるのは村の人たちに違いない。後に何かが起こったとしても、それは信じた人たちの責任である。
「邪魔したね」
魔女は村長に軽く頭を下げ、馬に乗った。そして、ゆっくりと村を出た。
しばらくして村を見下ろす小さな丘へと登った。魔女は馬をとめ、煙草を口にくわえる。火をつけ、紫煙をぽわっと吐き出す。
鳥が飛び、草むらからは虫の声が聞こえてくる。日差しが少しあるが、暑いというほどではない。魔女は何するでなく煙草をふかした。
「……ん?」
魔女の眼が、村の向こうの林に注目する。そこに何かを見たのだ。魔女はザックから双眼鏡を取り出し、そちらを注視する。双眼鏡の中で、人影が動いている。鎧を着て武装した足長と、背の低いゴブリンたちだった。中にはオーガーの姿もある。ゴブリンの群れの中には、足長と共闘する者もいる。その野盗が村へと迫っていた。
魔女は馬の頭を村へと向けた。
慌ただしく村へと入ってきた魔女を、農奴たちが驚きの目で見る。魔女の外套の下の、見たことも無い鎧と、長い木の杖のような武器を見て、逃げようとする。
「村長はどこだ?」
小屋から出てきた村長に、魔女は危機が迫っていることを告げる。
「野盗の群れだ。一刻もあればここに来る」
「野盗ですって!? あんたもその仲間じゃないのか?」
「わたしが野盗だったら、あんたはもう死んでるさ。すぐに皆を避難させろ。あの丘の上がいい」
魔女の声に、農奴たちが手にしていたものを置いておろおろとする。村長が声を上げる。村長の指示に従って、村人が子供たちを小屋から連れ出して、丘へと向かっていく。
「で、どうするのです?」
「今はとにかく逃げろ。わたしが時間を稼ぐ」
「あんたは一人だ!? どうにかなるのか?」
「大丈夫だ。慣れてる」
村長をはじめとする人々が村から駆け出ていく。魔女は馬を巡らせ、野盗が来るであろう方向に向ける。そして、M14を構えた。
林の切れ目に動きがあった。物見の者だろう。まだ自分たちに気づくはずのない村から、人が逃げ出していることに驚いているようだった。怪訝そうに周りを見回している。
魔女は慎重に照準し、トリガーを引いた。銃声が轟き、弾頭が飛ぶ。発射された銃弾は物見の男の頭部を弾けさせる。
魔女はとにかく相手を足止めする事を考えていた。いくらM14があるとは言え、数では劣っている。包囲殺到されると不利である。とにかく距離を取り、村の住人が避難を完了するまで、敵を村に入れない事を考えていた。
銃声を聞きつけた野盗たちが、戻ってこない物見を探しにくる。林の切れ目の茂みの中に、足長やゴブリンの頭が見える。魔女は銃口をそれらに向け、発砲する。また一人、頭を撃ち抜かれた者が倒れる。野盗たちは自分たちが相手にしている者が、普通ではないと悟ったようだった。おそらく魔法使いか何かだと思ったのだろう。一旦引き、作戦を立て直すようだった。
魔女は馬を丘へと向けた。自分の読みが正しければ、相手は一気に村へとやってくるだろう。魔法使いと言えども、数十の敵を一人で食い止めるのは無理だからだ。
丘の上には村長をはじめとする村人たちがいた。皆、恐怖で顔をこわばらせている。
「あんた、大丈夫なのかい?」
「ああ。問題は無い」
魔女は馬を降り、手綱を農奴に任せる。魔女が持つM14に村長の眼が注がれる。魔女はその怪物でも見るかのような視線を無視し、双眼鏡で村の向こうを見た。
林の中にゆっくりと動く一団がいた。タイミングを計って一斉に飛び出そうというのだろう。手にした武器を何度も握りなおしているのが見えた。魔女は腰を下ろすと、M14を構え、姿勢を安定させる。
「皆を丘の向こうにいかせな」
魔女の声に、村長が皆を丘向うへと追い立てる。魔女はその声を聞きながら、銃口を安定させる。
「あんたは?」
村長が魔女の下に戻る。魔女はニヤリと笑い、視線を一点に向け続けている。
「頭を下げときな」
藪が動いた。野盗たちが一斉に飛び出してきたのだ。鬨の声をあげ、武器を振り回し、村へと向かっていく。足長の後ろをゴブリンやオーガーが続く。
魔女はタイミングを計り、息を吐いた。そしてトリガーを引いた。発射された弾頭は、村はずれの祠へと飛ぶ。魔女はすばやく身をかがめる。
カツン、という音がした。そして、祠が爆発した。
爆発炎が周囲に広がる。祠を中心に半円状の透明なドームが生まれ、それが拡がっていく。その爆圧に野盗たちが巻き込まれ、吹っ飛ばされる。
小屋のいくつかが、巨人の手にすくわれたかのようにバラバラに吹き飛び、無数の破片が小屋の壁に穴を穿つ。
風が通り過ぎ、小さなキノコ雲が空へと上がっていく。魔女は頭を上げ、状況を確認した。野盗のほとんどは地面に倒れ、微かに動いてはいるが、立ち上がりそうな者はいないようだった。
一部始終を見ていた村長が目を見開いたまま魔女に声をかける。
「な、何があったんで?」
魔女は煙草を口にくわえると、火をつけた。
「あんたらの守り神が、村を救ったのさ」
魔女は祠の中にあったものが、アメリカ製の1000ポンドMk.83爆弾であることは言わずにいた。魔女の予想通り、不発弾だったのだ。魔女はその信管を銃撃で起動させたわけである。
「さて。生き残りを始末しに行こうかね」
魔女は立ち上がると、M14を肩にのせて歩き出した。
「あんた……あなた様はいったい誰で?」
魔女は立ち止まり、紫煙をふーっと吹き、そして言った。
「北の森の魔女、という者さね」




