08-成長期と寝落ち通話
家に戻るころには、日が少し傾いていた。
山の上の夕方は早い。空の色がゆっくり変わっていく。
庭に自転車を止めると、みつきは元気よく縁側へと向かった。
「ただいまー!」
「おかえり」
縁側の方から声が返ってくるので、俺もそちらへと回ると、九条姉妹の母親と母が並んで座っていた。
どうやらずっと話していたらしく、湯のみが2つ置いてある。
「かぐやちゃん、みつきちゃん、どうだった?」
「坂がすごい! でも電動凄かったです!」
みつきが即答して、かぐやも横でうなずいた。
「思ったより通えそうです」
「それならよかった」
九条母は安心したように笑っていた。
それから少しして、九条母が帰る時間になった。
家の裏に停めてあった少しお高い車を運転して、今から東京まで帰るらしい。
「じゃあ、何かあったらすぐ来るから」
「うん」
みつきが手を振り、かぐやも小さく頭を下げた。
「葛城さん、娘がお世話になります」
母が笑って答える。
「気にせんといてー、気をつけてね」
車がゆっくり坂を下っていく。
テールランプが見えなくなるまだ見送り、夕食を食べ、風呂に入ってから各自部屋に戻ることになった。
俺が風呂から上がって廊下を歩いていると、離れの方からみつきの声が聞こえた。
「お姉ちゃん!」
「なに?」
「制服!」
少しして、かぐやの焦る声が続いた。
「……あ」
俺はなんとなく嫌な予感がして足を止め、離れの方に向かって声をかけた。
「どうしたー?」
「制服合わせるの忘れてた」
沈黙。
言葉の意味がわからずしばし考え込んでしまう。
今はゴールデンウィーク明けだ。初登校でもあるまいし。
だが他の理由が思い浮かばなかったので、とりあえず聞いてみる。
「初登校か?」
「まさか」
みつきではなく、かぐやから少し冷めたような声がした。
廊下の向こうとこっちで声を張り上げ続けるのもどうかと思い、部屋の方へと向かい襖の前まで来た。
「やっぱ着てみよう」
理由は聞けなかったが試着しているらしい。用無しだと思い引き返そうとしたが「雪斗くん!」と中から声がかかる。
「なに」
「ちょっと見て」
「なんで」
「いいから!」
襖が少し空いたので、残りを開け部屋を見ると制服姿のみつきがいた。
白鷺附属の制服は見慣れないデザインだった。
紺色のブレザーに細いリボンが結ばれた真っ白いシャツ。
スカートのラインも少し違う。
「どう?」
「普通?」
「普通ってなに」
「似合ってると思うけど」
みつきは少し考えてから言った。
「サイズとか合ってる?」
「合ってる……と思うけど、ちょっとキツそう」
実際女子生徒の制服のサイズが合っているかどうかなんてわからない。
だから思ったことを素直に口にしてみた。
「キツそう……そう……だよね」
「みつき? あなたまさか……」
かぐやが横で目を見開いていた。
なるほど。
「太ったのか」
「雪斗くん????」
どうやら選択肢を間違えたらしい。自分のお腹をぽんぽんとさするみつきが涙目で何かを伝えようとしている。
「太ったんじゃなくて! 胸が! 合わないの!」
「みつき……」
やれやれといったかぐやの表情を見てそのまま視線を下そうとすると、かぐやの視線がキツくなった気がしてすぐに逸らす。
「えっと……すまん。サイズが合ってなかったのか」
「合ってなくて、合わせたんだけど、またちょっと合わなくなってるの!」
なるほどそういうことかと、やっと納得した。
高校一年生。
成長期の俺たちは日々成長しているということだろう。
「じゃ……俺は寝るから」
「雪斗くん? お詫びの品がまだだよ⁉︎」
このままここにいると、延々とたかられそうなのでみつきを振り切るように俺は部屋へと逃げ込んだのだ。
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明日から学校の様子はかなり変わるらしい。
正直、まだ実感はない。
その時、スマホが震えた。
画面を見ると『三輪ひなた』の文字が表示されていた。
……本当にかかってきた。
「もしもし」
『雪斗?』
「どうした?」
少し沈黙が続いた。
『ん……明日から転校生がくるからさ』
どうやら、明日から学校の様子が変わるのが心配で、気晴らしがしたいというような感じだった。
葵ともさっきまで電話していたとか、この休みは忙しかったとか他愛もない話がしばらく続く。
『あのさ……さっきの子たちってさ』
「みつきとかぐや?」
『うん……雪斗の家に下宿してるってほんと?』
「ほんと」
『2人?』
「今は3人」
『へえ……まだ居るんだ』
「大学生だぞ。朝も起きてこないし」
伝え方が雑だったのか、ひなたは少し笑った。
『なんか変な感じ』
「なにが」
『雪斗の家に女の子がいるって』
「いるな」
『しかも同級生でしょ?』
「そうだな」
そのまましばらく沈黙が続き、流石に眠くなったかと思っていたら、急にひなたが口を開いた。
『明日さ……』
「なに」
『学校一緒に行こ?』
「今までもそうだろ」
『そうだけど……迎えに行くからみんなでいこ?』
ひなたの声のトーンが少し高くなった。久しぶりに聞いた少し気合を入れているときの声を懐かしく感じた。
「なんで……?」
『いいから』
「……わかった」
電話はそのまま意味のない話や、学校の話が続き、そのうち俺はベッドに寝転がって話していた。
『雪斗?』
「なに」
『このまま電話切らないでほしいな』
「なんで……」
『なんとなく』
スピーカーの向こうでひなたが少し笑ったのが聞こえた。
『ちょっと安心するの』
「……そうか」
結局、通話を繋いだまま、いつの間にか俺は眠っていた。




