03-過疎高校、女子校に吸収される
ゴールデンウィークが終わった。
金曜日。
どうせなら今日も休みにしてほしいと思いながら、俺はいつものように山道を自転車で進んでいた。
休み明けの朝は、なんとなく体が重い。
坂を下りると、いつもの場所にひなたがいた。
「おはよう」
「……おはよう」
しばらくして葵も合流する。
「おはよー」
「おはよう」
葵もどこかしら眠そうだった。
「休み明けしんどい」
「今日行ったら休みだよ」
「だから余計やん?」
それは分かる。
三人で駅前を抜け学校の坂へ向かい、いつものように途中で自転車を降りて押し始める。
そして校門の前に来たとき、俺たちはほぼ同時に足を止めた。
「……なんか、綺麗になってへん?」
確かにそうだった。
外壁が妙に綺麗だ。
窓もピカピカしている。
……いや、それだけじゃなかった。
昇降口に入った瞬間、違和感はさらに強くなった。
「え」
「下駄箱、めっちゃ新しくなってる」
確かに全部新品のようだった。
木の古い下駄箱だったはずなのに、真っ白いロッカー型に変わっている。
「なんで?」
ひなたも戸惑いながら、俺たちは自分の靴箱を探す。
「あったー、こっち」
葵に言われ、ひなたと向かうと一番端に1年A組の靴箱があった。
俺たちは戸惑いながらも学校に置いてあった上履きが入れられて居たロッカーに靴を突っ込んだ。
昇降口へ入り、校舎中を見回した。
床も妙に綺麗……というか塗り直した?
壁は確実に塗り直されている。
「工事ってこれ? めっちゃ金かかってそうやん」
「たった五人のために?」
それはさすがにない。
しかし、違和感はそれだけではなかった。
昇降口の近くにあるトイレの表示が全部『女子トイレ』になっていた。
「……あれ? 男子トイレなくない?」
確かにない。
廊下を少し歩いてようやく職員室の横にあるトイレに小さく『男子トイレ』と書かれているのを見つけた。
「……ここだけ? めっちゃ肩身狭いやん」
「えぇ……」
そんな話をしていると、校内放送が流れた。
『在校生たちは多目的教室に集まってください』
俺たちは顔を見合わせる。
「多目的教室?」
「そんなのあったっけ?」
「あの視聴覚室のとこかな?」
それっぽい教室を思い出し、3人で向かう。
多目的室と新しいプレートが付けられて居た教室には、久しぶりに見た校長と担任、それから見たことのない先生が何人も立っていた。
これまた久しぶりに見かけた2年生はすでに席に着いていた。
「おはようございます」
「おはようございます」
校長は少し笑って言った。
「今日は授業ではなく、皆さんに大事なお知らせがあります」
一瞬、静かになるのを見届け、校長は再び口を開いた。
「この青垣高校は、都内にある白鷺女子大学とその附属高校に吸収されることになりました」
……。
葵が固まり、ひなたも黙ったまま表情を動かさない。
俺もその言葉の意味を少しだけ考える。
そして同時に思った。
……は?
だが俺たちの驚きを置いてきぼりに、校長はそのまま続けた。
「ここは、その白鷺女子大学と附属高校の関西キャンパスという扱いになります」
「え?」
「つまり来週から、ここにはその高校の生徒たちの一部が転入してきます」
「……?」
「一部といってもかなりの人数になります」
俺たちは三人で顔を見合わせた。
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ひなたも小さく「え……?」と声を出す。
俺も頭の中で同じ言葉を繰り返していた。
2年生の2人……そういえばこんな顔だったなと思いながらも、その2人も明らかに飲み込めて居ない様子だった。
だが校長は落ち着いた様子で話を続ける。
「来週の月曜日からです。東京からの編入なのでみなさん仲良くしてあげてください。
葵が手を挙げて質問をする。
「はい先生」
「はい、植村さん」
「何人くらいですか?」
校長は一瞬だけ考えてから答えた。
「正確な人数はまだ最終確定していませんが……」
次に続く言葉を固唾をのんで待つ。
「およそ100名ほどです」
完全に思考が止まり、しばらくして葵がゆっくりと口を開いた。
「100?」
俺は思わず聞き返すと、校長は首を縦に振った。
「正式には1学年が40人。2年生が30人で3年生は確定していませんが20人と少しになる見込みです」
……なるほど大体100人。
いや、なるほどじゃない。
「ちょっと待ってください」
「はい植村さん」
「この学校、今、生徒がこの5人ですよね?」
「そうですね」
「そこに90人追加?」
「はい」
「一気に?」
「そうなります」
葵が同様した顔でひなたの方を向いた。
「ひなた」
「うん」
「やばいな……急に大きくなるで」
「……うん」
ひなたもまだ理解が追いついていない顔だった。
「この高校の統廃合問題は、以前から議論されていました」
そう言われれば、バイト先で誰かが話してるのを聞いたことがある気もする。
「今回、その女子大学と附属高校の方から、関西キャンパス設置の提案がありました」
「設備を全部改修したのはそのためや」
横から担任が補足して、葵がぽかんと口を開けた。
「だからトイレも?」
「女子生徒が多い……てか女子しかおらんからな」
担任のセリフを聞いて、葵がゆっくりとこちらを見る。
「雪斗くん」
「なんだ」
「男子トイレ一個やったよ」
「うん」
「めっちゃ肩身狭いやん」
「俺に言うな」
校長は軽く咳払いをしてから続けた。
「白鷺女子大学は、民族学や文化人類学、地域文化研究などを専門とする大学です。少し変わった大学でして、研究のために地方に小さなキャンパスを作るという方針を持っています」
葵が眉をひそめる。
「研究?」
「はい。都市ではなく、実際の地域で文化や生活を調べる学問です。山村文化や祭祀、地域社会の調査などですね」
俺は少しだけうなずいた。
「……フィールドワークってやつですか」
「そうです。学生が実際にその土地で暮らしながら調査するのが、この大学の特徴です」
葵がひなたを見る。
「……なんか急に賢そうな話になってきたな」
「うん」
校長は続ける。
「そのため大学の方は以前から関西にも研究拠点を作りたいと考えていました。このあたりは文化研究の対象として非常に興味深い場所です」
「簡単に言うと、この辺は昔の文化とかがよう残っとる地域なんや」
担任の説明に葵が納得した顔をする。
「神社とか寺とか多いですもんね~」
「そういうことや」
校長がうなずく。
「大学生は主に研究のためにこちらのキャンパスを利用します。そして附属高校の生徒たちは、将来的にその大学へ進学することを考えている生徒が多い」
ひなたが小さく聞いた。
「……じゃあ、高校生も研究するんですか?」
「本格的な研究ではありませんが、地域文化の調査やフィールドワークを体験する授業があるそうです」
「なんか急に学校っぽくなってきた」
「学校やで」
「今回、関西キャンパスを設置するにあたって、こちらの学校を活用することになりました」
「なるほど」
俺は少し考えてから一番気に鳴ったことを聞いた。
「……でも、それでなんでそんなに人数が来るんですか? 白鷺女子高校って進学校ですよね?」
校長は少しだけ苦笑した。
「希望者が多かったんですよ」
「え」
「都市の学校よりも、こういう場所で学びたいという生徒が意外と多いんです」
「雪斗くん……この町、人気らしいで」
「信じがたいな」
「……自然しかないのに」
「その自然がええんやろ」
担任が笑い、校長は説明を続ける。
「来週から校舎の使用方法も変わります。クラス編成も新しくなります。女子大とその附属女子校ですので、全員女子生徒になります」
葵が俺を見る。
「雪斗くん、1年男子1人やん……死ぬで」
「死にたくはないな」
俺を見て何故かすごい顔をしたひなたが小さく担任に聞いた。
「……っていうドッキリですよね?」
「アホか」
担任の容赦ない返答に葵が天井を見上げた。
「男子2人女子4人の高校が女子校に合併されて、男子2人女子100人の高校が出来る? ……そんなんラブコメやん」
「やめろ」
校長は説明を続ける。
「基本的に1年3人は同じクラスでと考えています」
葵がまた手を挙げた。
「はい先生、席は足ります?」
「大丈夫なようにしました」
少し笑った校長を横目に俺は椅子に座ったまま天井を見上げた。
女子高生が1年生だけで40人増える。
この学校に……しかも来週。
……ちょっと待て。
俺は思い出した。
ゴールデンウィーク中に喫茶店に来た女子のグループが、駅から学校の話をしていた。
坂がどうとか。
「偵察か?」
ひなたが首をかしげた。
「偵察?」
「いやこっちの話」
「じゃあ来週から学校、めっちゃうるさくなるね」
ひなたは少し考えてから言った。
「……そうだな」
俺は教室の窓の外を見た。
今まで静かすぎた校舎。
それが週明けには、まるで別の場所になるらしい。
正直、実感はない。
ただ一つだけ分かることは、今までみたいに静かな学校ではもうなくなる。




