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05-家にも女子が増えるらしい

 家の門の前で自転車を降りる。


 エンジンを切ったトラックの横では、作業員が段ボール箱を運び出していた。

 見たことのない業者だが制服の背中には、引っ越し会社っぽいロゴが入っている。



 俺は自転車を押しながら門をくぐった。


「……すみません」


 思わず声をかけると、作業員の一人が振り向いた。


「はい?」

「ここ……葛城家なんですけど運び先は合ってます?」

「ああ、合ってますよ」


 作業員は普通にうなずいた。


 俺は庭の方を見ると、母屋の縁側の戸が開いていて、中で人の声がしていた。

 母の声も混じっているが他は知らない声で、しかも一人ではなかった。


 ■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□


 俺は靴を脱いで家に上がり居間に入ると、母が振り向いた。



「雪斗、おかえり」

「……ただいま」



 母の横には、見知らぬ女性が立っていた。


 三十代後半くらいだろうか。

 落ち着いたスーツ姿で、どこか学校関係者のようなきちんとした雰囲気がある。

 背筋が伸びていて、仕事ができそうな空気をまとっている人だった。


 さらにその後ろ。

 廊下の方に、女の子が2人で並んで立っていた。

 どちらも俺と同じくらいの年か、少し上くらい。



 背の高い方はすらっとしていて、肩までの黒髪がきれいに揃っている。

 姿勢もまっすぐで、立っているだけで落ち着いた雰囲気がある。この雰囲気のせいで年上に見えるのかもしれない。クリーム色のシャツにブラウンのロングスカートと言う服装。


 その隣にいるもう片方は、少し小柄だった。

 肩より少し長い髪を軽くまとめており、白のシャツに春らしい色合いの花柄スカート姿だ。

 俺のことを興味深そうに見ている。


 目がくりっとしていて、背の高い方とは違い表情がよく動くタイプの女の子だが、顔つきが似ているので姉妹だろう。



 落ち着いた姉に対して、少し活発そうな妹という印象だった。



 そしてその奥にもう1人。

 こちらはさらに年上の大学生くらいの女性だった。



 長い髪を後ろでゆるく束ねており、シンプルなシャツにカーディガンという格好なのに、どこか大人の余裕のようなものがある。


 3人の中で一番落ち着いて見えた。



「紹介するね」



 母がにこにこしながら言いうので、俺は一瞬だけ母を見て庭のトラックを眺める。


 段ボールと引っ越し業者。

 知らない女性が4人。


 ここまで揃うと、さすがに察しはつく。

 この家は昔から無駄に広く、使っていない部屋もいくつもある。




 今日学校で聞いたばかりの話がある。

 関西キャンパスに来週から女子が90人ほど、次々と編入してくる。



 ……。



 俺は母を見た。



「母さん」

「なに?」

「……もしかしなくても下宿?」



 母は少し首をかしげたが、否定はしなかった。

 その反応でだいたい理解した。

 やっぱりそういうことだ。



「なるほど」



 母が隣にいる30代ほどの女性に「息子の雪斗です」と紹介すると、女性は俺の方へ向き直った。


「九条と申します。本日から娘がお世話になります。ほら、2人とも挨拶」

「はじめまして!」


 最初に口を開いたのは一番背の低い妹の方だった。声は明るくて、どこか人懐っこい響きがある。


「今日からお世話になります」


 背の高い方も軽く頭を下げる。

 静かな動きと仕草もきれいだったので、俺もつられて頭を下げた。


「……葛城雪斗です」



「妹の九条みつきです」

「九条かぐや」



 小柄な妹の方が九条みつき、姉がかぐやと名乗った。

 そして後ろにいた女性が軽く手を上げた。



「藤森はるかです。大学生です」



 そう言って軽く会釈してくれた。

 大学生。


 ……大学生?

 俺はそこで一瞬だけ考える。



 女子大と附属高校。

 唐突に校長が言っていた言葉を思い出した。


 ……都内の女子大学とその附属高校。

 そしてこの学校が関西キャンパスになる。



 俺は3人を見る。

 女子高生が2人。

 女子大生が1人。



 つまり高校だけじゃなく大学の方も来るということだ。


「母さん」

「なに?」

「もしかしてまだ増える?」



 母は少し考えてから言った。



「あと3人、来月には来るわよ」



 軽い。



 庭のトラックを見ると段ボールが次々と運び込まれている。

 そして目の前には、女子高生が2人と女子大生1人。

 俺の高校生活は、思っていたよりだいぶ騒がしくなるようだ。



 ■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□



 俺は居間にいる3人の女の子を見た。

 九条みつきは家の中をきょろきょろと見回しており落ち着かない。

 縁側、天井、柱、廊下と、まるで観光客のようにキョロキョロしている。


「広いですねー旅館みたい」

「流石にそこまでじゃないぞ」


 横でかぐやが小さくため息をついた。


「みつき、初対面なのに失礼よ」

「だって広いよ?」


 姉は俺に向かって軽く頭を下げた。


「すみません。妹が」

「いや、広いのは事実だから……気にしないで」


 実際この家は広い。

 昔は祖父母や親戚も一緒に住んでいたらしいが、今はほとんど空き部屋だ。




「部屋はもう準備してあるから、荷物は運び込んでもらってるところ」


 九条さん――姉妹の母親が軽くうなずいた。


「本当に助かります。学校の方でも下宿先が足りなくて」

「いえいえ」


 母はいつもの調子で笑う。


 九条姉妹の母親は週末は一緒に泊まり、日曜の夜には東京へ帰るらしい。

 姉妹を2人とも下宿に……しかも男子校生のいる家に下宿に出すのは心配じゃないんだろうか。


 そんなことを考えてると、大学生の女性――藤森はるかが家の柱を触っていた。


「いいですね、この家」

「そう?」


 母が嬉しそうに聞き返す。


「ええ。古い木造で柱も太いですし……元は明治ぐらいですか?」

「そうね、この辺の部屋そうやでー。裏と離れは昭和の初めの方やし、蔵の方は江戸ぐらいらしいけど」


 はるかは柱の木目を見ながら言う。

 ……なんだか研究者みたいだなと思っていると、九条みつきがこちらを見た。


「どしたの?」

「あの……そういえばなんて呼べばいいですか?」


「好きに呼んでいいよ」

「んー……普段はなんて呼ばれてるんです?」


 その質問に俺が答える前に、母が横から口を挟んだ。


「親戚とかだと雪斗とか、雪ちゃんとかよねー」


 やめてほしい。


「じゃあ、雪斗くんって呼んでいい?」

「いいよ」

「あっ、言い忘れてた……私、雪斗くんと同級生なので、名前で呼んでくださいね! お姉ちゃんと被るので」


「別に被っても困らないわよ」


 横からかぐやが静かに口を挟む。


「困るよー。お姉ちゃんはお姉ちゃんでしょ。なので、私のことはみつきでお願いします」

「分かったよ、みつき。よろしく」


 すると、かぐやが軽くため息をついた。


「みつきは最初から距離が近いのよ」

「だって同級生だし?」

「まぁいいわ……あ、私のことも呼び捨てでいいわ」


 姉の九条かぐやはぶっきらぼうに言うが、そう言われても悩む。

 これから同じ屋根の下で暮らす上に同じ学校の先輩だ。妹を名前呼びしている以上、姉を苗字呼びなのはおかしいか。



「じゃあ……お言葉に甘えてかぐやで」

「うっ、うん……そ、それで。私も……その呼び捨てにしても?」

「いいですよ」



 何かのスイッチに触れてしまったのか、突然しどろもどろになるかぐや。



 みつきはそんなかぐやの姿を見てニヤニヤとしながら、また家の中を見回しはじめて、窓の外に視線を向け恐る恐るといったふうに質問をしてきた。


「雪斗くん、ここって山の中……?」

「まぁ山の中……中腹だな」


「鹿とか出たり……しないよね?」

「出る」

「えっ?」



 みつきの目が丸くなった。

 自分で聞いてきたのに、何を驚くことがあるのか。



「出るの⁉︎」

「出るよ」


「公園じゃなくて?」

「普通にこの辺にも出るぞ。畑荒らから、ただの害獣だ」



 実際、天然記念物にされているのは市内とその周辺の保護地区だけだ。

 山に出る鹿や猪は、農作物を荒らす農家さんの敵なのだ。



「えぇ……」



 みつきはしばらく言葉を失って、窓の外をちらっと見た。

 まるで今にも鹿が庭に現れるんじゃないかという顔だった。


 俺はそんな様子を見ながら、ふと聞いた。



「藤森さん、大学って何学部なんですか」

「民俗学ですよ。地域文化や、生活習慣とか、そういうのを研究する分野です」


「へえ……だからこっちに来たんですか?」

「そうですね、山間部の文化は都会と全然違いますから」


 はるかが微笑んで先生のようにみつきに説明している横で、母が手招きした。



「雪斗、荷物運ぶのとか手伝ってあげや」

「……はいはい」



 俺は改めて庭の方を見た。

 トラックに段ボール。


 見慣れない靴が並ぶ玄関を見て、急に家の環境も変わったんだなと考えるのだった。

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