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06-都会の女子高生と、田舎の男子校生

 縁側から庭へ出ると、引っ越し業者が台車に段ボールを積んでおり、荷台の奥にはまだ箱が山のように残っていた。


 段ボールにはマジックで『書籍』『衣類』『研究資料』などと書かれている。

 ……研究資料ってなんだ?



「あの、これはどこに運べばいいですか?」


 作業員が庭から母へ声をかける。


「その箱は母屋の奥の部屋。そっちは離れにお願い」


 母が段ボールに振られた番号を確認しながら運び先の指示を出すと、作業員の人たちがテキパキと荷物を運び込んでいった。


 俺は近くにあった箱を1つ持ち上げると、思ったより重量があった。



「ごめんね、それ多分本だ」


 後ろから声がして振り向くと藤森はるかが縁側まで出てきていた。


「専門書とかが多くてね」


 そう苦笑しながらはるかも別の箱を持ち上げ、作業員に混じって荷物を運び始めた。


「引っ越しは慣れてるのよ、研究室って移動多いから」


 2人で縁側から荷物を上げると、みつきが興味津々で覗き込んできた。


「これ全部本?」

「全部本らしい」


「大学ってそんなに本使うんですか?」

「使うわよーもう大変」


 はるかがダンボールを運びながら答える。


「論文を書くときは資料だらけになるよ」

「うわぁ……」


 みつきは少し引いた顔をした。


「勉強量多いんですね」

「みつき……私たちも将来は同じ学校なんだけど」


 横から小さな段ボールを持ったかぐやが静かに突っ込んでくる。


「あ……そうだった……」


 遠い目をするみつきを脇目に俺は段ボールを持ったまま廊下を歩き、母屋の奥へ運んでいくと、みつきが後ろからついてきた。


「ねえ雪斗くん」

「なに」


「雪斗くんの高校ってそんなにすごい学校なの?」

「すごいのはそっちの高校のほうじゃないのか?」



 実際俺たちが通っている高校……青垣高校は普通のラインを下側に過ぎたあたりの偏差値だった気がする。



 逆に今回一緒になる白鷺女子大学とその附属女子校とやらの偏差値はかなり高い。実際県内の上位高校の仲間入りは確実の偏差値だ。



「うち、都内では結構有名なんだけど知ってた?」

「いや、今朝この話を聞いてから調べた」

「……今朝??」



 俺たち……青垣高校の生徒が、この話を聞いたのが今朝だと言うことにめちゃくちゃ驚かれた。



 そりゃそうだ。

 俺だって驚いた。



「大学もめちゃくちゃ偏差値高いし、高校も普通に難関校なんだけど……その……雪斗くんたちは大丈夫なのかなって」



 みつきは言葉をぼやかすが、要は自分たちの高校はやたらと偏差値高いけど、俺たち既存の生徒たちは授業とかは大丈夫なのかと純粋に心配しているのだろう。



 今回の編入にあたって、俺たち元々いた生徒たちは授業やテストに関してはそれなりに考慮してくれるらしい。



 ありがたい話だが……まぁ少なくとも俺はなんとか大丈夫だろうと腹を括っている。



 みつきはしばらく俺の顔を見ていた。



「雪斗くんってなんでこの高校に?」

「家から近いから」


「それだけ?」

「それだけ」


 みつきは納得いかなそうな顔をするが、かぐや先輩が怪訝な顔を見せた。


「みつき……また質問攻めにしてるわよ。それよくない癖だよって言ったよね」

「だって気になるじゃんー」


 かぐやは少しこちらを見る。


「でも確かに……雪斗……、は勉強は問題ないの?」

「まあ普通かな……?」


「普通……か。でもそうね、必要なら私がいつもみつきに教えてるから、一緒に勉強会しても良いわよ」

「お、お姉ちゃん? 私そこまでやばくないよ?」

「赤点ギリギリなのに?」




「そっ、そういえば雪斗くんの高校って、どんな感じなの?」

「生徒が5人……1年は3人しか居ない」


「……え?」

「え?」


 2人揃って同じように聞き返してきた。


「3人?」

「3人」


「クラス?」

「学年で」


 みつきがゆっくり俺を見る。


「それ高校?」

「残念ながら高校」


 かぐやもさすがに少し目を細めた。


「それは……授業はどうしているの?」

「普通にしてるよ。先生が教えて、俺らが教えられる」


「3人で?」

「3人で」


 みつきが頭を抱える。


「すごい……めちゃくちゃ手厚い教育」


 どこかで聞いたことのあるポジティブさだ。

 そのとき縁側の方から母の声が聞こえた。


「雪斗ー!」

「なにー」


「この箱、離れに運んでー」

「はいはい」


 俺は廊下へと戻り、母の指示で箱を持ち直して庭へ出る。

 離れは母屋の裏手にある平屋、瓦屋根で昔から客間として使っている建物だ。


 みつきも後ろから荷物を持って付いてくる。


「こっちも家? 広すぎない?」

「昔は親戚とかも住んでたらしい」


 障子を開けると、畳の部屋が2つ続いている。

 春に張り替えたばかりだからまだ新しいい草の匂いがする。



 そうか、今年は珍しく離れの畳を打ち直していて珍しいなと思ってたけど、こう言うことだったのかと納得した。



「ここが2人の部屋だってさ」

「え、ここ全部?」


「襖だから声は筒抜けだけど」


 みつきは部屋の真ん中まで歩いて、ぐるっと見回した。


「広いっ!」

「そうか?」

「広いよ!」

「落ち着いていていい部屋ね」



 かぐやは静かに部屋を見渡していた。

 縁側の障子を開けると中庭が広がり気持ちのいい風が吹き込んでくる。


「想像してた下宿と違うねー」

「どんなの想像してたんだ」


「アパートみたいなの」

「それはやたらと都会だな」


 みつきは庭が気になるのか、じっと眺めている。


「なんか……合宿所みたいだね」

「静かでいい場所ね」


 表の方からはるかさんも荷物を手にやってきた。


「いい部屋ですね……この建物も趣があって」

「こっちは昭和初めくらいに建てたらしいです」

「そうなんですね」


 縁側の外では、まだ台車の音がしており、運び込むべき荷物はまだまだありそうだった。

 みつきは畳の上にごろんと寝転がった。



 その拍子に花柄のスカートが膝上まで捲り上がるのが見え、慌てて視線を逸らした。



「なんか楽しいかもー」

「まだ初日よ」


 みつきは天井を見上げたまま言う。


「だってさー学校も変わるし、下宿先もこんな良い感じだし」



 女の子3人の会話を背後に、俺は縁側に立ったままトラックの荷台から、また段ボールが1つ下ろされるのを眺めていた。


 ■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□


 離れの部屋に荷物を一通り運び終えると、みつきが箱の上に腰を下ろして大きく息をついた。


「つかれたー……」

「あと半分ぐらいで終わりだな」

「えぇ……」


 縁側にはまだ段ボールがいくつも積まれている。

 引っ越し業者は慣れた手つきで台車を押して往復していた。


 その様子を見ていた母が言う。


「今日はとりあえず寝る準備できる分だけ出してお風呂にしよか。雪斗、案内してあげて」

「はいはい」


 みつきとかぐや、それとはるかの3人と母屋へと戻ると、廊下を進んで奥の方の扉を指さした。



「お風呂ここね」

「広い……」



 みつきが背後からすぐに覗き込む。


「小さな旅館の内風呂って感じがする」」

「昔は住んでた人が多かったからな」


 脱衣所の場所とタオルの置き場だけ説明して、一旦3人で部屋へと戻り、俺は自分の部屋へと戻ろうとした。


 みつきとかぐやはすぐに段ボールからリュックを取り出し、次々と着替えを取り出している。


「あ、これこっち」

「そっちじゃない?」


 そんな会話をしている中で、普通に下着とパジャマを出し始める。


「あ、雪斗くん、この棚って使っていいやつ?」

「……あ、うん」


 答えながら、俺は慌てて廊下へ出た。


 2人とも俺がいることは何も気にならないらしい。

 なんとなく居づらい。



 男が部屋に残っていていい雰囲気じゃない気がしたので、俺はさっさと母屋へ戻り、自分の部屋の扉を開けた。



 この母屋の2階だけは洋室に改造されている。

 俺が中学になるタイミングできちんとした個室がいいだろうとリフォームしてくれたのだ。


 六畳の部屋に机と本棚、ベッドだけのいつもの空間だが、ここは静かだった。

 さっきまで離れで聞こえていた声が遠くに感じる。


 机の上には開きっぱなしの問題集が置いたままだった。

 椅子に座ってページをめくる。



 某大学入試用の問題集だが、親父の本棚で見かけて少しずつ解いている。

 青垣高校に通っているとこういう参考書を使う機会はあまりない。


 授業は3人しかいないし、進度もかなり自由だ。

 それでも時間があるときは解くようにしている。



 問題を1つ解く。

 式を書いて、答えを書く。


 もう1問。

 もう1問。


 扉の向こうでいつもと違う生活音がする。

 段ボールを動かす音に母の声、それにお風呂の水音。


 いつもの家なのに音の数が多いなと考えながら次の問題に着手した。




 ――コンコン



「雪斗くん?」

「どうぞ」

「ご飯できたって」


 少し扉を開いて隙間から顔を覗かせたのはみつきだった。



 風呂上がりらしく、髪が少し濡れていた。

 さっきまで引っ越しの荷物に埋もれていたときとは違って、ゆるいパジャマ姿だった。



「もうそんな時間?」

「うん」


 みつきが恐る恐ると言った様子で部屋の中に少しだけ入ってきた。

 ここは洋室なんだねと言いながら隣へとやってくると、ふわっといい香りがする。


 俺の様子なぞ気にせず、みつきは机の上の問題集を見て目を丸くしていた。



「これやってたの?」

「あぁ、暇だったから」


「学校のじゃないよね?」


「入試問題」

「えっ」


 みつきが問題集を覗き込む。


「もしかして普通に大学受験のやつ? 青垣高校ってこんなのやるの?」

「やらないよ、なんとなくやってるだけ」

「……なんとなく」


 みつきは少し考えてから、言葉を探すように続けた。


「なんか……意外。雪斗くんって、もっとこう……」

「のんびりした人かと思ってた」


「のんびりしてるだろ」

「してるけど!」


 みつきは笑って、部屋の中を見回した。

 本棚には参考書や問題集が何冊も並んでいる。


「……もしかして、これ全部やったの?」

「半分くらいは終わった」

「うそでしょ……えぇ……」


 みつきはしばらく本棚を見ていたが、ふっと思い出したように振り返った。


「あ、そうだ、ご飯だって」

「ああ、ごめん」


 立ち上がろうとすると、みつきが少しこちらを見た。

 風呂上がりで、髪がまだ少し濡れている。


 パジャマはゆったりした部屋着で、袖は長いが胸元が少しゆるすぎないかと思う。


 普段学校で見る女子の制服姿とは全然違う。

 同じ年の女の子が、家の中でそんな格好をしているという経験は初めてだった。


 青垣高校では同級生はひなたと葵だけで、しかも家は少し離れてる。


 こんなふうに同級生が家に泊まることもなければ、ましてやパジャマ姿を見ることなんてまずない。


 みつきは俺の視線に気づいたのか、少しだけ首をかしげた。


「どうしたの?」

「なんでもない」

「ふふっ、変なの。ほら、早く行こ。みんな待ってるよ」


 みつきに促されて部屋を出ると、階段の下からいい匂いがしていた。味噌汁の匂いと、焼いた魚の香りが混ざっていた。


 ■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□



 居間へ降りると、すでに母とかぐや、はるか、それから九条姉妹の母親が座っていた。

 座卓の上には皿がいくつも並んでいる。


「お、全員そろったね」


 母が笑って言った。

 普段は母と2人だけの食卓だから皿も人の声も、いつもの3倍くらいある。



 みつきは座るなり周りを見回した。


「こういうご飯、久しぶりかも」

「そうなの?」


「家でも家族で食べるけど、こんな大人数じゃないしね、お母さん」

「そうね。2人ともご飯の時間バラバラだし」


「私もみつきも帰る時間がバラバラなんです」

「なるほどねえ」


 母は感心したようにうなずいた。

 みつきが焼き魚に箸を伸ばしながら母に質問をしていた。


「これ地元のですか?」

「残念、奈良に海ないで。近くのスーパー」


 定番のボケなのか、素で言ってるのか一瞬悩んだが、みつにの性格を考えると素で言ってるのだろう。

 母もころころと笑いながらスーパーの説明を始めていた。



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